ムツキとサラフェが屋外に出た後の屋内。敵であるサラフェがいなくなったことで少し安堵が広がる。
「ムツキだっけか。あいつすげえんだな」
コイハは心の底からムツキに対して、すごいという一種の尊敬の念を抱いた。必ず守ってもらえそうな安堵感は、少数民族で常に自給自足を強いられる明日も分からない獣人や半獣人には滅多にない感覚である。
「そうだろう、そうだろう。旦那様はスケベだが、最強だからな」
「ムッちゃんがいれば、とりあえず、安心よね。ピンチになっても助けてもらえるって感じがするわね。モフモフには目がないけど」
ナジュミネもリゥパも少し棘はあるもののムツキを称賛するので、コイハはここでの生活を少し妄想する。自分やメイリが笑顔で一緒にいて、その近くには彼や妖精族、ナジュミネ、リゥパ、まだ見ぬユウもいる生活である。
スケベとモフモフは気になるが、きっと悪いことにはならないだろうと彼女は結論付けた。
「んん……ここは……?」
半獣人族で黒狸のメイリがようやく意識を取り戻す。彼女は半袖半ズボンの格好、一人称が僕、リゥパよりも短いショートの黒髪のせいもあって、ボーイッシュなイメージがある。しかし、そのボーイッシュなイメージとは裏腹に、少し抜けた感のある可愛らしい顔とナジュミネ以上の胸の大きさが特徴的だった。
「やはり、大きいわね……」
リゥパが自分の胸に手を当てて、メイリの胸の方を見つめながらボソッと呟く。幸いにして、その声は誰に届くこともなかった。
「メイリ! 起きたか?」
「コイハ! 僕たち無事なんだね?」
コイハとメイリは抱きしめ合う。生きて会えたことに心から喜んでいる。
「あぁ……偏屈魔王……ムツキに助けられた」
「そうなんだ! お礼を言わないと。……あれ? そのムツキさんは?」
メイリが周りを見るも、ムツキらしき人物がいないので疑問に思う。
「今、俺たちを追ってきた勇者と外で戦っている」
コイハがボソッと呟く。メイリは嬉しそうに彼女を見つめる。
「そっか。ところで、ムツキさんはどう? 優しかった? かっこよかった? キュンキュンした?」
「え、あー、多分、まあな」
「コイハがそういう反応の時は超イイ時じゃん。いいなあ、僕も早く見てみたいなあ」
メイリがのほほんとした声色で話し始めるので、周りも和やかな雰囲気になった。しかし、次の瞬間にナジュミネとケットは小さな殺気を感じる。
「ニャ!」
「っ!」
殺気の主が気付かれたことに気付き天井の方から現れようとした瞬間に、ケットとナジュミネが咄嗟に目配せをする。既にケットが近くの椅子をナジュミネにぶん投げて、ナジュミネはそれを受け取ると迫りくる殺気に向かって構える。殺気の主は刀を大振りに振り回していたが、椅子に軌道を曲げられ、刀を椅子から引き抜いて着地をせざるを得なくなった。
「何?」
「何だ?」
「……ナジュミネ、よく反応できたわね。私気付かなかった。ケット様も気付いていたようだけど」
コイハとメイリはまだ状況が分かっておらず、リゥパもようやく状況を把握できたというところだった。ナジュミネは対処できたことに安堵したようで、強張った表情が少し緩む。
「殺気が漏れたのを感じ取れたからな。しかし、妾でも直前まで気付かなかった。何者だ?」
「その姿、炎の魔王ナジュミネですか……」
「む。その声はさっき聞いたぞ? サラフェか? では、旦那様と戦っているサラフェは誰だ?」
殺気の主は先ほど外に出たサラフェだった。ナジュミネは不思議そうに彼女にそう問いかける。
「炎の魔王がどうしてこんな所にいますの?」
しかし、サラフェはナジュミネの問いに答える気もなく、自分の疑問を投げかける。ナジュミネは少し考えたが、彼女に合わせることにして話を続ける。
「妾のことをよく知っておるな、と言いたいところが、情報が古すぎる。妾はムツキ、旦那様に嫁いだ。もう随分と前の話だ。炎の魔王も昔の話だ。今は貞淑な妻として日々研鑽中だ」
ナジュミネはどこからか自前のエプロンを取り出して、妻らしさをアピールする。薄手の部屋着にエプロンはどことなく扇情的な格好に見えてくる。
「ふっ……野蛮な鬼族が貞淑な妻ですか。自分の炎の熱で頭がイカれたのでしょうか」
「むむ。そこまで言われる筋合いはないぞ……。それよりも口が悪いのは直してもらわないと困る。ハーレム内の不和は妻たちの問題になるからな。旦那様の手を煩わせるなど、もってのほかだ」
「ナジュミネ、いいこと言うわね。たしかに、言葉遣いは大事よね」
「ニャー。言葉がキツいのは嫌ニャ。優しく言ってくれニャいとみんニャ、後で泣いちゃうニャ……」
少なくとも、ナジュミネ、リゥパ、ケットはサラフェを敵として見ていない。ムツキの妻候補、いや、将来の妻の一人として見ている。
この状況はユウが作り出したものだと容易に想像できるためだ。ケットはまた増改築しないといけないと思っている。どうせなら、もう少し早くに言ってくれれば、それも含めて増改築したのに、とさえ思っていた。
「一体、何の話をしているのですか。っと、エルフまでいるのですね。それは少々面倒なことになりました。そこの獣人と半獣人を始末するだけの簡単なお仕事のはずですのに」
「それはもう無理よ」
「何故無理だと言い切れるのですか?」
「ん? だって、多勢に無勢じゃない?」
サラフェは首を横に振った。
「ナジュミネさえ仕留めれば問題ないですわ。外の偏屈魔王もさっさと倒しますよ!」
サラフェの繰り出す攻撃をナジュミネは素手で受け止め、血が流れるのも気にせずに握りしめる。
「ちょっと、ナジュミネ……」
「旦那様への畏敬の念が全く足りぬな……。その眼にしっかりと旦那様を焼き付けてこい! このたわけが!」
ナジュミネは刀から手を放し、そのままサラフェの胸倉を掴んで外へと力任せに投げつける。
「ぐっ!」
「……やっぱ、すごいね。僕たちじゃ敵わないね」
「そうだな……」
何もできずにぶん投げられたサラフェを見て、メイリとコイハはナジュミネに逆らっていけないこととムツキを軽んじてはいけないことだけ理解した。
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