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紗知の過去スト
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この街では一番と言って良かっただろう
それほどの大豪邸に住んでいる四人家族がいた
大豪邸と言っても一般的なお城のような大豪邸ではない
とてつもなく和風であり、敷地は広く、お屋敷のような感じだ
「お兄様、良かったらお紅茶お入れましょうか?」
にこにことした様子でそう問いかける人物はこの街ではお嬢様と呼ばれる存在である紗知
あぁ、お願いするよ、そう言ってはカップをこちらに寄せてくれるそんな人物は紗知の兄であり、この街ではお坊ちゃまと呼ばれる存在である
そしてなんだか今日はお父様もお母様も忙しそうにしている気がしている
何故だろうかと少し考えたが、そうか、今日は自分の誕生日だ
「お兄様、今日は何の日か覚えていますよね?」
相変わらずにこにことしては自身の兄に聞く
すると兄も釣られるようににこにこと笑っては「もちろん、だから今夜楽しみにしててな」と少しぬるくなった紅茶を口につけてはそう言う
そんな言葉を聞けた安心感からか、その場を後にして自室へと戻った
自室へと戻っては、ティーポットをテーブルへと置くと出かけるための支度を始める
自室には辺り一面に大量の薬草やそれらに関する本、そして部屋の角には少しばかりのカクテルなどに関する本が置かれていた
そして出かける理由はもちろん薬草採りのためだ
色々な物を持っては自室を後にし、兄たちに行き先を告げ家を飛び出す
和傘をさしては頭上から明るい日差しが差し込んでくる
「今日も天気が良いですね、これはあの薬草がもしかしたら採れるかもしれないですね…」
昼の天気の良い日にしか現れない薬草は多数ある
それが採れるかもしれないという期待を胸にせよいながら周りの家を見渡しながら歩く
すると一人の体格の良い男が目の前からズカズカと歩いてきたかと思うと紗知の身体へと思い切りぶつかる
「どこ見て歩いてんだアンタ!」
男は紗知の胸ぐらを掴んでは汚い唾をかけながらこちらに話しかけてくる
いかにも頭が悪そうな男だ
頭の悪い奴を見ていると虫唾が走る、生憎、頭が悪い奴と喋るのは嫌いだ
「何か話したらどうなんだ!」
こちらに手を振りあげてはそう言う男はこちらに手を出すつもりなのだろう
その手が振り下ろされた瞬間に咄嗟にそれを受け止める
人と殴り合うのも頭が悪い奴も嫌いだ
胸ぐらを掴まれた時の反動で落としてしまった和傘を拾い直しては服装を整え驚いている男を横目に歩みを進める
昔から人よりも少し力が強かった
だが他人類ではないはずだ、紗知の家族には他人類は一人もおらず父も母も兄も皆普通の人間なはずだ
だが父はいつも手袋をつけている、あの手袋はなんだろうか?
そんな不思議な事を思っていると「こんにちは!」と挨拶をしてくる小さな男の子がいた
あぁ、確かこの子、頭が良かったよな…?
頭が悪い人ははなから覚えていない、だから恐らく頭がいい子なんだろう、そんな事を思っては優しく「こんにちは」と返してあげては足を早める
数十分歩いていると薬草をいつも採っている山へとたどり着いた
山の奥へ行けば行くほど珍しい薬草に目を奪われ次々と自身の籠へと入れていく
籠の中には大量の薬草が入っており、いい感じに太陽もゆっくりと顔を隠していく
そうなると次は夜にしか咲かない薬草があるはずだ
そう思ってはルンルンでどんどんと山の奥へと進んでしまう
すると、何かが草の向こうで動いているのが見えた
ここは山奥だ、何がいるかは分からない
そう思っているのもつかの間、草の向こうから飛び出してきたのは恐ろしい牙が生えたヴァンパイアだった
他人類は嫌いだ、すぐに人を襲う
だが今はそんなことを思っている場合ではない
早く逃げないと、この他人類は能力暴走というのを起こしているはずだ
だがその瞬間、ヴァンパイアはこちらを鋭い目つきで睨んではすぐさまこちらへ飛び込んできた
殺られる、そう思っては咄嗟に目を瞑る
しばらくしても痛覚がこない、不思議に思っては恐る恐る目を開ける
「夜は能力暴走した他人類が多い、悪いことは言わないから今日は帰れ」
目の前に立っていたのは狐面をし刀を握っている人物だった
驚くほど背が高く、刀についた血を払っては鞘にしまう
隣には黑狐がおり、そんな一人と一匹が月夜に照らされとても幻想的に見えた
「ぁ⋯あの、貴方は一体?」
不思議に思ってはそう聞くもしばらくの沈黙が流れた
「⋯まぁ、村の教祖様ってところか?」
「とにかく、早く帰れ」
そう言っては手で追い払うような仕草をする
地面に落ちた薬草を籠に戻しては早いとこその森を後にする
もう夜は更け、月は高く登る
綺麗な満月だ、もう家族は自分の帰りを待っているのだろうか?
今日は19歳の誕生日だ
ルンルンで帰路に着く
街の皆はもう家の中に戻り、昼間に見た子供はもう公園にはいない
家の門の前へと立つ
何故だろう、部屋の電気が着いていない
もしや、驚かせるつもりか⋯?
そう思っては門を開け放ち、家の扉を思い切り開ける
すると目の前に広がる景色に理解が追いつかなくなった
割れた電球が視界に入りに鉛のような匂いが鼻を刺す
そんな匂いと悲惨な光景に目眩が起こり、思わず後ろへと倒れそうになる
貪り食われた母と父の死体が「誕生日おめでとう!」と書かれたケーキが乗せられた机の下へ転がり自分の足へとぶつかる
父のいつも付けている手袋は外されており、その手は真っ赤に染まっていた
「は⋯ぁ⋯ぇ⋯?」
状況が理解できない
そんな中、掠れた、でも聞き馴染みのある声が聞こえてきた
急いでその声のする方へと走る
その声の正体は正真正銘、自分の兄だった
「ごめんな⋯?誕生日、ちゃんと祝えなくて⋯」
そこまで言うと兄は酷く咳き込み、するとすぐに血溜まりが出来た
よく見ると首元は酷く抉られており、生きているのが奇跡と言えるほどだ
「⋯誕生日おめでとう、紗知、これはプレゼントだ、大切に扱えよ?⋯大好きだからな」
一呼吸置いてからそう言うと弱々しい力で自身の手に何かを握らせてはそのまま優しくいつもと何も変わらない様子で笑ってはそのまま石のように動かなくなってしまった
人はこんな事が起こると涙すらも出なくなるということをどこかの本で見た事あるがそれが本当なのだと今思い知らされた
手に握らされたものをゆっくり見る
小さな黒いヘアピンが2つ
ずっと欲しかったものだ、だが高くて手が出せなかった
全身にふっと力が入らなくなり、そのまま座り込むと白い袴はすぐさま紅色に染まり嗚咽が止まらなくなる
すると突如、後ろから獣のような唸り声が部屋中に響き渡った
すぐさま後ろを振り返る
そこには鋭い牙の生えたヴァンパイアがいた
割れた窓から月夜が照らされ、ヴァンパイアの鋭い目が光る
「まだ生きている人間がいたのか、アンタ、こん中で一番若いなァ?」
目の前のヴァンパイアが大きく開けた口の中は肉塊が転がっており、血液だけを上手いこと舐めとる
言葉が出なかった
これだから他人類は嫌いだ
人を襲うから
これだから頭の悪い奴は嫌いだ
後先考えずに行動をするから
だが今は後先なんて考える余裕なんてなかった、どれだけ頭が良くてもこの時だけは正常に頭が回らなかった
そこからは記憶がなかった
次に目が覚めた時も状況は変わってはいなかったがただ一つ変わっているところがあった
目の前にいたはずのヴァンパイアは見事に無様な姿になっており、原型も留めていなかった
手のひらには血生臭い匂いが残っており、体力を物凄い消費したからだろうか、激しい息切れと目眩が再度襲ってきた
「っは、はぁ、っ⋯」
遠くからサイレンの音が聞こえてくる
誰かが騒ぎを聞き付けて警察を呼んだのだろう
しばらくすると気づいた時には頭の上に拳銃が突きつけられていた
恐らく自分が家族を惨殺したのだと勘違いされたのだろう
嫌だ、死にたくない、殺したのは私じゃない、アイツなんだ
そう思ったのもつかの間、またすぐに意識が無くなる
次に正気に戻った時には警察は既に亡骸だった
吐き気が止む気配が一向にない
これが能力暴走⋯?
というか他人類だったのか?
私の家族は皆、人間のはず
あの大嫌いな他人類と一緒なのか?
だったら何の他人類なんだ、こんな力が強い他人類が居てたまるか
家族の遺体に再度顔を向けると吐き気が限界に達し、その場で嘔吐してしまう
とりあえずここから逃げなければ
朝になったら大騒ぎになる
そう思っては持てるだけの本や薬品を持っていこうとしたが全て無駄だった
手にしたものは全て塵へと変わる
ガラスの破片が足にへと落ちてはそれを見つめることしか出来なかった
力が調節できず触れたもの全てを壊してしまいそうな気がした
急いでリビングへと戻っては父の遺体の周りを動き回る
そしてようやく見つけた一つのもの
それは父がいつも付けていた革の手袋だった
紗知はこれが力を制限しているなんて思いもしなかった
それでも今この状況になり初めて気づけたのだ
自身の手には合わないサイズの革手袋を付ける
そしてポケットの中に入れていた先程貰った誕生日プレゼントを大切に髪へとつける
大切なものを一度に全て奪われ、何も感じなくなってしまった紗知にはもう流す涙も既に枯れてしまっていた
ただそこに残っていたのは底知れない喪失感と復讐心だけだった
そんな気持ちを持ちながらふらふらとしながらも家を出る
外からは窓が割れているだけで傍から見たら普通に見えるだろう
そんな家を後にしては行く宛てもなく先へと進む
少し紅く染まった袴を気にすることもなく都会へと出てくる
そんな都会の世界では人類が他人類を襲い、逃げ回る他人類を多く目に焼き付けた
だがそんなのには目もくれずたどり着いた先は路地裏で看板が歪に光っているBARだった
今は無性に酒が呑みたい
兄とずっと言っていた
「紗知が大人になったら一緒にBARでも行こうな!」って
無邪気で優しい笑顔でずっとそう言ってくれていた
自分は生まれつき目が両目の視力が悪く、左目の視力はほとんどない
そんな中左側から人が歩いてきた
目の前から歩いてくるのであれば見えるが左側は見えない
そんな中、肩が思い切りぶつかっては相手に胸ぐらを掴まれる
鬱陶しい、話しかけてこないでほしい
そう思っては相手の胸ぐらを掴み返すとそ のままの反動で少し大きかった手袋が落ちてしまう
「ぁ」
そう思った時には遅かった
胸に風穴が空き、向こうのビルの壁肌が見えている
もうどうでも良かった
紅く染まった腕のままBARの扉を開け放つ
カウンターの端に座ってはずっと呑んでみたかった酒を注文してみる
本当は兄と一緒に呑んでみたかった
あと一年だったのに
そんな事を胸に抱きながらマスターは何も言わずに用意してくれる
自分は本当に頭が悪い
家族一人も守れない、大事な時に出かける、自分は本当に馬鹿だ
カウンターに置かれた初めての酒を静かに口につける
酷く甘い
その初めての酒は風穴が空いた自分の心を浸すように甘かった
そんな中、一人の羽の生えた他人類が入ってきた
こんな夜遅くに人なんて来るのか
そんな事を思っては横目でその他人類を流そうとしたがどうやらこちらに用があるようだ
椅子を引いて隣に座る
今は誰とも喋りたくないのに、最悪だ
「私は黒美、よろしくね?」
そう言ってはにこにこと笑う目の前の黒美という人物にどう反応していいのか分からなかった
それでも苦笑いでなんとか流そう
そう思ったが無理だった
驚くほど顔が動かない、表情筋が機能しない
笑うことが出来なくなっていた、昔兄と遊んでいた時のあの顔はもう出来ない
目の前の黒美という人物は興奮した様子でぺらぺらと話す
そんな事は何も頭に入らなかった
だがただ一つだけ頭に入ったセリフがあった
「ねぇ、私と一緒に世界を変えてみない?」
馬鹿げた事なのは分かっていた
それでもこんな世界変えてやりたい、あの他人類、全てのヴァンパイアを殺してやりたい
そんな思いから出した答えはYESだった
これから一体どうなるんだろうか
大好きだった家族にはもう会えない
こんな知らない奴について行ったら殺されてしまうんじゃないだろうか?
もうどうでもいい、どうにでもなれ
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
これは表情が消えた少女と世界を変える閻魔のお話
コメント
3件
紗知の過去!!! 前から少し聞いてたから、覚悟はしていたけどこれは悲惨すぎる… 誕生日が家族の命日になるなんて、こんなのひどい…!! そりゃヴァンパイアが嫌いになるね… というか、薬草を取ってる時に襲われた時は怜が助けてくれてたんだね!!? こんな時から一回出会ってたんだ…! だから、怜の過去ストのとき、あの時助けてくれた人を今度は私が救いたいと思って来てくれたのかな…それなら萌える