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『行ってきます。』静寂が響く早朝の“時透邸”に小さく囁く様にそう告げる。
空には曇った銀のような薄白い明るみが広がっている。
『ふぅぅ……』。
もう何度目かも分からないため息に似た深呼吸を零し、神経を鎮めると、私は勢いよく地面を蹴り走り出した。それと同時に風に当たり着物の袖も深呼吸をしているみたいに大きく膨らむ。
『……寒い』
ジメジメとした山道の地面から冷気が迫り上がってくる。
まだ春とは言え、早朝の山の空気は凍てついていて、走るたびに冷たい空気が肌を突き刺す。
『“藤襲山”まで後どのくらいなんだろ』
ふと胸に込み上げてきた疑問を口に出す。
“藤襲山”とは、私たち人間を主食とし多くの者に恐れられる“鬼”という存在を狩る組織・“鬼殺隊”への第一歩目“最終選別”が行われる山。
私が人生で初めて鬼を狩る場所、そして運が悪ければ墓場となる場所。
そう考えた瞬間、陰鬱な思いが身体に染み込み、自分の胸がドシンと重くなるのを感じた。
─もしも
もしも死んでしまったら?もしも鬼を倒せなかったら?
足を進めれば進めるほど、緊張と共に底知れぬ恐怖が近づいてくる。
───「怖がってどうするの。」
もう1人の自分が心の中でそう語り掛けてくる。
ハッっとし、恐怖を吹き飛ばすように頭を横に振る。
怯みそうになる気持ちをグッと押しつぶし、足は一秒たりとも止めず、指先が肉に食い込んで痛いぐらい刀の柄を握る手に力を込める。
不思議だ。こんなに長い距離を走り続けても疲れを感じないし、こんなに手に力を込めても痺れたりなんてしない。
『……全部、無一郎くんのおかげなんだろうなぁ。』
そう呟くのを合図に私の師範─育手とも呼べる少年の顔が脳裏を過る。
時にはクソデカくてクソ険しい山を何百周も走らされた。
時には意味分からんくらいデッカいヒョウタンを吹かせられた。
時には何度も何度も木刀でぶん殴られた。
勢いよくぶん投げられて空飛ぶ鴉とご対面したことだってあったし、鬼殺の道に絶対関係ないような心がすっごい抉られる毒舌攻撃も喰らった。
泥まみれでボロボロヘトヘトになった自分にゲロまみれの石ころを見るような目を向けてくる無一郎くんとの思い出に浸っていると、ふとずっと感じないようにきつく蓋をしていたドス黒い罪悪感が一気に溢れ出てきた。
『…無一郎くん怒るだろうなぁ』
─時は数日前に遡る。