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ステンドグラスを通して木漏れ日が差しかかる昼下がり。
リビングでは、規則的な呼吸音と僅かな布擦れの音が聞こえる。
音の主はここの家主であり僕の友人──ではなく、元友人の、アルハイゼンだ。
休日のこの時間帯に、彼は昼寝をすることを習慣としている。
なんでも一時間の昼寝は、夜の睡眠の三時間分にあたると言われており、 質の高い昼寝をとることで記憶力や学習能力の向上、集中力の復活、疲労回復などの効果が得られるらしい。
少し前に、彼が熱弁してきたのを思い出す。実に彼らしい習慣だ。
それにしても、こいつは眠っていれば苛立ちを覚えるほどに美しい。
柔らかな銀髪に、長い睫毛。しっかり通った鼻筋、雪のように真白いきめ細やかな肌。
なにもかもが完璧だった。彼の肢体からは確かに体温を感じるのに、まるで人間でない、何か別の神聖な生き物のようだ。
あどけなく開いた唇からは、いつもの皮肉が乗ったテノールは聞こえてこない。
それにどこか寂しさを感じながらも、僕がリビングを離れようとすると、彼が身を捩り、呻き混じりに言葉を紡いだ。
「……ん、ぅ……おばあ、さま……」
おばあさま。きっと彼の祖母のことだろう。
眼前の寡黙な男が発したとは思えないほど、穏やかな声だった。
夢でも見ているのだろうか。こいつがこんな甘えた寝言を言うだなんて、案外かわいいところもあるじゃないか。
アルハイゼンの祖母のことについては彼自身から聞いていた。幼い頃、いつも寝かしつけてくれたと。
「もしかして、僕を君のおばあさんだと思っているのか?」
形のいい頭を撫でながら、彼に言葉を投げ掛ける。
当然、ぐっすりと気持ちよさそうに眠っている彼から返答は帰ってこない。
けれど、普段はぴくりとも動かない口角が、すこしだけ、ほんのすこしだけ上がっていたような気がした。
「君の夢がどうか、平穏なものでありますように」
僕の眠り姫。そう言って、アルハイゼンの額に口付けをし、僕はリビングを後にした。