テラーノベル
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第二話 違和感の音
朝、カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。
枕元から、かすかな冷たさが伝わってくる。
——細い鎖が、ベッドの柱へと続いていた。
(あ、そうだ。夜は“安全のため”に手錠するんだっけ……)
慣れてしまった自分が少し不思議で、
それでも僕は静かに起き上がる。
カチャ、と金属が揺れる。
その音が部屋の静けさをゆっくり切り裂いた。
ドアが開き、道満さん が顔を出した。
学園長の仕事に行く前は、いつも少し忙しそうだ。
「おはよう、晴明。よく眠れたか?」
「はい。あの……道満さんの匂いがして、安心しました。」
思わず口から出てしまう。
本当に好きだから、嘘ではない。
ただ、心の奥で何かが少しだけ引っかかる。
道満さんは照れたように笑い、僕の頭を撫でた。
「俺もお前が大好きだよ。ほら、手——こっち貸せ」
ベッドの横に座り、手錠の鍵を回す。
カチリ。
自由になった手首に、赤い跡が残っていた。
「少し、きつかったか?」
「いえ、大丈夫です。……守るためなんですよね?」
「あぁ、お前は大事だからな」
その言葉は甘くて、優しくて。
同時に、とても重く感じた。
朝ごはんは、焼き鮭とお味噌汁。
テーブルの上は、まるで普通の夫婦みたいだ。
「今日は忙しい。会議が長引くかもしれない」
「お仕事、頑張ってください。帰りを待ってます」
そう言うと、道満さんは笑って——
僕の足首に視線を落とした。
床に固定された輪っか。
そこへ、小さな鎖が伸びる。
昨夜より短くなっている気がした。
(……僕、一人の時はここまでしか行けないんだな)
キッチン、窓、玄関。
全部、指先から少しだけ遠い。
「危ないからな。
俺がいない時、転んだりしたら困るだろ?」
優しく言われると、反論が喉で溶けてしまう。
「はい……気をつけます」
玄関で靴を履きながら、道満さんが振り返る。
「昼は冷蔵庫の二段目。鍵は——ここに」
腰のポケットを、軽く叩く。
(僕は、外の鍵を知らない)
その事実を、あえて考えないようにして
僕は笑顔で手を振った。
「いってらっしゃい!道満さん!」
ドアが閉じる。
静寂と、鎖の重さだけが残る。
昼過ぎ。
本棚から古い陰陽の書物を取り出し、ページをめくった。
(ここは安全で、守られていて、愛されている)
そう自分に言い聞かせる。
でも——
窓の外で、風が木々を揺らした。
行き交う学生たちの笑い声が、遠くから聞こえる。
(……楽しそう)
胸が、きゅっと鳴った。
指先が、無意識に鎖へ伸びる。
カチャ……カチャ……
ただの金属音なのに、妙に大きく響く。
(変だな。僕は満たされているはずなのに)
夕方、鍵の音が戻ってきた。
「ただいま。いい子にしてたか?」
「お帰りなさい! 今日はお味噌汁、温めてます!」
笑顔を向けると、道満さんの表情がふっと緩んだ。
もしかしたら——
この人は本当に、僕の世界全部なのかもしれない。
食後、ソファで寄り添いながらテレビを見た。
指輪が触れ合い、かすかな音を立てる。
幸せなはずなのに、胸の奥が少しざらつく。
(こんなに好きなのに。
どうして、「自由」という言葉が頭を離れないんだろう)
画面の笑い声と、足元の鎖の音が、
同じ部屋にあるのが、少しだけおかしかった。
その夜——
ベッドに横たわる僕の手首に、再び冷たい輪がはめられる。
「おやすみ、晴明。
今日は特に疲れただろ。ゆっくり眠れ」
額に、優しいキス。
胸があたたかく、同時に締めつけられる。
「おやすみなさい、道満さん。
僕……本当に、道満さんのこと、好きです」
部屋の灯りが落ちる。
暗闇の中、
鎖が静かに横たわる——まるで、そこに“当たり前”のように。
(ねえ、どうしてだろう)
(僕は幸せ——なのに、
どこかでずっと、違和感が鳴っている)
目を閉じながら、
その答えを考えるのをやめた。
——カチャ。
最後に鳴った金属音だけが、
夢の底まで追いかけてきた。
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