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――それから5日が経過した。
私たちは引き続き、辺境都市クレントスを目指して馬車を走らせている。
鉱山都市ミラエルツの南西から南東に移動し、そろそろ進路を北にする頃合いだ。
ミラエルツには『なんちゃって神器』の剣を作ったアドルフさんや、恐らくはジェラードがいるだろう。
本来なら立ち寄りたいところだけど、街門で身分証明が必要になるため難しい。
『ミラエルツに行く』というフェイクも2回掛けているのだから、そもそも立ち寄るという選択肢が無いわけだけど。
馬車の中にはいつも通り、私とエミリアさん、そしてリリーがいる。
御者台ではこれまたいつも通り、ルークが手綱を握っている。
王都から逃げ出して、今日で……確か、25日目だ。
数える日数も、もうすぐひと月を迎えてしまう。
最近では三人が三人とも、精神的にかなり疲弊している。
普段の会話も盛り上がらず、何か話があってもすぐに終わってしまう。
クレントス北部、『神託の迷宮』に着いたら問題がすべて解決……となれば良いのだが、恐らくそんなことにはならないだろう。
あと何日、こんな生活が続くのか……。私たちに平穏が訪れるのはいつなのか……。
その答えだけでも先に分かれば、おそらくは気が楽になるだろうに――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……尾けられていますね」
「え?」
馬車を走らせながら、ルークが静かに言った。
他の馬車とすれ違ったり、行く方向が重なったりするのは何回もあったけど……『尾けられている』と明言するのは初めてだ。
「スピードを緩めても追い越されませんし、昼食の前にもあの馬車は目に入りました。
もしかしたら、この先で検問などがまたあるかもしれません」
「確かに、検問もあれ以来だからね……」
あのときは奴隷商の馬車に紛れ込んで何とか通り抜けたけど、次に検問があったらどうしたものか。
運の良いことなんて、そう何度も起こらない方が自然なのだ。
「……それにしても、何で尾行をしているんでしょうね?」
エミリアさんが、首を傾げながら聞いてきた。
「尾行するくらいだから、もうわたしたちだって気付いているんですよね?
それなら、位置を捕捉し続けるため……?」
「……そうですね。
あの馬車だけなら、戦力的にも|然程《さほど》では無いでしょう。
私たちであれば、問題なく倒すことができるはずです」
ルークはそんなことを、あっさりと言い切った。
確かに私たちの戦力は、いつの間にか大きいものになっている。
ルークは神器を手にして一気に強くなったし、エミリアさんも魔法の種類が少しずつ増えている。
私もいろいろと魔法を覚えたし、それに爆弾を使うことにも抵抗が無くなってしまった。
……爆弾は手持ちに無いから、今は使えないけど。
「うーん……。それじゃ、倒しちゃう?」
「そうしましょう」
「仕方がありませんね」
私の物騒な提案は、すんなりと受け入れられた。
そこら辺、私たちの心が擦り切れそうになっていることの現れかもしれない。
……でも一応、被害は最小限にしてあげよう。
「とりあえず、ここから尾行されなきゃ良いよね。
馬車をダメにしちゃう、って感じでも良い?」
「ふむ……。アイナ様はお優しいですね」
ルークは少し考えてから、そう言った。
優しい……? そうかなぁ……?
「その前に、勘違いだと嫌だから……。
ちょっと向こうの馬車の人と話して、しっかり確認してからやろっか」
「なるほど。
実に冷静な判断かと思います。それでいきましょう」
この調子だと、ルークはとりあえず問答無用で襲撃する予定だったのだろうか。
やっぱりルークも、精神的に参っちゃってるよなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちが馬車を止めると、後ろを尾けていた馬車は明らかに速度を緩めた。
しばらく様子を見ていると、その馬車は私たちを追い越すことなく、道の端で止まってしまった。
……実際、隠れるところが無いから仕方ないか。
ルークは馬車から降りて、尾けていた馬車に向かって歩いていった。
もちろんすでに、エミリアさんの支援魔法はフルセットで使用済みだ。
しばらくすると――
ズガアアアアアアアァン!!
――大きな音が聞こえてきた。
音のした方を見てみれば、向こうの馬車がすでに真っ二つに割れている。
ルーク以外には、6人の人間が馬車の外に出ていた。
彼らは兵士ではなく、服装からして冒険者のようだ。
冒険者の4人は地面に寝かされ、残りの2人はルークに命乞いをするように、ひれ伏している。
ルークはそんな彼らをそのままにして、悠然と馬車に戻ってきて、そのまま馬車を走らせた。
「――無事に終わりました」
「うわぁ、事務的……」
ルークの報告に、私はついついツッコミを入れてしまう。
エミリアさんがくすっと笑ってくれたのが、少しだけ嬉しかった。
「……そうそう、これを頂きました」
ルークは御者台から、私にネックレスを手渡した。
「何、これ?」
「それを持って尾行する……という、冒険者ギルドでの緊急依頼があったそうです。
彼らは何も知らされていなかったようですが」
「はぁ……。ただのネックレスにしか見えないけど……?」
でも、そんなわけは無いよね?
とりあえず調べてみようかな。かんてーっ。
──────────────────
【魔法のネックレス】
魔法が付与された装身具
※魔法効果:位置測定・発信Lv35
※付与効果:情報操作Lv41
──────────────────
鑑定ウィンドウを宙に映すと、エミリアさんがそれを覗き込んできた。
ちなみにリリーは興味なさそうにぷるぷると揺れている。癒される。
「んん……。『位置測定』の魔法が付いてますね……」
「『発信』ってあるからには、『受信』もあるんですよね?
これって、私たちのいる場所が分かっちゃうっていう……?」
「はい、そういうことです。
これもかなり特殊な魔法で、使い手は限られるものですが……」
……ふーむ。機能的にはGPSみたいなものだよね?
原理は分からないけど、衛星とかを使わないでいけるなら何とも高性能だ。
「それにしても、そんな凄いものを、そこら辺の冒険者に渡しちゃうものかなぁ……」
「先ほどの方は、AランクとBランクの冒険者だそうですよ。
誰でも彼でも……ということは無さそうです」
「へー、そうなんだ――
……って、そんな人たちを土下座させてたのっ!?」
「ははは。言いたいことはあるようでしたが、神剣アゼルラディアの力を見せつけてあげましたからね。
その程度の冒険者では、相手になりませんよ」
「そうですね……。神器を持つには、確かにSランク以上が最低条件ですからね……」
ルークの言葉に、エミリアさんもしみじみと頷いた。
神剣アゼルラディアについては、私の仲間っていうのが条件なんだけど……それはそれとして、他の3つの神器に負けているつもりは無いからね。
「――さて、アイナ様。そのネックレスはどうしますか?
このまま持っていると、私たちの居場所が伝わってしまうことになります」
「うーん……。
ぱっと見、とっても綺麗なネックレスだから……誰かにあげちゃえば良いんじゃない?」
「せっかくですし、移動している人にあげたいですね♪」
エミリアさんが、そんなことを悪戯っぽく言った。
確かにそれなら、ミスリードを誘えるかもしれない。
……それはそれで、とっても良さそうだ。