コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
3年の借り物が終わって俺は次の部活対抗リレーが始まるまで応援席で待機しようと、向かっていた。
「さっきの人大丈夫かなー。」
「軽い捻挫だろ。」
俺の横を通り過ぎる生徒がそんな話をしているが妙に気になった。
誰か怪我でもしたのか?と思いながら歩いていると、前から誰かが走ってくる。
よく見ると、○○だった。
何やら焦った表情で、こちらに向かってくる。
俺はさっきの借り物のお礼を言ってないと思い、○○に話しかけた。
「あ、○○っ、さっきは…っておい!」
○○は、俺に気にする間もなく、俺の横を風のように通り過ぎていった。
俺は一瞬のこと過ぎて思考が止まる。
「あ、夜久先輩ー!」
立ち止まって唖然としてると、○○が走ってきた方から天野さんが手を振っている。
「おぉ、天野さん、どうした?」
「今ね、さっきの二人三脚で広瀬くんが倒れちゃって。」
「え、葵が?」
俺もさっきの二人三脚は研磨も葵も出てるから最終ゴール側で見てた。
だから応援席で走り終わった葵の状況は分からなかった。
「それで××もその後突然走り出して。多分広瀬くんのとこ行ったと思うんですけど……先輩?」
天野さんは不思議そうに俺の顔を覗く。
俺は、記憶が2日前にフラッシュバックした。
体育祭2日前。
周りはもう体育祭ムード全開で、バタバタしていた。
俺も3年の演目の練習を終えて帰ろうと思っていた時、空き教室から聞こえる話し声で足を止めた。
「あっ!出来たっ!出来た広瀬くん!」
「はい、とても良かったです。」
空き教室から聞こえてくる声は、葵と○○だった。
話してるのは、2年の演目でやる内容だと思った。
山本から2年は男女ペアでダンスを踊ると部活で聞いた。
俺は何となく、ふたりが一緒にいる理由を察した。
葵には悪いけど、その瞬間、多分自分は葵に妬いた。
俺は、悪いと思いながらも廊下の壁に寄りかかって、二人の会話を聞いた。
「ダンス下手すぎて、広瀬くんにたくさん迷惑かけて。」
「そんなことないですよ。僕は○○さんと踊れて、とても楽しかったです。」
「広瀬くん、優しいな〜。私も…楽しかった。」
いいな。
単純にそう思った。
俺は○○に、俺がいて良かったって、思われたことあんのかな。
「何か、ありましたか?」
「えっ。」
俺と○○の声が重なった。
「っ…ごめんっ。なんだろ、ホコリ…入っちゃったかなっ…。」
俺は息を飲んだ。
○○の泣く声がする。
心臓がぎゅっと握りつぶされてるみたいだった。
「話してください。」
俺は首だけ後ろに傾け、中の様子を見た。
やっぱり○○は肩を小刻みに揺らして泣いていた。
葵はそんな○○と手を握っていた。
「突然でごめんね…..私、孤爪のこと好きなの。」
俺は肝が冷えた。
今思った考えは、一瞬で上書きされ、消えた。
○○の好きな人は、やっぱり研磨だった。
「孤爪くんはね、どんなときも優しくて、けど少し意地悪なところもあって、孤爪くんが笑うだけで、私を一瞬で幸せにしちゃうんだ。」
俺は、泣きながら話す○○の話を聞き続けた。
○○の話す内容は、俺がカラオケで思った考えとピッタリ重なった。
俺が信じたくなかったこと全て。
○○の泣く声が俺の心に響く。
こんな形で聞きたくなかった。
確かに○○と委員会の時間を過ごした時、○○の悩みを○○の口からちゃんと聞いてやりたいって思った。
誰よりも早く、俺が1番に隣で彼女を支えてあげたかった。
けど違う。
今○○の隣で話を聞いているのは、彼女の同級生の葵だ。
きっと、きっといつか、委員会が同じの先輩と後輩じゃなくて、もっと親しい関係になれたら。
自分から、○○自身から相談してもらえるぐらいの、頼りがいのある先輩に、なれるように。
とか、思ってた俺は、もう消えちまったんだな。
葵に、取られちまったのか。
あ、そうか。
俺は○○にとって、ただの先輩のままなんだ。
「ふーーっ。」
「少し、落ち着きましたか?」
「うんっ。話して、だいぶスッキリしたよ。」
しばらく泣きじゃくる○○の涙を、葵は何度も何度もハンカチで拭った。
○○の手を優しく握りながら。
「僕…その…すみません。もっと早く聞いてあげれば…。」
「えっ!?いやいや広瀬くんが謝ること何にもないし!それにね、広瀬くんが、「困ったことがあったら言ってください。」って言ってくれたの、すごく嬉しかったの。」
「あー、私一人じゃないんだな〜って。次辛い時あったら、広瀬くんにこの気持ちぶつけちゃおうって思ったんだ〜。」
○○と葵は笑顔で面白おかしく笑っていた。
やっぱり、葵はすげーわ。
俺は、「困ったら相談しろ。」なんて言葉、○○にはかけられなかった。
びびったから。
俺が○○と仲良くなれるのを待って、保険かけて、躊躇してたから。
もし俺が、葵よりも早く、その言葉を○○にかけていたら。
○○の支えていたのは、俺だったのかな。
○○の隣にいたのは俺だったのかな。
廊下の壁に寄りかかって、俯く俺は、顔を片手で覆った。
覆った手と顔の間から、水滴が落ちる。
そうか、俺、失恋したのか。
なんだこれ…涙、止まんねーじゃん。
天野さんは「○○の様子を見に行ってみます!」と俺にお辞儀をして去っていった。
せっかくの体育祭なんだから忘れてたのに、思い出しちまった。
つーかさっき俺から○○借り出したんだっけ。
あんなお題なら、別に誰でもよかったじゃねーか。
俺は応援席で1年の徒競走を見ていた。
俺の次の出番は部活対抗リレー。
正直こんな気持ちでちゃんと走れるかはわかんね。
けど負けたくねぇから走りきることは走りきる。
俺は1年の次の走者を見る。
そこには1年にしてはくっそデケェのが真ん中に突っ立っていた。
一瞬で誰だか理解した。
ピストルが鳴るのと同時に、リエーフはいつもみてーにヘラヘラしながら走り出した。
俺は呆れて横に首を振った。
「あ…夜久先輩。」
突然後ろから声をかけられた。
俺はその声に震えた。
ゆっくり後ろをむく。
俺の事を申し訳なさそうに見る○○と目が合う。
「夜久先輩、さっきはごめんなさい。話しかけられたの、気づいてたんですけど急いでて。」
○○は俺に頭を下げながら謝った。
「い、いや!?顔上げろよ、!俺は気にしてないから!」
頭を下げる○○を見て俺は焦ってどもってしまう。
○○は顔をゆっくりあげると、もう一度申し訳なさそうに俺を見た。
「….葵は、大丈夫だったか?」
「えっ….あ、はい。足が腫れているみたいで、今は保健室で休んでます。けどこの後の競技は無理そうです。」
「…そうか。」
俺は、葵が踊れなくなって、○○のペアはどうなるのか、聞こうとした。
けど思いとどまってやめる。
俺がなんで知ってんだよってなるし、場の空気を壊す気がしたから。
しばらく沈黙が続いた。
なんか、俺だけなんだろうけど、無性に気まずくてしょうがない。
一昨日、勝手に失恋したっきり、借り物の時はまともに話さなかったし、ほとんど○○とは話してない。
「あ、そういえば。」
○○は何も気まずい表情ではなく、ケロッとした顔で俺を見直した。
「さっきの借り物競走のお題…夜久先輩はなんだったんですか?」
俺はそう聞かれて息が詰まる。
「さっき黒尾先輩のは聞いたんですけど、先輩のは聞きそびれちゃって。」
俺はポケットに手を当てて、悩んだ。
ポケットにさっきのお題の紙が入ってる。
「…?夜久先輩?」
考えて固まる俺を心配そうに見る○○。
俺は意を決してポケットから紙を取りだした。
それを畳んだまま、○○に差し出した。
○○はそれを受け取る。
「見ても…いいですか?」
「…おう。」
○○はゆっくり紙を開いた。
「…?…親しい…後輩、?」
○○は小声で紙の内容を読み上げる。
それと同時に、俺は拳をぎゅっと握りしめ、唇を噛んだ。
もう俺は、○○になんて言われても良かった。
○○にとって俺は、ただの委員会の先輩だって言われても。
○○にとって俺は、ただのコンビニでアイス買ってくれる財布みてぇな先輩だって言われても。
よく委員会の仕事サボって、都合のいいことばっか頼んでくる先輩だって言われても。
○○と、俺は、親しくないって言われても。
もう俺は、全部飲み込んで吹っ切れようと思った。
けど、次の瞬間に○○は、一言で俺の重い心を軽くした。
「私、嬉しいです。」
「…え?」
「だって、夜久先輩は私の事なんて、” ただの後輩 ”としか見てないものかと…。」
○○は紙を眺めながら笑う。
「…俺は、ただの先輩じゃ、ねーの…?」
「ただの、先輩…?うーん、言ってる意味が少し分かりませんけど…。夜久先輩は、私の大切な、1人のお友達です。」
俺の暗い心が、浄化させられていく気がした。
彼女の笑顔は、ここまで俺を安心させる。
そうか、俺はちゃんと、親しくなれてたのか。
ちゃんと” 友達 ”に、なれてたんだな。
「…ありがとう、○○。そんで、これからも、友達としてよろしくな!」
「…はい、もちろんですよ、?夜久先輩、大丈夫ですか、?なんか、変です。」
○○は片眉を上げて、俺を変な目で見る。
「そんな目で見んじゃねーよー!てか変ってなんだ!あー、○○、この後の部活対抗ちゃんと声出して応援しろよー??じゃねーとバレー部負けっからなっ!」
「えっええー?!そんないっぺんにごちゃごちゃ言わないでください…。何も頭に入りませんでした。」
俺は目をキョロキョロさせて泳ぎまくる○○を見て、思わず噴き出す。
「笑わないでくださいよ。何がおかしいんですか!」と怒る○○に「ごめんごめん」と謝った。
「部活対抗リレー、これだけはちゃんと応援しろよ。」
俺は○○の頭に手を乗せてわしゃわしゃと頭を撫でた。
○○は困惑しながら俺を見たが、俺は目を合わさず、じゃあな、と振り返る。
きっと俺は、この年の体育祭は忘れないと思う。
1人の女の子で、こんなに気持ちが昂って、あんなに泣いたのは生まれて初めてだった。
彼女と一緒にいた時間も、彼女と話したことも、彼女の笑った笑顔も、きっと忘れない。
俺は唇を噛み締めて笑い、ハチマキをぎゅっとしめ、走り出した。