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会場の外へ出ても、地下から響く地鳴りのような歓声は止まない。
ミゲルとケンの死闘が続いているのだろうが、今の葉弐にとってはどうでもよかった。
「……後のことは後……効率的に考えればそうだけどさ……」
独り言を漏らす葉弐の顔は、幽霊のように青白い。
隣でタバコを燻らすアホライダーを見上げ、火野はため息をついた。
彼女はバッグから、ずっしりと重いドル袋を取り出し、葉弐の目の前で振ってみせる。
「ほら、見なさいよ。あんたの勝ちでこんなに儲かったよ」
「……おぉぉぉぉ……」
いつもなら飛びつくはずの札束を前に、葉弐は気の抜けた間抜けな声を漏らすだけだ。
(……お金にすら反応しないなんて。相当ビビってるわね)
火野は肩をすくめ、少しだけ声を和らげた。
「……ここらへんに、大きな水族館があるらしいわよ。行く?」
「そうだな。最後くらい楽しんだほうがいい」
アホライダーが淡々と付け加える。
「最後!? やっぱレッドギアに殺されるんだ! 天国への招待状か!?」
「……バカ言ってないで行くわよ」
火野はアホライダーの頭を軽くはたき、震える葉弐の背中を押した。
到着したのは、マンダレイ・ベイ内にある「シャーク・リーフ・アクアリウム」。
砂漠の真ん中に現れた、文字通りのオアシスだ。
「ここ、ベガス一番のオアシスなんだって。……ほら、アホ面してないで入りなさい」
薄暗い館内に入ると、頭上を覆う巨大なトンネル水槽が彼らを迎えた。
青く澄んだ水の中を、数メートルはある巨大なサメやエイが優雅に、かつ威圧的に泳いでいく。
「……すげえ」
葉弐の目が、少しずつ輝きを取り戻していく。サメが鼻先をガラスにこすりつけるように横切るたびに、彼は「うおっ!」と声を上げて飛びのいた。
「おい、葉弐。ここはオアシスらしいぞ。……お前がレッドギアと戦った後に、ゆっくり行く場所だな」
アホライダーが葉弐の耳元で、無表情に囁いた。
「……天国か!? やっぱ死ぬのか! !」
「……あんたは黙ってなさいって」
火野が再びアホライダーの後頭部を小突き、葉弐に向き直る。
「ほら、あっちに珍しいクロコダイルがいるみたいよ。」
珍しい金色のワニや、色鮮やかな熱帯魚、そして深い海に沈んだ古代寺院を模した展示。非日常な景色の連続に、葉弐の脳内から次第にレッドギアの影が薄れていった。
「……まあ、あんなタイツ野郎、僕の空気砲で一発だよな。結局、逃げ回る方が効率悪いし」
最後には、ソフトクリームを頬張りながらいつもの調子で豪語するまでになった。
夕方、ホテルに戻った三人、葉弐と火野はレストランで軽めの夕食を済ませた。
火野は売店で最高級のアイリッシュ・ウイスキーを一本購入し、葉弐を連れてアホライダーの部屋を訪ねた。
「……明日、準決勝でしょ。一杯くらい飲まないとやってられない」
火野がショットグラスに琥珀色の液体を注ぐ。
アホライダーは窓の外、相変わらず光り輝くベガスの街を見つめていた。
「……明日勝てば、次は決勝だ」
「ああ。相手が誰だろうが、一番効率的に稼げるルートを通るだけさ」
少し酔いが回った葉弐が、ベッドに寝そべりながら不敵に笑う。
火野は窓に寄りかかり、タバコの煙を天井へと吐き出した。
雑談の内容は、他愛もないことばかりだった。
日本のピーマンの肉詰めが恋しいだの、アホライダーの仮面は寝る時どうするんだだの。
やがて、アルコールの心地よい倦怠感に包まれ、三人はそれぞれの眠りについた。
明日、その平穏が跡形もなく吹き飛ぶことも知らずに。
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#コメディー