アーティファクトの有効範囲から出た事で痛みがなくなったのだろう、赤い光の視線を善悪からアスタロトに移して言葉を発するバアル。
「なるほどね、昔から馬鹿だ馬鹿だとは思ってはいたけど、魂までそいつら新参の魔神に売るほど馬鹿だったとはね、アスタロトぉ、この裏切り者めぇ! いずれルキフェル兄上の手で貴様は八つ裂きにされると覚悟しておくことだな! それに、新参の二人! お前ら二人は僕自身の手によっていつか必ず殺してやるからな、覚えておけよ、必ず殺すっ! はははは、その馬鹿な弟から妾(わらわ)の情報を聞き出して入念に準備をして来た慎重さは褒めてやるけどさ、はははは、そこまでしても、この場で妾を滅する事も不可能だったろ? こちらとしても今のままでは無いのだよ、見せてやろう、お前のリフレクションを模倣したのみならず改良を加えた新スキルを」
そこまで言ってから自分の周辺を素早く確認したバアルは小声で呟いた。
「『領域初期化(フィールドリセット)』」 ボソッ
「『突角長槍(ロングホーンランス)』」 「『重守護(バリス)』、トウっ!」
「なっ!? グフっ! ギャアァァ!」
アンチマジックと発声を阻害していたスキルを解除した瞬間、人っ子一人いなかった筈の空間から現れた二本の槍がバアルの両肩を貫き、バリスでガチガチになったパズスが顔面に強烈な全身タックルを決めた。
更に右手はシヴァ、左手はアヴァドンによって、揃って後ろ手に捻り上げられてしまい、同時に両足はアジ・ダハーカとラマシュトゥによって足首をキメられて膝をつかされてしまった。
「ソレッ!」 スパァッ!
鼻血を流しながら左右二つに切り分けられていくバアル。
徐々に離れて行く体の片方の肩に着地したオルクスは、デスサイズを消しながら横目で見つめるバアルに向かって囁いた。
「バカメ、コロス、ジャナクテ、コロシタ、ダロ?」
「き、貴様ぁ、お、オルクス、かっ!」
「ソレェ! ニゲロー!」
「「「「「「わぁ~!」」」」」」
オルクスの音頭を合図に一斉にコユキや善悪、アスタロトの元へと走って戻るスプラタ・マンユ。
半分程行った所でラマシュトゥだけが振り返り、オマケとばかりにスキルを発動する。
「ごめんなさいね、『弱体治癒(プトゥシ)』」
再生し切る前に弱体治癒のスキルを掛けられたバアルは全身の力が抜けたかのようにふら付き乍ら(ながら)も、右手の人差し指を構えてから、何度も左手で自分の目を擦っている。
噂に聞く弱体治癒のせいで目まで霞んでいるのかと思っている様だがそれは違う、霞んでいるのではなく幻でもない、アジ・ダハーカの能力によって、走り去るちびっ子達はそれぞれが八体の分身と共にてんでバラバラに逃げているのだ、合計六十三体のソフビサイズである、さぞ狙い難い事であろう。
目を瞬(しばた)かせながら右手の人差し指から打ち出された、魔力弾は結局一発も命中することは無く、バアルの体が再生した時には分身も含めて全てのちびっ子がコユキの後ろに辿り着くのであった。
「フハハ、ぼ、僕は何度でも再生するっ! 無駄な事をぉっ!」
叫んだバアルであったが、何故か体の節々が痛い……
腰に疼痛(とうつう)を感じるし、両の腕も肩までしか上がらなかった、歯茎も少し腫れている様だ……
考えるまでも無く弱体治癒(プトゥシ)の効果であろう、老化かな?
軽く咳き込んだ後、バアルは声に出した。
「『複数反射(マルチプルリフレクション)』」
言い終えたタイミングと同時に、コユキの足元に姿を現した分身オルクスが一体、床の上には『鶴の尾羽』が置かれていた。
その横で忙しそうに身支度を整える善悪和尚、せっせせっせと中々に慌ただしい様子であった。
チラチラと善悪の準備の進捗を横目で見ながら、復活したアスタロトが何だか自分より上位互換っぽいリフレクションの輝きに包まれつつ、近付いてきたバアルに言ったのであった。
「そこで止まれっ! そこより近づくと言うのならば、貴様であろうとも滅される事を覚悟せよ! 兄よ…… 只々憧れ続け、追い続けた尊き(たっとき)魂よ! 我に其(そ)をさせるな…… 貴女(あなた)は我の超えるべき壁、醜い美しさ、風に舞う儚く散る運命、醜い人の争いさえも笑顔で受け入れた稀有(けう)の心を持つ者よ、我が感じた動かされた美しさの全て、あらゆる心と光景を越えて光り輝き、あらゆる怨嗟(えんさ)を越えて『そこ』にただ在り続ける物を目指していた存在、存在の具現者よぉ、貴女の苦しみも歓びもそこに有ったのでは、無かったのかぁ? 美しさと醜さと、生に縋る(すがる)惨めな命と、願いつつ奪われる儚い命と、貴女は死を司る、美しくも儚くそして醜い神、バアルでは無いのかぁ!」
バアルは答えた。
「アスタロト、御託(ごたく)はそれで終い(しまい)かなぁ? それって只の時間稼ぎだろう? ふふふ、違うかい?」
アスタロトが言った。
「無論! 時間稼ぎだ! 面白かったか?」
「面白くは無かったねぇ、ちょいちょいお前の本音が有ったからイライラしたよ」
アスタロトが胸を張りつつ、低く構えて答えた。
「イライラか…… じゃあ、良かったよ…… 来いっ!」