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「伊織さん……」
「円香、お前……」
悲しげな表情を浮かべる円香に、そんな彼女の格好に驚き戸惑う伊織。
そんな二人を間近で見ている榊原は笑いが堪えきれずに吹き出した。
「あっははは、実に傑作だ」
「……テメェ、これはどういうつもりだ?」
「ほら円香、彼が説明を求めているよ? お前の方から説明してあげなさい」
「…………っ」
「どうしたんだい? 自分から説明すると言っていただろう? それとも、彼を前にしたら言い出しにくくなってしまったのかな?」
「…………伊織、さん……」
「円香、お前一体何考えてんだ? 脅されてんのか?」
その質問に円香は弱々しく首を横に振り、
「……お前が、望んだ事……なのか?」
次に問われた質問には、こくりと小さく頷いた。
「伏見くん、彼女はね、私の妻になりたいと申し出たんだよ」
そう言いながら円香を自分の胸に引き寄せて抱きしめる榊原の行動は伊織の逆鱗に触れた。
「ふざけんじゃねぇよ! ンなもん信じられる訳ねぇだろ! 俺はな、円香の顔みれば考えてる事なんてすぐに分かるんだよ! テメェが円香を脅して強制的にそうさせたんだろうが!」
「負け惜しみとはみっともない。君とは話をするだけ無駄な様だね。おい、円香を奥にやれ」
「はい」
深い溜息を吐いた榊原は後ろに控えていた黒ずくめの男たちに円香を引き渡すと、倉庫の中に閉じ込めるよう命じた。
「円香!」
「伊織さんっ!」
これまで話せていなかった円香は黙っているのが辛くなって彼の名前を口にするも、
「早く来い!」
男たちに無理矢理腕を引かれて倉庫に押しやられてしまった。
「さてと、君にもう用はない。ここで死んでもらうよ」
「はっ! 出来るもんならやってみろよ」
榊原と一対一になった伊織は懐から銃を取り出すと迷わず銃口を彼に向けるも、榊原の方はただ立っているだけで何もしない。
けれど、その行動が想定内だった伊織は焦ることも無く睨み合いながら対峙していた。
(……前方に五人、後方に七人……左右に三人ずつってところか)
榊原が武器を何も出さないという事は、他に仲間がいて伊織を狙っているという事。
それが分かっている伊織は冷静に周りの気配を察知しながら人数を把握する。
そして、吹いていた風が止んだ次の瞬間、引き金を引こうとする微かな音を確認した伊織は銃と共に手にしていた癇癪玉を叩きつけるように四方にばら撒くと、音と煙に驚いて相手が怯んだ隙に右手にある海へ飛び込んだ。
「海だ! 早く弾を撃ち込め!」
榊原の言葉に潜んでいた彼の仲間が煙が漂う中、一斉に伊織が飛び込んだ海目掛けて弾を撃ち込んでいく。
「チッ。逃げ足の速い奴め。おい、お前らはそこでアイツが出てくるのを待ってろ。残りの奴らは倉庫内に戻れ」
榊原は五人程を外に待機させて残りの男を中に引き入れた。
「榊原さん、今の音は? もしかして、撃ったの?」
中へ入って来た榊原に詰め寄る円香に彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ、撃ったよ。撃たれた彼は海に落ちた。あれじゃあ助からないんじゃないかな?」
「そんなっ……約束が、違うじゃないですか!」
「約束?」
「私が貴方との結婚を承諾すれば、伊織さんたちや雪城家には手を出さないって!」
「そうだったかな? 悪いね、私は最近どうも忘れっぽくて……」
「酷い……っ騙したんですね!?」
「騙したなんて人聞きが悪いね。口の利き方には気をつけないといけないよ? 円香」
「触らないで! 貴方、本当に最低な人ですね」
「はぁ……優しくしていれば調子に乗る。これだから、女は好かない。気が変わった。お前のような聞き分けのない女は私に相応しくない。よってお前には二つの選択肢を与えよう。一つは臓器を提供する、もう一つは金持ちの男の元へ売られるか……さあ、どちらがお好みかな? 好きな方を選ばせてやる」
こんな男の言う事なんて聞くんじゃなかったと、円香は心底後悔していた。
(伊織さん……私、どうすれば……)
提示された選択肢を選べる訳がない円香は逃げようにも囲まれていて逃げられず、今度こそ手の打ちようがないと諦め掛けた、その時、
「もう一つの選択肢がある。それは――俺の元へ来る事だ、円香」
その声と共に円香の前に現れたのは、榊原に撃たれたと思っていたはずの伊織だった。
「伊織さん!?」
「貴様、何故ここに!」
流石にこの事態は想定外だったのか、海に逃げ込んだと思っていた伊織が現れた事に驚く榊原。
そして、撃たれたという榊原の言葉を信じていた円香もまた目の前に居るのが本当に伊織なのかと不安になる。
「俺は水の中になんて逃げ込んでねぇよ。そう見せかけただけだ。お前らが海に向かって弾を撃ち込んでる間に、俺はこの倉庫内に既に侵入してたんだ」
「なっ、どうやって……」
「俺らHUNTERを甘く見るなよ? お前らのアジトなんて全て知り尽くしてる。予め細工を施すくらい理由ねぇんだよ」
「クソっ! おいお前ら! 女もろとも撃ち殺せ!」
「判断が遅せぇよ」
榊原が言うよりも早く、伊織は見張りの男たちの急所目掛けて弾を撃ち込んでいく。
「そんな雑魚、俺の相手にならねぇよ。さてと、残るはお前だけだな」
「くっ……」
そして、ついに榊原だけが残り、再び伊織に銃口を向けられると今度は額に汗を滲ませていた。