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「おーい傑、まだ〜?」
帷を上げて間もなく、砂埃の舞う薄暗い建物の中によく通る男の声が響いた。日の光が差し込む向こう側に長身が見える。傑を呼びながら少しずつ近づいてくるようだ。
「ああ、悟。すぐ行くよ。」
それに応えながら、傑は意を決して手元の黒い玉を呑み込むべく、口を開く。必要なこととはいえ、ひどく憂鬱なこの瞬間には、いつまで経っても慣れそうにない。呑み込みやすいよう上を向き、喉奥に一気に押し込む。汚れた天井を映す視界がぼやけた。大きな玉が喉を通過する苦しみと、吐瀉物を処理した雑巾のような酷い味のせいで、自然と涙が滲んだ。
「もういいよ、待たせたね。」
滲んだ涙をこっそり拭いて声のする方を振り向くと、同じ制服の美丈夫が長い足で瓦礫を転がしていた。
「はあ〜、またヤガセンにどやされる。」
サングラスをクイッと直しながら傑の側までやってきた男、五条悟は、傑の同級生である。春に出会ってから半年、よく2人で任務をこなしている。悟はいかにも面倒くさいと言わんばかりにため息をつき、頭を抱えた。射光に照らされてキラキラと輝く白髪が目に眩しい。
「確かに……まさか戦闘レベルがこんなに高い呪霊だとは思わなかったし、ちょっとやりすぎちゃったかもね。」
窓からの事前報告では、物理的な実害を及ぼすような被害例はなかったので戦闘タイプではないと判断したが、追い詰めたらそれまで逃げを打っていた姿勢をガラッと変えて暴れ出した。こういう呪霊もいるんだなと、また一つ傑は驚きと経験を重ね、新しい手持ちを得ることができた。その反面、現役の建物を半壊させてお咎めなしとはいかない。前回は水道管に穴を開けて叱られたばかりだ。
「ま、呪霊は思ってたよりすばしっこくて暇にはならなかったけどさ、もうちょい骨のあるやついたら面白いのにな。傑もその方が良いよな?」
同意を疑わないまっすぐな悟の言葉には傑の胸に少しの引っかかりを与えたものの、実力的な信頼を向けられている気もして心地が良かった。
「そうだね。等級が高い方が、私もやりがいがある。早く君に追いつきたいからね。」
それを聞いた悟は嬉しそうに口角を上げて笑った。
「傑もかなり実力つけてきたし……次は初めから戦闘モードで行こうぜ。どっちが早く倒せるか勝負。どう?」
呪術界のサラブレッドに勝負を申し込まれるなんて光栄である。傑は一も二もなく頷いた。
「いいね。じゃあ、負けた方がラーメン奢りで。」
「後で泣きついても知らねーぞ?」
「そっちこそ。」
傑と悟は話しながら、補助監督に任務完了を報告すべく歩き出した。
呪術界に足を踏み入れて半年、高専1年の秋のことである。傑はまだ、この業界に自分の将来を見ていた。いつか悟と肩を並べられるようになりたい。そう願って止まなかった。