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「…どういう意味だ?」
俺の発した言葉に納得がいかないギルマスがこちらを睨みつける。おそらくギルマス自身もどういう考えで俺が逃げろと言ったのかを分かっているのだろう。だからこそ尚更、納得が出来ないに違いない。
「ギルマスも分かっているはずですよね。消耗している状態のギルマスたちではあのゴブリン・イクシードとは戦えないことぐらい。僕の勝利条件はここにいる皆を無事に脱出させることです。正直なところ、あのゴブリンと戦いながら皆さんを守り切る自信はないですよ」
「…だが、ユウト。君一人であの超越種を倒せるというのか?」
「…確証はないですが、おそらく僕一人で戦った方が今の状況では一番可能性が高いと思います」
少々自惚れにも聞こえる発言かもしれないが、実際のところそうであるので仕方ない。ギルマスの残り魔力は微々たるもので今も気力だけで戦おうとしているのだろう。それに他の冒険者たちはそもそもの地力がゴブリン・イクシードと戦うには低い。そうなると言い方は悪いが足手まといになる可能性が高いのだ。
数秒ほど苦い顔をしていたギルマスだったが、大きく息をつくと俺に向かって頭を下げた。
その様子を見ていたアレンさんとデニムさんは目を丸くして驚いていた。
「…ユウト頼む、あの災厄を倒してくれ。これはサウスプリングの町を守るものとして、そして冒険者をまとめるギルドマスターとしてのお願いだ」
「もちろん、了解しました!」
俺はギルマスの勇気ある決断に応えるように力強く返事をする。
彼のこの判断は本当に苦渋の末の決断であっただろう。
それに対して俺が出来ることはその判断が間違っていなかったと誇ってもらえるようにすることだ。
「主力部隊の諸君!至急ここから撤退する!!」
ギルマスは主力部隊の面々に向かって指示を飛ばす。
しかし、撤退の判断に大半のメンバーが納得がいっていないようであった。
「ギルマス、いいんですか?!彼一人で相手をさせるなんて!!」
「俺たちも冒険者ですよ!ここで戦わないでどうするんですか!!!」
特にアレンさんとデニムさんが力強く抗議の声を上げる。
だが、冷静にギルマスは彼らに現実を投げかける。
「正直に言おう。私たちがここにいるのはユウトの足を引っ張るだけだ。私も本当は悔しい。だが、ここにいても彼のお荷物にしかならないのだよ」
その言葉にアレンさんもデニムさんも反論が出来なかった。
彼らもまた、自身があのゴブリンの足元にも及ばないということを理解していたからだろう。
「それに作戦の指揮権は私にある!納得できないかもしれないが、今は私の指示に従ってもらうぞ」
この言葉が止めとなり、主力部隊の皆は撤退へと動いていった。
ゲングさんの介抱をしてくれていた冒険者たちもゲングさんと共に撤退していく。
「おい、ここから逃がすと思ったカ?」
今まで黙ってその様子を見ていたゴブリン・イクシードは冒険者たちが撤退へと動き出したと同時に攻撃を仕掛けてきた。俺はそうなることを見越して常に奴の動きを注視していたこともあり、すぐに対応することができた。
「クッ、貴様ァ!邪魔をするナ!!!」
ギルマスたちを襲おうとするゴブリン・イクシードだが、その攻撃を全て邪魔をする俺に徐々に怒りが溜まってきているようだ。
「ギルマス!今のうちに早く!!!」
「おう!後は任せたぞ!!!」
何とか俺が妨害をしているうちに主力部隊の全員が大空間からの撤退を完了させた。地図化(マッピング)でチラッと確認してみても順調に洞窟からの脱出に向けて進んでいることが分かる。
「クソッ!テメェ、さっきからオレの邪魔ばかりしやがって…!」
「これでようやく安心して戦える。覚悟しろよ、ゴブリン・イクシード」
「キキキキキッ、そんなに早く死にたいなら死なせてやるサ。絶対に楽には死なせないからナ!」
ゴブリン・イクシードから発せられる威圧感がさらに強くなる。
さあ、ここからは死と隣り合わせの気の抜けない戦いになるだろう。
俺も深く息を吸い込み、戦闘態勢に入る。スキル『思考加速』を発動させ、どんな行動にも対処できるように集中力を高めていく。
「…な?!」
突然、先ほどまで数m先にいたはずのやつが目の前に現れた。思考加速を使って動きに注意していたのにも関わらず一切見えなかったのだ。こいつ、瞬間移動でも使えるのか?!
「くっ…!?」
「オイオイ、さっきまでの威勢はどうしタ?」
移動は捉えられなかったが、思考加速のおかげで何とか回避することには成功できた。しかしあの速さで攻撃を仕掛けられたら正直厳しい。ステータスでは俊敏性でも俺が上回っているはずなのに。
…そうなるとスキルか。
そういえば思い当たるスキルが一つあったな。
「今のがスキル『縮地』か…」
「キキキキキッ!正解ダ!!!どうやらお前の方がオレより速いようだが、縮地がある限りお前は絶対にオレに追いつけないのサ…!」
これではステータスが上回っていたとしても縮地がある限り後手に回らざるを得ないな。思考加速状態であれば縮地をされてからでも何とか対応は可能なのだが、それでは攻められない。何かいい打開策はないものだろうか…
常識提供さん、縮地のスキル効果を教えてもらえますか?
もしかしたらスキルの具体的な効果を教えてもらえるかもしれないと思い、常識提供に問いかけてみる。これでうまく聞き出せればもしかしたら良い打開策が思いつくかもしれないしな。
《エクストラスキル『縮地』はスキル使用者の現在地と視覚で認識した空間内の特定の1地点を超高速で移動するスキルです》
おぉ!常識提供さんありがとうございます!!
なるほどね、目で認識した場所に超高速で移動するスキルなのか。
それなら何とか対策できるかもしれない。
俺は再び深く息をついて集中をする。そして剣を構えて地面を思いっきり蹴り出し、ゴブリン・イクシードとの距離を一気に詰める。こちらの方が俊敏性で上回っているのでこいつも俺の動きに反応するのは難しいだろう。
そして間髪入れずに奴の胴体をめがけて右上から左下へと振り下ろした。
少し焦ったような表情を浮かべたゴブリン・イクシードは自身の肩口に俺の剣が当たる直前に縮地にて回避をすることに成功した。あの状況から逃げられるとはやはり縮地は厄介だな。
しかしながら驚きの表情を浮かべているゴブリン・イクシードに対し、俺は少し笑みがこぼれる。
「ナッ!?お前は一体何者なんダ?」
「俺はユウト。ただのEランク冒険者だよ」
ようやく目の前のヒューマンが自分のステータスを上回る強敵かもしれないということに気が付いてきたようだな。その証拠にゴブリン・イクシードは苦虫を嚙み潰したように顔をゆがませている。
「だ、だがお前がいくらオレより速いとしても縮地に対応できない時点でお前にはオレは倒せない!」
キキキキキッ、とまるで自身を鼓舞するかのように大声で笑うゴブリン・イクシード。
ただ残念だったな、その考えは少し甘い。
「ここからは手加減なしで相手してやル!せいぜいオレを楽しませろヨ!!」
そう叫ぶとゴブリン・イクシードは勢いよく地面を蹴り、攻撃を仕掛けてくる。
そのままの勢いで自身の鋭利な爪を俺の左胸めがけて突き出してくる。
俺は剣でその攻撃を防ぎ、それと同時に魔法により攻撃を仕掛ける。
「ロックランス!」
ゴブリン・イクシードの足元から尖った岩が勢いよく飛び出してくる。
しかしそれを縮地で一瞬にして移動されてしまい回避に成功される。
だがそれが俺の狙い通り。
「サンダーボルト!!」
俺はゴブリン・イクシードが縮地で俺の背後へと移動した場所めがけて雷魔法を放つ。完全に裏をかいたと油断し切っていたゴブリン・イクシードは高速で飛んできた俺の魔法に反応することが出来ずに電撃をまともに受けることになった。
「グアアァァァァァ!!!!!!!」
強烈な電撃を浴びたゴブリン・イクシードは全身に電流が走り痺れていた。俺はこの隙を逃さずに身体強化魔法を自身に施し、攻撃力と俊敏性を大幅に上昇させたうえで剣を構えて追撃を加える。
体が痺れて思ったように動けずにいるゴブリン・イクシードは軽い防御姿勢しか取ることが出来ず、俺の剣撃をまともにくらい続けて大ダメージを受けることとなった。
「クッ!なめるナ!!!!!グランドスピア!!!!!」
ボロボロになりながらも俺に向かって土魔法を放ってきた。ゴブリン・イクシードを中心とした扇状に無数の岩の棘が出現し、俺は追撃を中断して回避をする。ここでやりきれたら良かったのだが、相当なダメージを与えられたので良しとしよう。
「お、お前…何故だ。何故オレの動きが、分かっタ…?」
「縮地の効果さえわかればそれを見切るのも簡単なことだろ。さてお前のアドバンテージは失われ、大ダメージを受けたお前はもうまともに戦えないだろ。そろそろ決着をつけさせてもらうぞ!」
俺はこの戦いに決着をつけるべく、再び自身に身体強化魔法を施す。
もう奴はまともにくらった電撃と追撃のダメージのせいでまともに動くことは出来ないだろう。それにまた縮地で移動されたとしても俺にはもう通用しない。
なぜなら先ほど一度攻撃を躱されたときに縮地の攻略法に関しては完全に確信していたのだ。縮地は常識提供によると視覚で認識した空間の1地点に移動することが出来る。ならばゴブリン・イクシードの視線からある程度の移動先を予測することは可能なのだ。それに探知のスキルも組み合わせることによって縮地の移動先を完全に把握することができる。
これで相手の唯一のアドバンテージを対策できた。
さて、これ以上変なスキルや能力を発揮されれる前に倒しておきたい。
漫画やアニメでも追い詰められた敵が第2形態とか最終形態へと進化することがよくあるが、実際にそんなことをされてはたまったものではない。俺はそんな激熱展開のために待ってやるなんて悠長なことはしない。
「悪いがこれでとどめだ!!!」
俺は剣による全力の一撃をゴブリン・イクシードへ向かって繰り出す。
放たれた刃は奴の首を斬り飛ばす…はずだった。
「なにっ?!」
俺の全力の一撃を瀕死だったはずの目の前のゴブリン・イクシードは両手で何とか食い止めていた。明らかに先ほどまでの奴にはこの攻撃を止めるだけの力は残っていなかったはずなのに。
俺の一撃を受け止めていたゴブリン・イクシードはチラッと俺の方を見るとニヤリと笑って見せる。
俺は何だか嫌な予感がし、攻撃をやめて大きく後ろへと飛び退く。
どうなっている…?どういうことだ…?!
俺は必死に何が起こったのか、状況を判断しようと思考を巡らせる。再びゴブリン・イクシードの姿をよく見てみると、なんと先ほどまで受けていたダメージがほとんど回復しきっていたのだ。
くそっ!確認してなかったスキルの効果か?!
ここに来て詰めの甘さが祟ったか…!!
俺はもっとこいつのスキルを慎重に確認しておくべきだったと少し後悔する。
「キキキキキッ、ここまで追いつめられるとは思わなかったゼ。ひゅ~、危ない危ないナ」
そこには完全回復し、ニヤニヤとこちらを見ながら笑っているゴブリン・イクシードの姿があった。