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「広瀬くん!」
私は勢いよく保健室の扉を開けた。
「…○○さん?」
広瀬くんは保健室のベットにもたれ掛かるような体制をとっていた。
広瀬くんは保健室の先生、広瀬くんを運んでいた先生2人に囲まれていた。
4人は目を丸くさせて私の方を見る。
私は広瀬くんがひとまず口を聞ける状態で安心した。
「びっくりした○○か。広瀬ならここだ。」
私は中に入り、そっと保健室の扉を閉めた。
広瀬くんが寝てるベットに近づく。
広瀬くんは、小さな台に片足を乗せて、その足は包帯で固定されていた。
「先生、広瀬くんは…。」
私は広瀬くんの状態を見ながら尋ねた。
「抜かされた時に、赤組の子と接触したみたいなの。くるぶしの部分が酷く腫れているわ。」
私は、言葉が出なかった。
それを察してくれたのか、広瀬くんが口を開いた。
「今回のことは単なる事故です。赤組の2人はしっかりとアウト側から抜いていましたし、何も問題はありません。」
広瀬くんは笑ってそう言ったけれど、私はどうしても笑顔は作れなかった。
「…広瀬、お前ダンスのペアは誰だ?」
1人の先生が思い出したように広瀬くんに尋ねた。
「広瀬はもうでられそうにない。ペアに状況を伝えなければ___」
「私です。」
私は慌てる先生の間に、食い気味に話しかけた。
先生は一瞬考えたあと私に言った。
「じゃあ、話は早いな。他のクラスで相手が休んでるやつ探してくる。午後の演目までには探すから、○○はなるべく応援席の所にいてくれ。いいな?」
先生が少し早口でそう言ったあと、私は俯きながら小さく頷いた。
「よし行きましょう。」と2人の先生は保健室を出ていった。
「私も広瀬くんの親御さんに連絡を入れるわ。広瀬くんは足を動かさないようにね。」
広瀬くんの返事を聞いて、保健室の先生も出ていった。
私は広瀬くんが寝るベットの横のパイプ椅子に座った。
私は俯いたままだった。
しばらく保健室内に、沈黙が走った後、
「…本当に、すみません。せっかく○○さん、練習頑張ってくれたのに。」
広瀬くんが沈黙をやぶる。
「…広瀬くんのせいじゃないよ。」
私は俯きながら言う。
「広瀬くんの言うとおり、誰も悪くない…悪くないけど。」
顔を上げて広瀬くんの足を見る。
とても痛々しくて、それと同時に悔しさも感じて、私は下唇を噛み締める。
「○○さんはとても上手に踊れていましたよ。お相手が僕じゃなくても、きっと上手くいきます。」
広瀬くんは微笑みながら私を見てそう言った。
途端に私の目から涙が溢れた。
震える声で、私は話し始める。
「私は…学級会で…広瀬くんが私を誘ってくれた時…すっごく安心した。」
広瀬くんは、泣きながら話す私を見て目を丸くする。
「一緒に昼も放課後も…たくさん練習したし…。本番頑張って成功させようって言ったから…。」
私は広瀬くんの顔を見る。
涙で、すっごく変な顔かもしれないけど、どうしても言いたかったから。
「だから…私は…広瀬くんと…。」
すると、突然広瀬くんは長い腕を私の頭の上に伸ばした。
広瀬くんはその勢いのまま、私の背後にあったベットカーテンをシャッと閉めた。
その瞬間、保健室の扉がガラッと開く。
「○○いるか!?」
私は、先生が来たんだと思うと、返事をしようと口を開く。
けれど広瀬くんは、しっ、と私の口元に人差し指を当てた。
「…?カーテン閉まってる?おい広瀬、大丈夫か?」
「はい、すみません、先生。お手数ですがエアコンの温度を下げて頂けますか?僕今、暑くて上の体操着を脱いでる状態でありまして。来た人が驚かないようにカーテンを閉めました。」
広瀬くんは丁寧な言葉遣いで、ツラツラと言葉を並べた。
「あーそういうことか。確かにこの部屋暑いな。」
そう言いながら背後でカーテン越しにピッピと機械音が聞こえた。
「それより、○○はどこに行ったか知らないか?」
広瀬くんはシーっと人差し指を当てたまま、
「○○さんなら先程お手洗いに行きました。もう一度こっちに戻ってくるそうなので、僕から相手は伝えておきます。」
「おお、そうか。それは助かる。相手は3組の” 孤爪研磨 ”だ。」
先生の言う言葉に、私と広瀬くんは目を大きく見開いて固まった。
「○○の知り合いか分かるか?」
「…はい、多分、ご存知だと思います。」
広瀬くんはさっきよりひとつトーンを落として先生に言った。
「それならいい!けどもし知らなかったらダンス前に顔合わせるように伝えといてくれ。風邪ひかないように服は着ろよー。よろしく頼んだ!」
そう言って先生は扉を閉めて歩く足音がだんだん小さくなった。
広瀬くんは私の口元から手を離し、体制を元に戻した。
私は、何から考えていいか分からなかった。
「良かったじゃないですか。」
広瀬くんは優しく笑ってそう言った。
「違うクラスの、増しては○○さんの思いを寄せる人です。こんなこと、奇跡でしか有り得ませんよ。」
広瀬くんはベット横の棚からティッシュを取り、私の目元を拭いながら言う。
「….広瀬くんは…それでいいの?」
そう聞くと、広瀬くんの手は止まった。
そしてゆっくりと口を開く。
「…そうですね、そう聞かれてしまうと、言葉が詰まります。」
広瀬くんは切なそうに口角を少し上げて話した。
「○○さん、僕の気持ち、聞いてくれますか?」
広瀬くんは私を真っ直ぐ見つめて、優しい声で私に聞いた。
私は小さく頷いた。
「僕は最初、○○さんを、なんだか機械みたいな人だなと思っていました。」
私は広瀬くんの一言目で息を飲んだ。
「あまり周りと関わる人ではなかったですし、1年生の時からずっと、毎週のように委員会の仕事をしていて。美化委員の掲示板をちらっと見た時、驚きました。」
「失礼ながら、毎週同じことをして、同じ人としか関わらなくて、飽きないのかな、と思いました。けどそれは、僕が○○さんをよく知らなかったからですかね。」
広瀬くんは「今ではそんな事をおもった自分に呆れます。」と小さくため息をついた。
「2年生でも同じクラスになって、多分初めて、○○さんに話しかけました。「ノートありますか?」って。機械だと思っていたあなたは、僕が思っていたよりも淡々と、軽く接してくれたことをよく覚えています。少し、驚いたので。」
そう言われると、私も広瀬くんと話したのは、あれが初めてだと気づいた。
「その後は、3組と合同体育した時の、あれですね。僕が、空気を読めなかったばっかりに孤爪さんを困らせてしまった。…僕はあの時、○○さんと組みたいと思ったんです。」
「えっ。」
思わず声を漏らす。
広瀬くんは、真剣な顔で話し続けた。
「今までの僕なら、どなたでもいいと思う方なのですが、あの時初めて、この人と組みたいと欲望を持ちました。自分でも驚いたんです。」
「だけど、○○さんには孤爪さんがいたので、僕は引き下がりました。あそこで変な空気になるのは、嫌だったので。」
「体育が終わったあと、○○さんに突然話しかけられて、ほんとに驚きました。まさか謝られるとは思わなくて。正直おかしくて、笑ってしまいました。」
「…その時から、僕は○○さんとよく話すようになりましたね。勉強を教えたり、先輩とみなさんでカラオケに行ったり、おかげで夜久さんと仲良くなれました。」
広瀬くんは話し続けた。
「僕は、あの時間がとっても好きでした。あーやって遊んだのは、生まれて初めてだったので。…母親に言われました。「よく笑うようになってくれて嬉しい」と。」
「○○さんが、僕を変えてくれたんです。だけど、僕を変えてくれた○○さんは、いつも辛い顔で笑って、いつも苦しそうで。悩んでるとわかっててほっとくことなんて、出来ませんでした。」
「だから、○○さんと仲良くなって、○○さんに、頼られる人になりたいと思って。ペアダンス、○○さんを誘いました。」
「だけど、体育で誘った時の気持ちとは違くて、組みたいって思うだけじゃなくて。…..他の方と…組んで欲しくない….って、思ったんです。」
広瀬くんの言葉は、ところどころ詰まり気味で、震えていた。
広瀬くんは1呼吸おいて、ゆっくり言葉を並べた。
「僕はきっと、その時にはもう、○○さんが好きだったのかもしれませんね。」
「突然で、ごめんなさい。」と、俯く広瀬くんを見て、私は横に首を振った。
「だけど僕には、人を好きになることが、恋というものが分かりませんでした。正直、ダンスを練習している時、僕の気持ちはぐちゃぐちゃで、○○さんとどう接したらいいか分からない時がありました。」
「最後の練習で、○○さんは僕に全てを話してくれましたね。正直、僕はあの時、心臓の鼓動がとてもうるさくて、理性を保つので精一杯でした。お恥ずかしながら、女性と手を繋ぐのは、初めてだったので。」
「けど、○○さんは孤爪さんが好きと言いました。その時初めて気づいたんです。好きとは何か、この気持ちは何か。」
「僕は、○○さんが好き、大好きでした。」
広瀬くんはメガネを外し、涙を拭いた。
「嫌ですよ…。嫌に…決まってるじゃないですか。」
メガネをかけ直しながら繰り返す広瀬くん。
「孤爪さんと、踊って欲しくないです。けど僕は、○○さんを困らせたくありません。○○さんに笑っていて欲しいんです。もし泣いてしまっても、そんな顔を他人に見せたくないんです。」
広瀬くんは、膝に置いてある私の右手を取って握る。
その手は大きくて、とても、暖かかった。
「○○さん、自分の気持ちに、嘘をつかないでください。僕からのお願いです。」
優しくて、今にも消えてしまいそうなぐらい儚い広瀬くんの笑顔。
私は左手で涙を拭き、広瀬くんに笑顔を向け、大きく頷いた。