テラーノベル
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俺はこの時間が一番嫌い。
制作にスタックして、部屋が急に静かになる、この時間が。
孤独感が増して、自分が今独りなんだ。ということをより一層感じるから。
こんな時、誰かに縋りたくなる。
誰かに助けを求めたくなる。
でも、それはあまりにも惨めすぎて、情けなくて、早々人に見せられない。
だから俺は、スマホの画面をタップしては消す。
淡い期待が胸の内にあるから。
あいつが来てくれて、安心させてくれるんじゃないか、って淡く期待しているから。
そんな期待をしていたって何も始まらない。
もう一度制作に取り掛かろうと、重い腰を上げた。
ガチャッ。
微かに聞こえたんだ。
鍵穴に通る鍵が捻られた音。
もしかしたら、幻聴かもしれない。
この時間帯には、頭が勝手に作り出す希望が聞こえてくるから。
でも確かに玄関のドアは開閉し、聞き馴染みのある、安心する足跡が近づいてきた。
そうして制作部屋の扉がコンコンと叩かれた。
「もとき…..」
扉を開き、こちらを見る若井はそう言った。
踏み込みすぎず、お互いの距離感を大切にするディスタンスで。
「……な、んで….来たんだよ…」
若井は戸惑う。
普通、せっかく来てくれたやつに、そう問わないだろう。
「ごめん」
俺は若井と目を合わせない。
目を合わせたら、涙が零れそうな気がしたから。
「またそれ。」
キーボードを叩く手が少し速くなった気がする。
「ごめんってさ………便利な言葉だよな」
若井の顔が一瞬ヒクついた。
まるで図星を突かれたような。
「勝手にきても、ごめん。居てても、ごめん。気にしてても、ごめん。…….全部謝れば纏まるもんな。」
我ながら冷たいな。と思う。
嫌われても無理ないだろうな。とも思う。
それでも、若井は頷いて、小さく笑う。
「うん、そうかも。…….ごめん。」
その返事に、軽く舌打ちをする。
「ほら、……..そういうとこだよ」
制作部屋の扉方向に向けていた体を、キーボードの方に向け、作業を再開させる。
「…….謝んなって…….俺、お前のこと責めてねぇし…..」
若井は一拍置き、口を開く。
「でも…..」
「でも、じゃない。……そこ座っとけ…..」
ソファを指差し、若井を座らせる。
人の温もりがすぐ側にあって、少しだけ安心したはずなのに、キーボードを叩く手は、長く続かなかった。
自分の感情を上手に言葉にできなくて、音を乗せることができなくて、指が思うように動かない。
「わ、かい……..」
自分も驚くくらい、震えた声が出た。
「もとき…..?」
若井は驚いた声を出して、こちらを向く。
「ちょ…….あ、………きょうは……あれかも……」
目の前の全てが滲んで見えて、全身が震える。
若井は、ソファから立ち上がってすぐさま俺を抱き締めてくれた。
何も言わず、問わず。
若井の胸元に顔を押し付けた瞬間、何か、張り詰めていたものが千切れた。
「……っ……..ひっ……」
堪えていた涙が溢れ出したんだ。
目を開ければ、視界が滲み、目を瞑れば、涙が零れる。
息を吸うのも精一杯で、喉から変な音が鳴る。
「ふ…..ぐぁ…………かひゅっ……….げほっ…..ゔっ……」
若井の服が涙で濡れていくのが申し訳なくて、謝ろうとするけど、声が出ない。
「ごっ……..ふっ……ぅあ………」
若井は、より強く抱き締めてくれて、優しく包み込んでくれた。
「大丈夫、…….俺、離れたくないから。」
黒い何かが全て消し去られたような感じがする。
あくまで、若井が離れたくない。というような言い回しをしてくれて。
「わ、……かい….っ」
一度溢れ出した涙は、もう止まらない。
それを若井は待ってくれた。
離さないように、背中を摩ってくれながら。
「おれ、……が、んばった…..?」
「うん、元貴は頑張ってるよ。すごいなぁ、もとき。」
柔らかな表情で、俺の頭を撫でてくれる。
俺が安心するように。
酷い言葉を突きつけてしまったのに。
「わかい……ごめ……」
謝罪しようとしたら、手で口を覆われ、遮られた。
「”ごめん”は、言っちゃだめなんでしょう…..?」
皮肉とも、優しさとも捉えることのできる発言は、2人を笑わせる。
「もとき……..今日は一緒に寝よう、一緒が良い。」
そう言い、俺の手を取って作業部屋を後にした。
はっぴーばーすでー
コメント
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なな 綺麗なお話書くね 軸もテイストも書き方もガラッと変えた? 変わったのかな? 可愛いお話書く印象だったけど 大森さんのギリギリの心理描写と若井さんのやさしさと愛に溢れる行動描写 ゆっくり流れる時間 最高でした
ウワースキー ヘ(゜ο°;)ノ

うわー……シリアス系だ。 どんな展開にもってゆくのか、大森さんがどうするのか、若井さんもどうするのか……考えると続きがとても楽しみです。