コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ジャムおじさんは死んだ。
バタコさんもいない。
パン工場は崩れ落ち、そこにはもう 新しい顔 を焼く者はいなかった。
アンパンマンは、それでも戦い続けた。
しかし――
彼の顔はすでに限界を迎えていた。
乾いた血と泥がこびりつき、表面はひび割れている。
風に晒され、少しずつ黒ずみ、異臭が漂い始めていた。
だが、顔を取り替える術は、もうない。
「くっ……」
アンパンマンは膝をつく。
力が入らない。
指で自分の頬を触ると、ふわりとした柔らかさはなく、
ぐにゃり とした異様な感触がした。
「腐っている」
自分の顔が、腐り始めているのだ。
傷口に指を当てると、皮膚のようなものがズルリと剥がれた。
そこからは、どろりとした茶色い液体 が染み出す。
甘いはずの香りは、腐敗した小麦とカビの悪臭に変わっていた。
「ウッ……」
アンパンマンはえずく。
口を開けると、内側の生地が崩れ、歯の代わりに黒ずんだカビの塊が見えた。
「こんな……こんな姿になってしまうなんて……!」
体を支えようと地面に手をつくと、
自分の頬の一部がポトリと剥がれ落ちた。
地面に落ちたそれは、ブヨブヨとしたカビまみれのパン生地の塊。
小さなハエが飛んできて、それに群がる。
「やめろ……やめろ……!!」
必死に振り払おうとするが、ハエは彼の顔に次々と止まり、
鼻や口の穴の中に入り込んでいく。
「ぐああああああ!!!」
歩こうとするたびに、
足元に小さなパンの欠片が落ちる。
肩の一部が崩れ、腕を動かすと筋のようなものが糸を引き、ゆっくりと千切れていった。
「もう……ダメだ……」
彼は膝をつく。
呼吸をするたび、鼻や口から異臭が広がる。
視界がぼやける。
顔の中の水分が失われ、カビの繁殖が進んでいる。
「ジャムおじさん……」
かすれる声で、彼は呟いた。
しかし、もう誰も答えない。
「バタコさん……」
誰もいない。
「……ばいきんまん……」
あの宿敵すら、もういなかった。
彼は独りだった。
ヒーローは、誰からも必要とされなくなったのだ。
アンパンマンは、ゆっくりと倒れ込んだ。
カビの生えた顔が、泥の地面に沈む。
もう、動くことはできない。
静かに腐っていくだけだ。
どこかで、カラスが鳴いた。
その羽音が遠ざかる中、アンパンマンの瞳は、ゆっくりと閉じられた。
そして――
彼の顔の皮が完全に剥がれ、
地面に落ちた瞬間。
それを、一匹のネズミ がかじった。