大型船の上で繰り広げられる斬り合いはいよいよ佳境へと差し掛かる。目の前の敵へ目掛けて一閃を放つ。手応えと共に穢らわしい首が甲板に落ちる音。背後では未だに斬り合いが続いている。一息吐き、戻ろうと振り向く。
途端、鳩尾に鋭い痛み。同時に視界が暗転し、刹那の浮遊感。
「稲葉先輩……!」
遠ざかる篭手切の叫ぶ声。空を切る音。それが全て、水面を突き破る破裂音と共に消える。
「っ……!」
目を辛うじて見開くと、鬼が打刀の刀身をこの身に突き立てていた。不意を突かれたとは言え奴も無防備で敵目掛けて蹴りを食らわすとあっさりと突き放す事が出来た。どうやら敵も満身創痍だったらしく、捨て身の攻撃だったようだ。咄嗟に止めを刺そうと柄へ手を伸ばし、刀を引き抜く──
「がっ……!」
しかし見誤った。突如再び身体を襲う痛み。あの打刀の背後に短刀が潜んでいた。右脚を切りつけられ、傷口から潮水に蝕まれる。脇腹の傷からも止めどなく血が流れ、視界が濁る。
歯を食いしばり、今一度呼吸を止める。眼をこじ開けて、先ずは距離を詰めてきた短刀を捉えるべく水底を睨む。やはり再びこの身を斬りにこちらへと迫ってきていた。だが既に読めた一手。水圧に耐えながらも水底へと一閃を放つ。小さな骨身が消え失せたのを視界の端で確かに捉え、次は打刀だ。身を翻し、水面へと向き直る。
──一騎打ち、かっ……!
距離を詰められたものの、既に次の一手も読めた。鈍い音を立て、水中に刃が交わる。相手は水中を空を斬る様に轟々とこの身をより深く沈める。
唇の端から泡が細く昇る。心音が徐々にけたたましく鳴り、胸の奥が苦しい。それでも、目の前の敵だけは必ず打つべく、意識を研ぎ澄ませ、再び押し出すと、その僅かな隙を逃さずに水面に向かい刀を構え、迫り来る敵の刃の切っ先を避け、敵の身目掛け、刀身を突いた。敵を貫通する手応え。
──よし……
敵の醜き姿が、視界に揺蕩う泡と共に藻屑と消える。そっと刀を鞘に収め、水面を見上げ、水を掻き分ける。
「ぐっ……!」
しかし、右脚が動かない。思っていたよりも傷が深かったようだ。負傷した箇所からの痛みが拘束となり、この身を鉛の様に重くしている。身体が依然と水底へ向かい沈み続けている。
「っ……」
胸の奥に苦痛が襲い、食いしばった歯の間から泡が零れては昇っていく。
それでも、手を水面へ伸ばす。
──これきしっ……!
水を掻く。鈍く喉の奥から声が漏れる。身体に重くのしかかる水圧に抗う。
「ぅうっ……」
腕を伸ばす。水面が、遠い。
「くっ……ぅ……!」
鈍い音を立て、息が視界を煙らせる。肺がある筈も無い空気を求めて暴れ回る。
苦しい……
「ぅぐ……ぅ……」
水面へと、腕を伸ばし続け、水を掻く。こんな所で、死ぬ訳には……
「ぐっ……! ごほっ……」
息ができない。沈んでいく身体。
──嗚呼……
力が抜けていく腕。今や鉛と化した身体。
──駄目だ……浮き上がれぬ……
紺碧に澄み切った水中で、ただ一人、澱の様に沈んでいく。
「ぐっ……う……ぅぐっ……」
暴れる肺。濁る視界。冷たい水が錘のように身体を捉える。
「ごほっ……! ぐぼっ!」
──息が……
鼓動の鳴りが禍々しくなるに連れ、薄れる意識。窒息により抜ける腕力。
──こうも……呆気なく……
ふと、ぼやけた視界の中で、左腕に巻いた、赤珊瑚が、水面の光を受けて煌めいた。
重くなる瞼をこじ開けようと、踠き続ける。それでも、身体は沈んでいく。
「っ……」
息を吐き切る。こくり、と喉が動き、冷たい流れが喉に落ちていく。苦しい……
静かに閉じる視界。唇から、一粒の泡が昇る感覚を最後に、意識を手放した。
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