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海岸は人影がまばらで、砂浜は彼方の海に混じって消えている。太平洋はあいまいな水平線で途絶えている。波の穏やかさとは対照的に、ジェット機の轟音が上空に響いては、大空と大地に薄く広まる。
飛行機の大方の行き先ならば、仕事柄見当がつかないわけではない。塗装の違いで就航先の街を想像してみるのは、一つの楽しみでもある。飛び立つごとに、どこ行きの可能性があるのかをツヨシに話すと、ツヨシはなぜあの通りにマラソンなんて名前がついたのかだって結局は同じで、全部可能性だと答えた。それに、マチコが自分のことを好きかもしれないってことだって可能性に過ぎないのだといって笑った。健太は、とにかくマチコの飛行機の色は青と白だからよく見といてくれと言った。
「そろそろ乗り込んだ頃かな」ツヨシは腕時計を見ている。
そのとき、内ポケットの携帯が震えた。取り出すと、発信元に「公衆電話」と出ている。
健太は電話をポケットに戻した。コールチャイムは鳴りやまない。もう一度取り出して片耳を塞くと、ツヨシに背を向けた。
「もしもし」
声の主は聴き慣れかけた女性だった。健太はツヨシから遠のく方向に歩を進めた。
「もしもし」
マチコはそこで黙った。
健太の口が先に開いた。
「ありきたりだけど、向こうへ帰ってからも、頑張れよ。それと」
「それと?」
「うん。最後に一つだけ確認しておきたいことがある。丘の上で話したこと」
上空からジェットエンジンの音が舞い降りる。
「よく聴こえないんだけど」と彼女は言った。
「丘の上のことって、嘘じゃないよね」
「嘘なんかじゃない」
マチコの声が妙に遠くに聴こえる。
健太は黙っている。
「私も最後に一つだけ、確認したいことがあるの」彼女の、ふーっと吐き出す息の音が聞こえた。
「あなたは私のこと、どう思ってるの」
上空を再び飛行機が通過した。
「よく聴こえないんだけど」とマチコは言った。
健太の口元が小さく動きかけたときだった。
「やっぱり答えなくっていい。その方が、きっといい」
マチコはそう言うと、さようなら元気でねといって電話は切れた。
それから、何本かの飛行機が上空を行き来した。ツヨシは波打ち際へ移動していて、空を見上げたままの姿勢を崩さない。健太はツヨシのいる方へ歩を進めた。乾いた砂に靴が埋まり、一歩一歩が重い。
そのとき、ツヨシが振り向いた。
「あれだ! あれだよケンタ!」
見上げると、大空には青と白のジャンボが斜めに浮かんでいた。
健太はおもいきり手を振った。ツヨシをちらり見ると、手を振る瞳は潤んでいた。健太は、あいている方の手で胸のペンダントを握った。そして、涙は絶対見せないと決めた。
やがて飛行機は雲の中に消えていった。