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恵
「あのさ、あいつに付き纏われてんだよね?」
「……はい」
「余計なお世話かもしれないけど、警察に相談した方がいいんじゃねぇの?」
事情を聞いた上での提案だった。
もちろん、警察へ相談するという考えがなかったわけじゃない。
だけど、
「付き纏われてるだけで、実際に被害があるわけじゃないので……。警察は動いてくれないと思います」
そう答えるしかなかった。
「すみません、二度もご迷惑をお掛けして。ありがとうございました」
凜は今、部屋で眠っているから、起きる前に戻ろうと頭を下げて部屋へ入ろうとした、その時だった。
「あのさ――」
その言葉と共に腕を掴まれ、驚いて振り返ると真っ直ぐな瞳が私を見つめていた。
「俺で良ければ力になるよ。お節介かもしれないけど、女一人で子供守りながらじゃ不安だろ? 隣に住んでるし、何かあったらすぐ駆け付けられる。警察が無理なら、俺を頼って」
そんなあまりにも真っ直ぐな言葉に、私はただ困惑することしか出来なかった。
鮫島 竜之介さん。
黒髪のアップバングのカジュアルショートヘアで、背はそこまで高くないけれど程よく筋肉のついた男らしい体つきで、芸能人みたいに整った顔立ちをしている。
大家さんの話によると、年齢は二十四歳。
私より五つも年下の男の人だ。
そんな彼とは、あくまで隣人同士。
正人の件があるまでは顔を合わせれば挨拶をする程度の関係でしかなかった。
(それなのに、どうして?)
困っているとはいえ、「頼ってほしい」だなんて。
確かに、男の人が助けてくれるなら心強い。
私は両親と折り合いが悪く、実家には頼れない。
それに人見知りで口下手なせいで友達も少なく、今の状況を相談できる相手なんてほとんどいなかった。
「でも、私……」
「ママ?」
どうやら目を覚ましたらしい凜が踏み台を使って玄関のドアを開け、ひょこっと顔を覗かせる。
「……そいつ、凜……だっけか?」
「あ、は、はい」
「アンタもそうだけど、子供に何かあったら困るんじゃねぇの?」
「それは……もちろん……」
「あの男が完全に諦めるまで、俺を頼ってよ。必ず助けになるから」
「でも……」
「まぁ、急にこんなこと言われても戸惑うよな。ちょっと待ってて」
なかなか頷けない私を見て、鮫島さんは何か思いついたように一度部屋へ戻っていく。
そして少しして戻ってくると一枚のメモを差し出した。
「これ、俺の番号。何かあったらいつでも掛けてきて。俺が部屋にいる時なら直接声掛けてくれてもいいから。それじゃ」
そう言って鮫島さんはそれ以上踏み込むことなく自室へ戻っていった。
こんなふうに言われたのは、初めてだった。
『俺を頼ってよ。必ず助けになるから』
その言葉が胸の奥に残って気付けば私は密かにときめいていた。
けれど、いくら有難い申し出でもそう簡単に頼れるわけじゃない。
幸い、あの日以降正人は姿を見せなくなっていたこともあり鮫島さんを頼ることは無かった。
コメント
1件
「俺を頼ってよ」って真っ直ぐな言葉に、胸がぎゅっとなりました。主人公の複雑な事情や人を頼れない脆さが伝わってきて、鮫島さんの距離感の取り方も丁寧で好感が持てます。まだ隣人同士の淡い関係だけど、この先どうなっていくのか気になりすぎます……! 続きが楽しみです🌷