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(成果を出すため一生懸命になるのはいいけど、俺の心配を少しは考えてほしいものだ)
「ん? 克巳さん、もの言いたげな顔してなに?」
目の前で微笑む稜の髪をかき上げる右手を、意味ありげにじっと眺める。その手に貼られた、大きな絆創膏が痛々しい。昨日自らを使って歩きスマホについての危険性を示すべく、実験台になって思いっきり転んでしまった経緯がある。
こんなに派手な怪我になったのは、最近の疲れが手伝っていたのかもしれないが、これを機にスケジュールの緩和……なんてしたら怒られるか。参ったな――。
「克巳さんってば、さっきからどうしたのさ。そうそう、ちょっと調べてみたんだけど議員になったら、議員宿舎に住むことになるでしょ。何でも家族以外の部外者を、みだりに入れては駄目なんだって。これって克巳さんとHができないという、危機的な状況だと思うんだ。どうしよう♪」
どうしようと言ってるのに、実に楽しそうに語ってくれてもな。ナニを強請っているのか一目瞭然なだけに、簡単に応えるのも癪に障る。
「……君が当選した暁には、議員宿舎の近くに引っ越してあげる」
かなり癪に障るが、恋人のおねだりに応えないワケにはいかない。彼の望むことは、何だって叶えてやりたいと切に願うから。
これでまたひとつ、仕事が増えてしまったが致し方ないだろう。
「やったね! ご褒美があると思ったら、俄然やる気が出るよ♪」
満面の笑みを浮かべながら両手を握りしめて、張り切っているとアピールしているつもりなんだろう。だが言葉とは裏腹に、拳が小刻みに震えている様子が目に留まったので立ち上がり、手にしていた雑誌をパイプ椅子の上に置く。
一年間傍にいて、仕事をする彼の姿を眺めているうちに、わかったことがあった。
笑顔を振りまく無防備な稜の両手首を強引に掴み、背後にある壁に磔にした。
「わっ!? いきなり何っ――」
掴んだ手首から伝わってくる――プレッシャーを感じ、緊張して震えている躰。仕事相手が厄介な人間のときにだけ現れる、この現象。テレビに映る彼はそんなものを微塵に感じさせなかったから、とても驚いたのと同時に、俺がなんとかして解放してあげようと思った。
「愛しているよ、稜。君なら大丈夫だ」
他にどんなことを言えば、この緊張を解けるのだろうか。
「克巳、さん……」
「俺の綺麗な華、胸を張って正々堂々と、報道陣に立ち向かっていけばいい。それだけだ」
ゆらりと瞳が滲んだのを見て、宥めるように唇を強く押しつけた。俺の言葉で、泣く必要なんてない。そう思った。
「んっ、ぁ……う、ぅっ!」
容赦なく口内を責めているのに我慢しているのか、いつもより小さな喘ぎ声をあげる。
(……当然か。扉の向こう側には今か今かと待ち構えている、報道陣がいらっしゃるんだから。でも――)
躊躇する稜の手首を解放し、左手は後頭部の髪の毛を掴み、右手は腰に回して、自分へと躰を引き寄せてやった。掴んだ髪の毛を引っ張りながら上向かせ、顔の角度を少し変え、もっと深くくちづける。
何も考えられなくすれば、頭の中は空っぽになるはず。それを狙うべく、音が鳴るように上顎に舌を滑らせてみた。
「んあっ、あっ……あ、あっ、も……はげしっ、んぐっ……」
苦しそうな表情を浮かべつつも、どこかトロンとした様子は、感じているのが明白だ。
「克巳……さ、んぅ、うっ……すき、んっ……」
俺の躰に回してきた二の腕が、ぎゅっと背中を掴む。震えを微塵に感じさせない強い力で、抱きしめ返してくることに安堵した。
「くっ……んもう、ヤり過ぎだってば。囲み取材の時間までに、下半身が落ち着かなかったら、どうしてくれるのさ?」
「それなら今すぐ、俺がヌいてあげる」
意味深に笑ってから、自分の親指をちゅぅっと吸ってみせた。
「うっわー、なにその誘い文句と行動は……。というか、ちゃっかりこの状況を楽しんでるでしょ?」
さいてーと言いながら、俺の躰をぽかぽか叩く。やることが、いちいちかわいらしい。だがこれで完全に、緊張がとれただろう。
「ふふ。楽しむというよりも、君がいかに感じられるかを考えただけ」
乱してしまった髪の毛を手串で梳かし、曲がっているネクタイを真っ直ぐにしてあげた。
「はあぁ、もう……。克巳さんには敵わないな」
「何を言っているのやら、稜は誰よりも最強だよ。手ごわい上に、どうしようもなくHだしね。俺は翻弄されてばかりいる」
今だって上目遣いで睨んでいるのに、そんな顔でさえも煽られてしまって、抱きたい気持ちに拍車をかける。
コッソリとため息をつき、腕時計を確認。あと少しで、取材が始まる時間になる。時間がちょっとでもあったなら、稜を楽にさせるべく、ヌいてやるのに――。
「克巳さんってば、目尻が下がってる。俺に手を出しちゃおうとか考えてるでしょ? 無理だからね、絶対!」
(やれやれ、まんまと心が読み取られてしまった。これだから卑猥な考え事もしていられない)
たじろぐ俺のネクタイを掴み、キュッと結び直してくれた。稜だけじゃなく、俺の服装も乱れていたのか。
「克巳さん、俺に手を出したいだろうけど昨日の夜、いつもよりしつこく迫った上に、アヤシげな道具を使って感じさせて、出なくなるまで責め立てた次の日なんだよ。いつもは早い俺でも、今日は無理っていう話!」
「だって寝られないって言うから、疲れさせればいいと思って、俺なりに頑張ってみたんだ。すんなりと寝られただろ?」
「……だからって、あんなモノを使うなんて。俺の大事なトコロを、壊す気だったでしょ」
「俺のと、どっちが良かった?」
訊ねてみた途端に、稜の拳が俺の頭に直撃した。
「俺よりも克巳さんの方が、すっげーHだ。呆れちゃうよ、まったく」
真っ赤な顔を隠すためなのか、背中を向けてあらぬ方を見る。そろそろ時間だけど赤ら顔のまま、取材陣に囲まれる姿を見るのも、ちょっと面白いかもしれない。
「稜、時間……」
「わかってるよ、ちょっと待って。集中するから!」
頬をパシパシ叩き、深呼吸を数回して振り返ると元に戻っていた。切り替えの早さは、さすがは俳優といったところか。
「ねぇ、参院選に出ることもそうだけど、いっそのこと夢を語ってみようかなって思ってるんだ。有言実行してやろうかなって」
「ふふ、君らしいね」
それを聞いた取材陣は、さぞかし大喜びするだろう。稜の夢は普通じゃないのだから。
余裕の笑みで俺を見上げる彼に微笑み返したら、首に両腕をかけてきて、耳元でソレを告げた。
「――なっ!?」
「ビックリしてる場合じゃないよ、克巳さん。俺の夢は、常に更新されるんだ。一番近くで、それを見せてあげるって約束してるんだから、大きくいかないとね」
短い前髪をなびかせながら颯爽と扉から出て行った稜に、返す言葉が見つからない。だって……だって――。
『克巳さんあのさ、内閣総理大臣の恋人になってみたいと思わない?』
そんなすごいセリフに対して直ぐに答えられない俺は、恋人失格なのかもしれないな。でも彼はやる男だ――きっと成し遂げてしまうだろう。
――俺が愛した綺麗な華、葩御 稜。
彼の傍でその成り行きを見守り、そして愛していく。尽きることのない愛を君に注いであげるから、夢を叶えてほしい。
とても穏やかな気持ちで窓の外を眺めたら、抜けるような青空に向かって一羽の白いハトが偶然、目の前を飛んで行った。軽やかに羽ばたく白いハトに、俺たちの願いをそっと乗せてもらう。
「さて、と。まずは選挙戦対策を考えてっと……」
幸せの象徴、白いハトのお蔭で俄然やる気が湧いたので、自分の仕事から始めることにした。
心から愛する、稜の夢を叶えるために――。