読切と連載ってどっちが読みやすいんだろ。
大体18000字です。長すぎ。
時間に余裕がある人推奨です。
mcfwばかりすみません。myfw描写もあるし、そのつもりで書いてます。
「痛い」と思って目が覚めた時、白い天井が俺を監視するかのように見えたのを覚えている。
なんて突飛な表現をしてみたのだが、分かりやすく端的に言ってみれば、普通に病院の天井を見上げていた、と言うだけに過ぎない。
鼻につくような薬品の匂いと、やけに気怠い身体を起こして考える。
なぜ自分がここにいるのかはあまり掴めていない。
記憶を辿れば、俺は収録をしていて、どんなに頭を捻っても、俺がここに居る意味を見つけることは出来なかった。
目を覚ますと真っ白な空間に、
考えてみれば、まるで漫画のような光景だと思う。
ひとつ足りないものとすれば、
目が覚めた時、良かった。と涙を浮かべながら、頬を緩ませる人影が見えないことだろうか。
ふと、膨らみの無くなったポケットに目がいく。
収録の前日、帰るのが遅くなったのは、告白まがいの台詞とともに渡された、姫からの手紙が原因とも言えるだろう。
ヒートアップする姫を宥めて、抱きしめて、黒服の彼らに彼女を駅まで送るように伝えた。
荒む気持ちを抑えるように、乱雑に突っ込まれた手紙が頭を覗かせているのに気がつき、
ぐしゃぐしゃになった俺への愛を随分と眺めていたような記憶がある。
あの電車が終電だったらしいが、車で送ると言ってくれた後輩の善意も断ったのは何故だろう。
……海に行った気がする。定かでない記憶だが足を運んだ覚えがあった。
結局は朝帰りになって、収録に直行したようなしなかった様な、
別に落としていても拾って貰えるものでもないが、もしかしたら誰かに盗られてしまったのかもしれない。
もしかしたら、鳥が運んで姫の元に返っているなんて事もあるのかも、バーチャルだし。
なんて静かな空間では、そんな訳のない、意味の無い妄想ばかりが浮かんでは途切れていく。
大方、メンバーが拾ってくれているか、もしくはまだ何処かに転がってでもいるのだろう。
今はただ、中が見られていないことを願いたい。
目が覚めた瞬間を思い出す。あれから、かれこれ20分以上はたっているのだが、やはり誰かが訪れる気配もない。
「そりゃ帰るよなぁ。」
いつ目を覚ますかも分からんのに、それでこそ待たせていたら申し訳ない。
そういえば、さっき痛みを感じたのは耳だったらしい。
多分耳終わってる。あまりにも静かで深夜なんだと思ったけど、窓から外を見るとしっかり明るかった。
僅かに差し込む柔らかい日差しが心地いい。
具体的な数字をあげるとすれば、俺の正面から少し右の方にある時計の短針は、きっかり3の数字を指している、という事だろうか。
本来ならば、この時間の病院はバタバタうるさいことを、人間ドッグと呼ばれる検査を受けたばかりの俺は知っていた。
「…耳いかれてんなぁ」
普通、肝臓とか肋とかではないのか。
いや普通でもないけど。
とん、と肩に何かが触れる。
ぐっと喉奥で何かが詰まる感覚がした気がした。
ヤバい、最近で1番ビビったかも、
いやビビってねぇよ!
何か間抜けた声を出しているだろうが、何も聞こえない俺が、それに気づくことは無いかもしれない。
一瞬にして強ばった体がやけにぎこちなく動いた。
目は見えているのだから確認すればいいだけのことだが、如何せん耳が聞こえなくなるという不祥事は初めてのことで、少し動揺しているのかもしれない。
ゆるりと振り向いた先にあったのは、見慣れたように思える、小さな先輩の翡翠の双眼だった。
途端に安心して、肩の力が抜ける。
「…もちさん」
名前を呼んだつもりの声はしっかり届いているのか、そもそも音になっているのだろうか。
俺に何かを伝えようと、口をぱくぱくさせている先輩が何だか可愛らしく見えて、少し笑みが零れた。
そんな俺に、分かりやすく 眉を潜めて、訝しげに見つめる。
ころころと表情の変わるもちさんに、にっこりと笑みを返す。
気まずくはないが、むず痒くなるような 不思議な空間だった。
未だ、俺の耳が終わってるのは気づいていないようで、綺麗な翡翠が少し細められた後、また同じように、口をぱくぱくさせるもちさんがいた。
止まることを知らないもちさんの口が忙しなく動く。
驚くと饒舌になる彼だから、今回の件に少し動揺が残っているのだろう。と勝手に結論づける。
何の話かも掴めないため、おぉ。だか、へぇー。だか意味もない相槌を続けていた。
その度にもちさんは、伺うよな、疑うような目でこちらを見ていたが、諦めたように視線を下ろすのが見える。
はっきりと話すその癖が、今の俺には唯一の救いになっていた。
聴こえない空間で、話さえも何だかんだ身に入らなくて、若干の気だるさすらも感じる。
無音、という訳ではないが、音の輪郭が掴めないような違和感。
いつもなら、もっと聞いていたいと思えるもちさんの話も、今は苦痛で仕方がなかった。
心から笑うことが出来ない。
せっかく、もちさんが俺に向かって話しかけてくれていると云うのに。
2人きりの病室すらも周りを伺ってしまうのは、少し前に身についた 俺の癖なのかもしれない。
また、ずるずると思考の海に沈んでいくことが 何となく嫌だった。
ライバーとしての活動は一旦、お休みになるのだろうか。勿論、ホストの仕事だって。
俺は 一刻も早く治してゲームがしたい。
配信でみんなと 沢山話したい。
皆と歌いたい。
もっと 楽しいことがしたい。
こんなにやりたい事があるのに、俺はみんなに感謝を伝えることだって出来ていないのに。
段々 罪悪感が生まれてきて、涙腺が緩んだのか 涙が出そうになるのをグッと堪える。
俺に向けて話すもちさんの言葉は、何も俺には伝わらないし、返すことすら出来ない。
まだ若さの残る高らかな声を、もちさんらしい凛とした話し方を、この耳には拾うことが出来ない。
………
……
…それでもいいかも、と思うのは完全に俺の我儘に過ぎない。
mc.side
いつも以上に中身のない不破くんの相槌に、少しの違和感が残る。
収録中になんの前触れもなく倒れた不破くんは、苦しさに悶えていた訳でも無く、充電の切れた人形のように、プツリと意識を手放していた。
収録前に不調があったようにも、収録中に無理をしているようにも見えず、必死に呼びかけてもなんの返答も返ってこない。
勿論、収録は中止。病院に連れて行って暫くした時、会議と案件を後に控える2人は僕に、頼む。
と言うかのような視線を送り、
『ア”ニキぃ!死”な”な”い”でください”っ”』
何て、不謹慎極まりないセリフを吐く、大泣きのピーピー煩いコブンは スタッフに連行されて、何だかんだ社長も 名残惜しそうに帰っていった。
これがかっこいい大人の姿なのか、円満解散への道は遠いな。
何時もなら一緒になって帰る僕がまだ残っているのにはちょっとした理由があるのと、
緊急治療室から出てきた不破くんの青白い腕に幾つも刺さる点滴が、
無理やり詰め込んだような彼のスケジュールと普段の不摂生を物語っているような気がしたから、
『先輩なんだから後輩の悩みぐらい聞いてあげないとね』
なんて、らしくない事を口走る程度に、僕も気が動転していたらしい。
倒れただけでも治療室に連れてかれるんだ。
いつもなら浮かぶはずの、そんな疑問が 今回ばかりは浮かばなかった。
なかなか起きない不破くんに痺れを切らして、起きた時に差し入れでもしてやるかと、病院内の売店に行くことにした。
何気に初めて利用したので、本当に病院か? と思うほど、健康に良くなさげな物も置いてある事に驚く。
改めて考えると、天津飯とエナジー位でしか彼の好みを知らないことが分かり、
仲良くなる為の伸び代を感じると同時に、まだ残る距離の遠さが目に見えるように感じた。
距離取ってきてるのは彼の方だけど、
もう一度病室に入る時には、待ち望んでいた瞳が開いていた。
何を考えているのか分からない伽藍の瞳が、何処か空虚をさまよっているのに気づく。
崇拝する虚空に最も近しい彼になら、僕が惹かれてしまうのも 無理ないのかもしれない。
ぼーっとしている不破くんのそばに近ずいても、振り返ることは無い。
寝ぼけているのか。はたまた気づいていないのか。
暫く見つめてから、
とんっと軽くその肩を叩いてみた。思っていたよりも骨ばったその肩は、お世辞にも健康的とは言えそうにない。
「…ッぇあ」
小さいが些か驚きすぎとも取れる声が漏れた。
あまりにもゆっくりと振り替える不破くんの、まるで恐怖を隠さないような表情は、
直ぐにいつもの笑顔によって隠されてしまう。
その様子に驚きはしたが、僕の気のせいでは無いのだろう。
僕を捉えた瞬間 柔らかく息を吐く不破くんが、ひと回り程歳上である筈なのに、酷く 幼く見えた。
そんな不破くんを見て、良かった、生きている。と彼のコブンに並んで 不謹慎な台詞が頭に浮かんだが、
そんな事、部屋に入った時から見て分かることで、なぜこんなにも安堵しているのかが分からなかった。
徐々に焦点の定まるネオンを閉じ込めたような瞳は、いつも通り 不思議な色をしている。
「..チさん」
取り敢えず意識が戻った。
そんな安心から、不破くんの違和感を 直ぐにでも追求することをしなかったのは、完全に僕のミスだ。
しばらくして思ったのは、
変な所で相槌を打ち、眉を下げて申し訳なさそうに笑う不破くんが、お世辞にも何時もの彼には見えないこと。
収録の時にも思ったことだが、ホストと言うのが仮想であるかのように、彼は嘘をつくのが下手だ。
嘘が下手というのは語弊があるかもしれないが、
正確には、素直すぎる。というホストとしての欠点を抱えているように思う。
浮かんだままを話す所謂、脳死発言とは何かが違う。
僕は不破湊という存在が掴めないと常日頃に言っているが、其れは全てをと言うだけで、彼の人間性は少なからず分かっていると自負している。
伽藍の彼を約2年近くで見ていての気づき。
自分を責める状況が 不破くんの中にあるとき必ず、完璧を装う癖 があるということだ。
彼の嘘が下手というのは語弊がある。
気づいてしまえば分かり易い、と言うだけで、
だから気づいてしまった。
そんな僕の賢い頭から考えるに、
現時点であれば、耳の障害又は意識障害であると推測しよう。
バンッ〃
一応確認はしておく。 間違ってたら恥ずかしいんで。
『……反応なし…か?』
言葉を噛み砕いて言うと、
『もっと頼れよ、馬鹿。』
………
「…」
『不破くんの相槌はもっと多いんですよ。』
適当でも、会話が出来ないなんてことは無かったもんね。
虚無の瞳が此方を見つめる。
『うん、思った通り。』
ねぇ?不破くん。
『耳が聞こえていないんですね。』
こんな不祥事でも首を傾け笑う彼に、笑顔を強制されるのは 誰なんだろう。
不破くんの性格なのか ホストで身についたのか、
まだ僕には分からないけど、それでも。
こんなにも、僕は彼の本当に近づけている。
それだけなのに、なんだか嬉しかった。
fw. side
何かを考えだして、閃いたように笑ったもちさんが、いつもの竹刀入れとは別に 持ってきていた鞄から、ペンケースとノートを取り出す。
なんだか嬉しそう。
初めは学生だし、俺と話すのは飽きたかなぁ何て考えてもいたが、チラチラと此方を見るので、俺になにか見せたいのかもしれない。
マーカーで何かを書いてるのを、じっと眺めている他にすることもなかった。
視界の端で、大袈裟にペンが置かれたように見えた。聴こえていたらすごい音がしたかも、なんて。
『早めに伝えて下さい。貴方から読み取るのは楽じゃないんですよ』
さすがもちさんという所か。
脳内再生が余裕な声と同じくハネのある字が割と大きめに書かれていて、それが読みやすくする配慮だと分かって、その優しさがむず痒かった。
それに、分かってくれたことが嬉しい。
いつの間にか、ノートとペンが手渡されていて、何用のノートなんだろ。とか、何だか申し訳ないな。なんてだらだら思ってたら、
『下の売店で買ったやつなんで気にしなくても大丈夫ですよ』
って見透かしたような翡翠に目を奪われた。
「わざわざすみません」
「なんか変な事になってたみたいで」
『なんで謝んの』
俺の拙い字ともちさんの力強い字が交互に飛び交う。
交換日記みたいだな、って思ったけどもちさんには伝わらないのかも。
文字を見合って、目の前で文が作られていくのを見るのは少しだけ新鮮で楽しい。
楽しい
……
…
『別に僕が好きでやっている事ですから、そんな顔しないで下さい』
あやすように向けられた文字に 顔を上げると、何だか優しい顔のもちさんがいた。
そんな顔ってどんな顔ですか、とか野暮な質問は出来ない。
今、何が引っかかったのか自分でも分かっていないのに。
全て知ったようなあの目に見つめられると、彼の全部が正しいような気がしてくる。
『何か有りましたよね?話して下さい 僕は優しくないので待ちませんよ。』
『貴方からを待つと日が暮れます。』
口の回るもちさんは、紙の上でも健在らしく、几帳面な字がノートの上に並べられた。
『もっと頼ってもいいんじゃないですか?』
「迷惑かけちゃって」
と書きかけて、もちさんの言葉がじんわりと浸透してくる感覚に言葉が詰まった。
俺はこの言葉に 救われてばかりなのかも。
でも、言いたいことも、言いたくないこともありすぎて頭がパンクしてしまいそうやし。
黙ったままの俺とそれを見つめるもちさん。
気づいたら渡された時と同じように、いつの間にか俺の手から ノートもペンも無くなっていた。
やっぱ迷惑やったかな、
ちょっとだけ悲しかったけど、杞憂だと知ったのはそれからすぐの事で、
雑に端末が渡されて、それが俺のスマホと分かるのに時間は掛からなかった。
『汚くて読めません』
事前に打たれていた一言に、不器用なりの優しさが見えて嬉しかった。
普段なら、歳下に甘えるのは恥ずかしいし、
情けないところを見られたくない、引かれたらどうしよう。
とか、考えてしまうところだけど、
ちっぽけなプライドを捨ててしまう位、俺はこの人が、。
『はい、付けるね。』
考えているうちに、耳に何か冷たいものが当てられた。
驚いて声の出せない俺を見て、もちさんも笑ってくれて、可愛らしい笑い声が聴こえないことが妬ましく思う。
でも、また俺を見て笑ってくれる人がいて嬉しい。
『補聴器だけど、この方が話しやすいでしょ?』
久しぶりに聞こえたもちさんの声が、やけにかっこよくて、柄にもなく感動した。
「…聞こえる。」
「色々と、ありがとうございます。」
「俺の話、聞いて貰ってもいいですか?」
意を決した俺の言葉を咀嚼するように凝視し、してやったりと顔を傾けるもさんは、何だか嬉しそうで、やっぱり高校生だった。
『うん、勿論』
「話すと少し、長くなるかも何ですけど、」
『時間ならいっぱいありますよ。』
「本当に聞いてくれるんですか?」
『何のために説得したと思ってんの?』
「…っすよねぇ」
am 2:00
……
…
ふと、海に行きたくなった。
久々に終電を逃して、後輩の誘いを断って、海に行こうと思って、気がついたら夜行バスに乗っている。
若干トラウマの夜行バスは、運良く貸し切り状態だった。
「俺、何しとんやろ」
乗り心地の悪い椅子に座りながら呟く。
バスで20分程度、近いのか遠いのか分からん海の最寄りで陽気な運転手とちょっとだべって、
それから徒歩5分の夜間遊泳禁止の立て札を横目に誰もいない砂浜ではやけに口が回った。
「なんか、もぉ全部ダメやった」
本当に今日はダメな日だった。
俺のことを好きでいてくれる姫も、いつも世話を焼いてくれる後輩も、皆に愛想を振りまく自分自身にも、その全てに嫌気がした。
「でも、終わったんか」
半年の長い苦しみから、やっと解放された。
「明日も収録しんどぉ」
「あ、もー今日か。んふふ」
収録まではあと7時間。
今日は何時間寝られるのかな、なんて。
動いて身体がぽかぽかして、今更酔いが回ってふわふわする。
だから、海に揺られたくなった。
あの看板は見ないふりして、スマホと財布だけ 置いてスーツのまま足を入れる。
「…ぃ”っ、」
「ふ、冷たぁ。」
靴下までびちゃびちゃにして、
「あぇ、靴脱げば良かっちゃー。」
なんて少し後悔。
月明かりに照らされた 地平線を見ていると、頭が何も考えなくなって楽だった。
「んは。何か掴めそぉ。」
あの時、海底に沈む貝殻になりたかった。
多分、自殺願望では無い。死ぬつもりも無いし。
さっきの傷に染みたのは想定外やったけど。
「きれぇやね。」
「俺も入れてくれんかなぁ。」
呑み込むような大きな水の中に、俺も一緒に入れたら、
「全部流してくれんかな。」
一瞬だけ、ホントに俺も海になれるような気がした。
でも、夏も終わりかけた夜だからか、思いの外 水が冷たかったせいでちょっとの理性が戻った。
あんなに寛大な海が冷たいから、
「俺の冷たさも、海みたいにぜんぶ流れちゃえばいいのに…とか」
意味の無いことばかり言いたくなる。
「なんちゃってぇ。んはは。」
何言うてんやろ。
つむじさえも 、夜の波にのまれる頃には、その苦しさでさえも、自分が人間であることを実感する事が出来て、愛おしさすらも感じる。
ぶくぶく泡の出る水面も素敵やけど、月灯りの届かない 海の中も綺麗なんやけどな。
綺麗で好きだった空間でも、ここで死にたいなんて願望は微塵も無く、
更に時が経って、苦しくなると同時に、愛おしさ何てものは波にのまれた。
息の限界だった。
海面から顔を出して、息を大きく吸い込んだ途端、波のうねりを浴びて水を飲んでしまった。
咳き込みながら、 少しだけ朦朧とした意識の中で、呼吸が出来ないことに焦りを覚える。
「…ッは、 ゴホっ…ぅ”…ゲホッコ”ホッゴホッ…」
「ぅ”…っはぁ” 、けほっ”」
思っていたよりも深いところまで来ていて、本当に死んでしまうかもしれない、と怖くなった。
「っぐ、…い” っだぁ 、っゴホっは…っぁ”」
傷が開き 血の流れる音を聞いて 痛みが主張し出すのを感じた。
「ん”…っゴホッ、は、っぁ…んはっ、はは」
完全に酔いが覚めて、自分の醜態に笑みがこぼれる。
「ん、ふへ。だれもおら”んでよかっ”た”ぁ」
苦手でも 泳げないほどではなく、波に抗って沖へ向かった。
姫の手紙はこの時流されたんだと、思い出した。
『怪我してたんですか?聞いてませんけど』
…んんー、…っすねぇ。
『誤魔化さないでください。』
『それに手紙?貰ったの?』
あれ、言ってませんでした?
『全然初見です。』
あららぁ、っんふ
『怖すぎ、情緒やばいですよ。』
初めてその子から手紙を貰ったのは、半年ほど前。
その日を境にその子は毎日俺に手紙を書くようになった。
嬉しいよ、なんて笑うと嬉しそうにはにかむ八重歯が特徴的な子。
段々、手紙の枚数が増えていく。
1枚、2枚と増えて、2桁を超えたあたりから彼女の様子は可笑しくなっていった。
初めのうちは、
「好きです」とか「カッコイイ」とか可愛らしい文字で女の子らしい便箋に入っていた。顔を赤らめて、営業時に渡されたのが懐かしい。
「貴方の全ては私のモノ」「私だけを見て」「殺したい」「あの女は誰?」
とか脈絡のない文が続くようになったのは、もう最近ではないのかもしれない。
俺への愛が綴られた文の羅列に悪寒が走る。
厚みの増えた中身には、俺の隠し撮りのような写真が幾つも入っていて、
可愛い便箋から封筒のようなものに変わって、
渡される手紙の中から、俺の写真が出てくる頃には既に、自宅のポストに封筒が入っていた。
仕事帰りに、人の気配がすることが増えて、
すぐ近くからシャッター音が聞こえてくる事も、全てが怖くて堪らなかった。
何処に行っても見られているという感覚が嫌で、家の前にぬいぐるみが置かれていた時にやっと、姫の行為だと気づいてしまった。
「カメラついとるやん。」
「家のオートロック どうやって切り抜けたんやろ。」
そう呟いて もし、玄関の鍵が開いてたら、そう考えると扉を開けることが出来なかった。
この時の俺は流石に耐えられなくて、まゆの家、正確にはまゆのバーチャル空間に押し掛けるように、
「ごめん、ちょとだけ泊めてくれん?急にごめん。ごめんね、理由は聞かないで」
なんて自分勝手なことばかり捲し立てたが、
『どーも、珍しいね。オフでは久しぶり?』
『好きなだけ居ていいから、早く入りな。いくら夏でも夜は冷えるよ。』
抑揚の少ない、いつものまゆの声に安心して体の力が抜ける。
「いい、の?ん。ごめん、ありがとぉ。」
『別に何もしてないけどね。俺、作業してるから。好きに寛いでもらっていいよ。』
良かった、まゆだ。
いつも通りに振舞ってくれたり、落ち着くまでねって、ずっと隣にいさせてくれるのに安心して、まゆに持たれてそのまま寝てしまった。
今から2ヶ月くらい前の話。
徐々に、でも確実に。
エスカレートしているのは明確だった。
警察は動かなかった。
実害が無いからにはどうも、やって。
実害があってからじゃ遅いって知らんのか。
男で ましてやホストの俺は、警察の方でもまともに取り合って貰えず、水商売だからとか何とかで冷やかな目を向けられた。
人を笑顔にする仕事。
聞こえはいいが、そこにホスト。という職がついてくると別だ。
金銭の伴うリップサービスは、些か馴染みやすいものではないらしい。
実害でこそ無いが、俺の家の空き部屋は、姫から送られた手紙とイケナイ玩具、隠しカメラの入ったぬいぐるみに溢れていた。
女の子ならともかく、男に送る玩具ほど、不気味なものはないだろう。
「乱れた貴方も素敵でしょうね」
何て気味の悪い文とともに初めて送られたあの日の嫌悪感は、今でも忘れられない。
「こんなん使うわけないやろ、イカレとんか!」
なけなしのプライドで悪態をついても結局は、逆上されるのが怖くて捨てられなかったし、今も家に置いてある。
それに、可愛いぬいぐるみの目から無機質なカメラが覗く怖さが頭に染み付いてしまった。
目に見えた恐怖を感じたのは、まゆに泊めてもらったあの日から、
彼女が干渉してくるようになった事だろう。
もう自宅もバレてて、ホストと姫だから職場もバレている。
「…身バレどころの話とちゃうぞ。」
いつかはライバーの俺にまで行き着くのでは無いか、と不安が積もっていく。
『家は待ち伏せされているかもしれない。』
まゆに言われてから、事務所とまゆの家に泊まるようにして、自宅にはあまり帰らないように意識するようになった。
嬉しかったのは、まゆとの生活が、意外と不自由がなくて楽しいことかもしれない。
でも、もうまゆの家に行くのは辞めた。
定期的に通うようになったまゆの家に、同じような手紙が届くようになったから。
見覚えのある封筒と、その厚みに寒気を覚える。
中身はいつもと同じ様に手紙と俺の写真。決定的に違うのは、
「私の湊を奪うな」「殺してやる」「殺す」「騙されないで」「今助けてあげるから」
……俺以外に向けられた手紙の内容。
「ー〜ーーっっ!」
頭が真っ白になって、吐き気を呑み込むのに必死だった。
苦しい。咄嗟に手が動いて 写真を取り出す。
封筒に入っていた手紙に映る俺は、まゆの最寄りのコンビニにいる。まゆのマンションの前に。まゆのっ
「っは、っ…は、ぁっは、」
息が詰まる。整わない呼吸の中、難しい顔をしたまゆと目が合った。
あやまらんと。ぜんぶ、俺のせいやんか。
「俺、っごめん。怖いのっまゆなのに、ごめんな?本当に、巻き込んでごめん。ごめんなさい、まゆ、ごめん。っは、許さないで。」
矛先がまゆに向かうなんて想像すらもしていなかった。
いつもの文の羅列に浮かぶ、願望混じりのことばが明確な狂気となり殺意を持っている。
バーチャルなら大丈夫 とタカをくくっていた自分が馬鹿らしい。
息苦しさと罪悪感から、生理的な涙が零れた。
ごめん。と、うわ言のようにつぶやく俺を見て、まゆが困ったように笑う。
『不破くんを 許す、とか許さない とか以前に怒ってないよ。』
『どう考えても怖いのは不破くんでしょ。』
『なんで言ってくれなかったの、とは言えないけど、もっと頼ってもいいんじゃない?』
大丈夫だから。と、少し血の引いた顔で抱きしめてくれるその手は、少し震えていた。
俺のせいで危険に晒されているというのに、どこまでも優しいまゆを前に、涙の止め方が分からなかった。
頭を撫でられるのはいつぶりだろう。
my. side
しばらくは撫で続けていたと思う。
不破くんの髪は存外傷んでおらず、名前通りにふわふわとしていた。
小さく身を捩って、目を擦る彼を眺める。
時々、嗚咽を零しながら 声を押し殺すように泣く不破くんは 見てて痛々しい。
意識がはっきりしたのか、此方に向き直って真剣な眼差しが向けられる。
最近、どこか抜けている彼を見ていないのも、今置かれた状況のせいなんだと思う。
いつもの不破くんが、今は少しだけ恋しい。
気持ちの整理がついたのか、
「自分勝手でごめん。やっぱ俺、ここにはおれんかも。」
「今日の夜、荷物まとめて出ていくわ」
落ち着きのない手を忙しなく動かした不破くんは、いつもより低い声でぽそりと零した。
『ここまで元気ない不破くんも珍しいね。』
『なんかあったら何時でも来なよ。証拠とか、見つけとくから。』
かく言う俺も、いつもより気の落ちた声をしていたと思う。
「っんふ、ハッカー様やん。楽しみにしとるわ。」
なんて眉を下げて笑う不破くんが無理をしているのは明らかだった。
目に見えて細くなった不破くんは、何だか小さくて、
『もっと頼ってよ』
って言いたかったけど、彼がここを出る判断をしたのは俺の為だと知っているから、
『うん、約束。』
物分りのいい返事しか出来ない俺を許して欲しい。
俺は不破くんの友達だけど、家族でも恋人でもなくて、彼の決定に口を挟むことは過干渉だと知っていた。
『…不破くんにも、全てを見せられる人が出来たらいいのにね。』
その相手は俺じゃダメなのかな、なんてね。
fw. side
まゆの家にも、事務所にも行かなくなった。
収録の時はルートを毎回変えたし、今度は なるべく自宅にいることにした。
家のインターホンがよくなるようになって、消した電気がついていることも、冷蔵庫に手作りの惣菜が並ぶことも増えた。
段々、ライバーのみんなと笑えなくなった。
外に出た時、彼女がいないか周りを伺うようになった。
楽しい皆との時間が、怖いと感じてしまうのが嫌だった。
半同棲みたいな生活は、普通にしんどかったし、ポストに姫のボイスレコーダーが入り始めて、手紙の最後には、
『ちゃんと私の手紙を読んでね。そして私の声を聞いて?じゃなきゃ、湊のお友達に悪いことしちゃうかも。』
なんて 書かれているのに気づいた時は、最早俺の事嫌いやろ、なんて思ったし、
仕事でもプライベートでも板挟みにされる感覚は、知らぬ間にストレスがあったのかもしれない。
彼女の声が頭から離れなくなった。
人との接触が怖くなって、食事をするのが苦しくなっていく。
好きなことを満足に出来ない自分が嫌で、無理やり飲み込んでも、吐き出すことが多くなった。
食への怠惰な生活は、すぐに活動に支障が出た。
『ふわっち痩せた?』
『俺よりガリガリじゃん!もっと食えよ。』
とか心配される事もあったけど、全部減量を言い訳にして笑ったら、やっぱり苦い顔をされる。
みんなの笑顔が見たいのに、俺が笑っても笑い返してくれる人は少なくなった。
最近は大きい声が出しずらくなって、いつも通りの頻度で配信を取るのが難しい。
チルい気分、なんて嘘ついてあまりテンションを上げなくてもいいゲームばかりを選ぶようになった。
『ふわっち最近元気ない?』
『何言ってんのw』
『休んでも大丈夫だよ!』
『草』
流れるコメントに、少しづつ心配の色が見えるようになったが、
みんなの心配を他所に、俺は配信を辞めることができなかった。
今の俺にとっては 配信だけが唯一、彼女を忘れることが出来るから。
エペの足音が聞こえなくなって、スプラのインクの音が分からなかった。
眠たいから、
なんて また嘘を吐いて配信を終えた。
耳鳴りがするようになって、聞こえずらさが顕著にで出したのはこの時だと思う。
結構ぎりぎりの生活を送っていた俺が、まゆからの通知に気づいたのは、奇跡に近い。
先日の朝、ディスコが鳴って、
『こんなことしか出来ないけど、証拠としては完璧だから安心して、不破くん。』
なんて言葉とともに渡されたファイルの仕上がりには頭が上がらなかった。
まゆから、ストーカー被害の証拠を受け取って、
黒服2人に着いてもらって やっと、
彼女と職場以外で対面した。
彼女は半年前から何も変わってなくて、変わったのは俺だけだった。
休んでいたホストの仕事。
いつもの黒服が、俺に心配するような視線を向けていたのに気づいていたが、知らないフリをした。
簡単な話だった。
証拠は揃っているから、警察に届けないうちに ストーカー行為をやめて欲しいってそれだけ。
俺は姫のことも好きでありたいから、警察に出すなんてことしたくなかった。
姫が何かを取り出しているのが見える。
歌舞伎町の光が届かない路地裏では、それが何なのかまで俺には分からなかった。
穏便に済んでくれたら。
それだけを考えたけど、そんなこと出来ていたら今までの行為はないのかもしれない。
『どうして?』
『こんなに愛してるのに。』
『なんで?』
『何でなの?』
『湊も好きって言ってくれたのに。』
ヒートアップした彼女が怖かった。
幼い話し方をする彼女の話を聞くのが好きだった。
俺がホストをした、初めての姫は彼女だったのに。
もっとちゃんとって、俺が接し方を間違えてしまった結果なのかもしれない。
いつもの顔で笑っても、一緒になって笑う彼女はいなかった。
俺と笑ってくれる姫が好きだった。
俺のことを好きでいてくれる姫が好きだった。
泣き出した彼女を見ていた。
「泣かないでよ、本当は俺だって泣きたいんだ。」
暗がりの中で、僅かに光ったものを 目で追った。
気づけば 腹にナイフが刺さっていた。
「っぁ”…っ”い”、〜”っ…ぅ、った”」
流血が凄くて、冷や汗が止まらない。
驚いたように目を見開く彼女が見えた。
何か伝えるべきだと思った。
悲鳴を堪える俺は痛々しく映ったのかもしれない。
「っ”大丈夫、大丈夫だよ。…まだっ俺は、君のことが、好きでっいれる…。」
俺はホストだから、皆を愛しているから。
好きだよ、姫。君も俺の大切な姫なんだよ。
その想いが、どうか伝わってくれることを信じたい。
ぼたぼたと流れる赤に意識が向かないくらい、激痛が走る。
「ん”っっ、ぁ”…っは、い”っ”…っ」
声が出なくて、突き刺さるナイフを呆然と眺めた。
「っ泣かないで、泣かないでよ…」
視界の端で、俺より小さくて 綺麗な手が震えるのが見える。
俺の中に流れていただろう赤い雫が、歌舞伎町の薄汚れた路地裏に落ちていく。
ごめん、とか 違うの。とか嗚咽 混じりに涙で顔を歪ませた彼女は やっと半年前の色を取り戻していた。
何が違うんだ とも思った。
『っごめんなさい。湊、っ、ごめん。私、こんな事っ、したかった訳じゃ、ないの…っ貴方のことっ。ごめん、っなさい、ごめんなさい…。湊、痛いよね?っ…ごめんさい。』
まだ、ストーカーをする前の、姫の 目を見る癖は 謝る時も健在だった。
怖いだけの姫の視線が、少しだけ暖かみを取り戻していた。
「っ”ん、姫、っごめんね。俺 、やっぱり姫だけのものにはっ、なれないんだ。」
痛みをできる限り堪えて、いつもの湊で答える。
『うんっ、分かってる…。知ってたの。全部っ知ってた、ごめんなさい。私、ただ…湊が好きだった。』
謝ってばかりの彼女は、あの日の俺の姿を映し出しているようで、
「…そっか。嬉しいよ、」
震える体を抱きしめた。あの日、まゆがしてくれたように。
涙を流す彼女に、胸が痛くなった。
姫に刺されたお腹が、熱くて堪らなくて、その涙を拭ってやることすら出来なかった。
『ん、っ湊…、っ私を …っ嫌いにならないで』
俺の胸に押し付けられた いつもの封筒を見て、人は簡単に変わらないことを知ってしまった。
彼女は元々こんな人間なんだと割り切ってしまえば、
俺の痛みは、恐怖は こんなもんじゃなかった。と破り捨ててやりたい気持ちがじわじわと心に浸透してくる。
「…なんてね。」
冷静になった頭で、小さく呟く。
「…俺は、姫も愛したい 、って思ってる…よ」
そんな君だから 俺は人間臭くて好きなんだ。
姫の愛を受け取って、俺も姫へ愛を囁く。
押し付けられた封筒は、俺のポケットの中でぐちゃぐちゃになってしまった。
黒服に彼女を駅まで送るように頼んで、暫くは何もしていなかった。
奥の方で足音が聞こえると、少しだけ体が強ばる。
『湊さん!その怪我大丈夫ですか?』
『俺、送りますよ?でもまず病院に、』
まだ、少しだけ怖くて、居ないはずのその場から逃げたくなった。
「んや。すまん、帰るわ。」
「ごめんやけどそこ、…片しといて?」
有無を言わさぬ様な目を向けたあとはただ、駆けつけてくれた善意を蔑ろにした気分だった。
刺された瞬間のどろどろと流れたものに、確かに身体が冷たくなるのを感じた筈なのに。
今は、全てに構う余裕がなくなって、身体が熱くてたまらない。
終わった。終わったんだ。今、全てが終わった。
あの恐怖の日々から解放されて、いつも通りの日々が始まる筈だ。
体が震えだして、力が入らなくて少しだけ誰かに会いたくなった。
「流石に遅いか。」
スマホを見ると、ライバーなら大体は起きているような時間で、
それでも、少し申し訳なくて指がコールを鳴らすことは無かった。
無性に泣きたい気がしたのに、涙が流れることもなかった。
mc. side
話していくうちに不破くんの顔が曇っていく。
本当は、もう大丈夫だよ。って止めたかったけど、全部吐き出した方が気持ちが落ち着くと踏んで止められなかった。
心配させまいと、余裕な表情を保とうとする彼になんて言えば、
無理するな。って伝えられるんだろう。
『頑張ったんだね。』
やっと言えた言葉は、あまりにも浅くて、何時もの語彙は影を成していた。
「…頑張りました」
「俺、頑張ったんです。」
たどたどしく紡がれた言葉が幼くて、不破くんも疲れていることが伺えた。
『うん、お疲れ様。』
話を聞けば、怪我はしてるしストーカー被害を受けてるし、そのまま海に入るなんて馬鹿だとも思う。
それでも、迷惑かけてごめん。とか心配させて申し訳ない。
とかが最初に出てくるのは不破くんが大人だからだろうか。
社会を出ていない僕ですら、ただ一言。
「助けて。」
と言えばいい事を知っている。
『もう終わったよ。不破くん、頼っていいんだよ。』
『迷惑なんてかけてないし、もう我慢なんてしなくていいよ。』
骨の浮いた不破くんの手を握った。
大きいのに細くってちぐはぐで、それでも暖かい不破くんの手だった。
『もっと甘えて、もっと頼って、自分をもっと許してよ。』
きっと服の中のその体は貧相になっていて、痛々しい傷が見えるんだろう。
頼られない苦しさと、守られていた苦しさに涙が止まらなかった。
『ごめんね。気づけなくて、かっこ悪い。本当に、なんにも気づかなかったよ。』
こんな僕なのに好きでごめん。
好きだから、ずっと見ていたはずなのに。違和感すら抱かなくて。
心配そうに見つめる不破くんに、胸が苦しくなった。
「…俺が言わんかったから」
ごめん、嘘だ。
本当は少しだけ気づいてた。
『違うよ、違う。』
ごめん、不破くんのせいじゃない。
『収録の時、不破くんが弁当を残すようになったのに気づいてた。』
『帰り道、なるべく一人にらないようにしてたのも。』
騙されたフリしてごめん。
『最近顔色が悪かったのも、全部分かってた。』
知らないフリしてごめん。
『僕の知らない不破くんを見たくなくて、僕は逃げてただけなんだ。』
僕ばかり泣いて馬鹿みたい。
でも、そうでもしないと自責にかられて死んでしまいそうだった。
「ごめんね、もちさん。」
『なんで謝るの。』
さっきも同じ会話をした気がする。
「気負わせちゃってごめん。それに、泣かせちゃってごめん。」
「でも、心配してくれてありがとう。」
はにかんだ様な笑みが眩しくて、本当に久しぶりに彼の心からの笑顔を見た気がした。
『…なにそれ』
『別に普通でしょ。』
「んにゃ、嬉しいってこと。」
本当に嬉しそうにする不破くんに、少しだけ救われた気がした。
『そういう所何だろうね。』
……
「っえ、なんか言いました?」
『うん、不破くんがモテるって話。』
「まぁホストですから!」
得意げな不破くんにまた笑顔が戻って楽しかった。
「あのさ、聞いてよもちさん。」
『どうしました?』
「本当は怖かったよ。」
…っくりした。トーンが下がって、初めて不破くんの本音を聞いた。
「すごい痛かった。」
「なんで俺ばっかりって思ったし、もう嫌やって言ってやりたかった。」
「我慢しちゃった、もっと言いたいことあったのに、大人になっちゃった。」
「おれ、本当は皆が好きな訳やないし、言い聞かせとかんと、頭おかしなりそうやった。」
「俺、子供のままでいたいよ。」
確かめるように零す言葉には重みがあって、大人は大きな子供、とはよく言ったものだと思う。
『子供でもいいんじゃないですか?』
無理に焦らなくたって、
『少なくとも今は、大人になんかならなくても。』
『その為に僕ら頑張ってるじゃないですか』
「…、うん。」
『あの場で、あの状況で、よく大人でいました。僕はそれを誇っていいと思いますよ。』
不破くんの背中に手を回す。
離してしまった手から温もりが逃げて、少しだけ冷たくなった。
怪我に当たらないように優しく、できるだけ丁寧に包み込んだ。
案の定骨ばった身体は、不破くんじゃないみたいで、
『よく頑張りました。あの場で、不破くんは立派な人間でした。』
『次は僕にも不破くんを守らせてください。』
震えた体に肩を貸して、できなかった分の話をした。
「んは、次はあって欲しくないっすね。」
『それはそうとして、もしもの話ですよ。』
『今と、さっきのでおあいこですね。』
「そやね、もちさんが泣くから、俺も泣いちゃった。」
『嘘つけ、我慢したくせに。』
結局、不破くんは泣いてくれなくて少しだけ悔しい。
「ねぇ、もちさん。」
『なんですか、また話したいこと見つかりました?』
「んや、そうやないけどさ、」
「俺も、もちさんのこと好きやで?」
は?
『っは?、え…好きって。』
『いや、っまず俺も、って何ですか?』
『僕はそんな事一言も言ってませんけど?』
「うん、でも知っちゃった。」
「おれ、もちさんのこと好きなん。もちさんはどぉ?俺の事好きじゃない?」
急展開すぎて頭が追いつかない。
『…っ、…その聞き方、ずるいですよ。』
「ねぇ、好き?おれの事。」
『…好き、ですよ。っ、ずっと前から。』
恥ずかしい、顔が熱くてたまらない。顔から火が出るとはまさにこの事だろう。
「んふふ、俺も好きやで?もちさん。」
うわ目で見てくる不破くんがやっぱり好きだった。
『…ずるい、不破くんは、…いっつも。』
さっきまでの苦しそうな顔はどこに行ったのか、楽観的な彼には振り回されてばかりだ。
「ふ、今日のもちさん、泣き虫やね。」
『うるさい。…これは仕方ないんだよ、』
そう、これは仕方ない。
まさかの展開に、嬉しいのは勿論だけど、頼られなかった悔しさが、またずくりと痛む。
未だニコニコと嬉しそうにしている不破くんがいて、
やっぱり笑った顔が好きだな、なんて思ったけど、煽られたことはまだ忘れていない。
『…怪我治ったら覚悟しろよ。』
まだ、本調子ではない彼がここまで元気なのは、僕と話せたから。なんて甲斐田くんに言われるまでは気づかなかった。
『あの、…社長。』
『これって僕ら出ていかない方がいいですよね。』
「そうですね。私もこの空間に入るのは勇気いりますし、…日を改めましょうか。」
後から知ったことだが、あの時2人は戻っていたらしく、その事を不破くんに伝えると、
「っうぇ!来てたんすか!入ってくれば良かったのに、残念っすねぇ。」
なんて能天気に口を動かしていて、僕はまた顔が上げられなかった。
本編×
余裕があればあんまり触れられなかった聴覚障害のことをリハビリとして書きたい。
海あたり書いてからしんどい。本当は違う話書きたいのにどんどん長くなる…!
ふわっちの短編書きたい。短編詰めで読み切り書きたい!!
お話のりくも欲しい。イラストのりくも欲しい。
描(書)きたい時に限って課題が終わってない。
詰んでる、終了のお知らせ。
んなぁぁあ!やりたいこと多すぎて時間が足りねぇよぉ!!
ここまで読んでくださった方、お時間頂き感謝感謝。。
コメント
12件
え??めっちゃすきなんですが?? これ絶対作るの時間かかりましたよね!!???? 結婚しません!!!?????? お疲れ様でした…..!!!!!!
軽い気持ちで見始めたのに、海辺のシーンで涙が止まらなくなりました この作品に出会えて良かったです、!!
もう途中涙抑えるのも耐えられなくなって視界ぼやけながらも見ました😭 18000字が短いと思うほどとてもいい作品でした。