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これはどういう状況だ。
先ほどの綾瀬の言葉―――。
(そういうこと?だよね?)
気づかれないように軽く息をついた。
30も過ぎて、生娘みたいに抵抗するのもかっこ悪いだろうか。
だいぶご無沙汰なだけで初めて、というわけでもないし。
男と二人で出かける時点で、そういう展開も、全く予想してなかったわけじゃないし、ワンピースこそ着てこなかったが、一応下着は上下ペアの可愛いものを選んで、ムダ毛も処理してはあるけれど。
でもまさか、本当にそうなるとは―――。
「まあ、まず直近の問題として」
運転席に座った綾瀬がエンジンをかける。
「その服、どうにかしないとレストランにも入れないですね」
言いながら起動したナビを弄っている。
「適当なところで、服調達しますか?濡らしてしまったお詫びに一着プレゼントしますよ」
「適当なところって」
「あ、いえ、適当ってどうでもいいってわけじゃないですよ。どこかちょうどいいところでって意味ですよ」
(そんな簡単にちょうどいいサイズがないんだよ)
眞美は、どこのどんな服でも入るのであろう男を睨んだ。
だからと言って、
「じゃあ、大きいサイズ専門店、検索してくれる?」
なんて言えるわけもない。
「………あ」
思わず声が出た。
後部座席を振り返る。
間違えて持ってきてしまった紙袋。
タグも取ってなかったので、返品しようと準備だけしていたワンピースが入っている。
でも、黒のカーディガンは持ってきていない。
あれを単独で着るとなると、どうだろう―――。
「あ。近くにモールがありますよ。行ってみますか」
綾瀬がこちらを見る。
「ーーーいや、いい」
「え?」
「持ってきてる。一着だけ」
眞美の視線につられるように綾瀬が後ろを振り返る。
「先にチェックインできる?」
その視線が眞美に戻る。
「ホテルで、着替える」
「……もちろん!」
はっきりと“ホテル”と発した眞美に微笑むと、綾瀬はギアをドライブに入れた。
部屋に入ると、綾瀬は大きなバックをベッド脇に下ろした。
一泊するだけなのに、男にしてはものすごい荷物の量だ。
何が入っているのか少し気にならないわけでもないが。
綾瀬は首にかけていたネックレスを、テーブルの上に置き、軽くため息をついた。
男と二人でホテルの部屋にいる。
ダブルじゃなくて少しだけほっとしたが、それでもツインのベッドの隙間は1メートルもない。
そもそも、このベッドに一人ずつ寝て終わる、なんてことはないような気がする。
綾瀬が軽く首を回す。
同僚ではない。同期でもない。後輩でもない。
どんなに華奢でも、どんなに美しくても、男、だ。
「栗山さん、着替えないんですか?」
言葉を発してから綾瀬が振り返る。
「洗面所、覗かないから使ってください。ここで着替えても、俺は別にいいですけど」
慌てて眞美は紙袋を抱きしめながら、洗面所に入っていった。
濡れたチュニックは少し生臭い気がした。ただ厚手で出来ているため、キャミソールやブラジャーまではしみ込んでいなかった。
それを脱ぐと、紙袋からワンピースを取り出す。
チャックを下ろし、上から被る。
袖を通しウエストを合わせ、ヒダを整える。
チャックを上げると、数日前、鏡で見たままの女性がいた。
今日はメイクもしているから、さらに女らしく、大人っぽく見える。
大丈夫。
大丈夫だ。
鏡の中の自分に言い聞かせる。
今から自分は、男と夕食を食べて、ホテルに戻ってきて、この部屋で――――。
その後の二人の関係がどうなるかなんて、わからない。
ーーーでも。
30歳の秋。
乙女ゲーに暮れる夜よりはずっといい。
ドアを開ける。
綾瀬の姿がない。
軽く見回すと、窓際のベットに仰向けに寝転がっていた。
長時間の運転で疲れたのだろうか。目を閉じている。
予約の時間が何時かはわからないが、まだ夕方だ。少しぐらい休ませてもいいだろう。
眞美はテレビのリモコンを探した。
目を閉じ、軽く口を開けて寝息を立てている綾瀬の顔の隣にそれはあった。
手を伸ばしてそれを取り、ボタンを押そうとしたところで、ぐいと腕を引かれた。
驚いて振り返ると、綾瀬が上体を起こしてこちらを見上げている。
「そんな素敵な服持ってるなんて、反則ですよ」
そのまま強い力でベッドに押し倒される。
「せっかく着たところ、申し訳ないんですけど……」
さっぱり申し訳なさそうじゃない顔で見下ろされる。
「脱がせていいですか?」
眞美の後ろに、綾瀬が足を開いて座っている。
その手が優しく肩を触る。
その感触に身体が勝手にビクッと反応する。
「緊張してる?」
綾瀬が軽く吹き出す。
「大丈夫。そっとするから。リラックスしてて」
言いながら首にかかった眞美の髪の毛を優しく左右に分ける。
そして中心にあるチャックに指をかけると、摘まんでツーっと下ろし始める。
アンダーバストを支えていたハイウエストのゴムから解放され、上半身が心もとなくなる。
そのまま、ウエスト、腹部の順で少しずつ開いていくワンピースを見下ろす。
腰まで下げた時、ふわっと襟元が大きく開き、眞美のキャミソールと、透ける下着まで、一気に露わになる。
「やっぱり。すごい可愛い」
後ろから綾瀬のうっとりしたような声が聞こえてくる。
(こんなだらしのない身体を、可愛いなんていえるの、どうかしてる…)
顔が熱くなるのを見られないように俯いていると、肩から優しくワンピースを抜き取られた。
後ろから伸びてきた手が、眞美の手を掴むと、優しく袖を抜き取る。
まず、右側。
続いて、左側。
とうとう上半身は、ブラジャーとキャミソールだけになってしまった。
すると綾瀬は眞美を優しく押し倒しながら足元に回り、腰からワンピースを下げていく。
それに合わせて軽くお尻を上げると、
「いいこ」
と微笑んだ。
その目つきが妙に色っぽくて、眞美は片手で顔を覆った。
スルスルと滑らかな裏地が太腿、膝、脹脛を滑っていく。
(まさか。お母さん、脱がせやすさまで考えていた…?…わけないか)
自分の思考に呆れているすきに足首からそれが抜き取られた。
途端に肌寒さを感じる。
下着だけになった自分の体がひどく心細く感じる。
(早く、来てほしい)
早く身体を重ねて、体温を移してほしい。
顔を包んでキスしながら、体に触れて、かき分けて、入って、一つになって――――。
数分後に訪れるであろう情事を想像して、堪らなくなり、眞美は両手で顔を覆った。
「栗山さん………」
視界を遮った眞美の耳に、綾瀬の声が響く。
「いいですか?」
(何をいまさら………)
「これ、着てみても」
(いいに決まってる)
(いいに――――)
(———————)
「はあ?!!」
眞美は思わず起き上がった。
とっくにベッドから立ち上がっていた綾瀬は、ワンピースを広げて目を輝かせていた。