テラーノベル
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🩵:要(かなめ)
🖤:遥(はるか)
放課後の校舎裏。
雨粒が静かに地面を叩いていた。
その音に紛れるように、
小さなスコップが土を掘る音がする。
要は動かなくなった小鳥をそっと見つめていた。
ほんの数十分前まで校舎の屋根で鳴いていた小さな命。
落雷の音に驚いて飛び立ったその瞬間、
窓ガラスに激突して
地面に落ちたのを要は偶然見てしまったのだ。
🩵「……」
掘った穴に小鳥を埋めて手を合わせる。
そのとき背後からふと声がした。
🖤「優しいんだね」
振り向くと黒い傘を差した
1人の男性が立っていた。
雨に煙る輪郭の中で彼は微かに笑った。
🖤「……君の周りには蝶がいるね」
要は思わず眉をひそめる。
🩵「蝶……?」
「こんな雨の日に?」
🖤「黒い蝶さ」
「見えない?」
目を凝らしてみてもそんなものは見えない。
冗談かと思ったが
その男の瞳はあまりに真剣で、
その奥には妙な深みが感じられた。
彼は遥と名乗った。
要の2つ上の先輩だという。
その日から雨の庭での奇妙な縁が始まった。
雨の日になると遥はよく校舎裏の庭にいた。
研究だとは言っていたけれど、
何を研究しているのかは教えてくれない。
要は放課後になると
毎日そこへ足を運ぶようになった。
🖤「また会ったね」
🩵「……雨の日ばっか来るんだな」
🖤「晴れてると蝶が見えないから」
遥はふっと視線を落とす。
🖤「蝶が見えるのはね」
「死が近い人のそばだけなんだ」
その瞬間 空気が変わった。
冗談ではなく本気の声だった。
それからというもの
遥はときどき奇妙な質問をした。
🖤「息苦しくない?」
「夢は見ない?」
「頭は痛くない?」
どうしてそんなことを聞くのか
要には分からなかった。
でも気づけば、
雨の日はあの人に会えるという理由だけで、
空を見上げるようになっていた。
ある日の帰り道。
要は踏切を渡ろうとして足を止めた。
電車が通り過ぎたあと、
一匹の黒い蝶が舞っているのが見えた。
小さな蝶。
まるで誰かに導かれるように。
翌日。
遥にそのことを話すと、
彼は明らかに表情を曇らせた。
🖤「本当に見えたの?」
🩵「うん」
「小さくて黒いやつ」
🖤「……そうか」
その日を境に遥の態度は変わった。
雨の日だけでなく
晴れの日にも校門の外で待っている。
何度も「送るよ」と言って、
何かを警戒するように
要のそばを離れなくなった。
🩵「なあ」
「俺なんかヤバいことでも起きるの?」
そう問う要に遥は黙って小さく笑う。
けれどその笑みは泣きそうに見えた。
数週間後の雨の庭にて。
要が花壇にしゃがみ込んでいたとき、
背後から抱き締められた。
🩵「え」
「何?どうしたんだよ?」
🖤「……君の周りの蝶が」
「日に日に増えてるんだ」
遥の腕が要の体を強く締めつける。
🖤「……もう止められないのかもしれない」
「運命はいつも残酷だ」
要は遥のほうへ向き直って言った。
🩵「死ぬって言うならさ」
「もう仕方ないんじゃない?」
遥の喉から低い嗚咽が漏れる。
🖤「そんな簡単に言うな……!」
雨音が二人を包む。
遠くで雷鳴が響いて世界が一瞬光った。
要の手が遥の頬に触れた。
🩵「泣いてる顔は初めて見たな」
🖤「……君のことを守りたいんだよ」
「……どんな代償を払ってでも」
その夜 遥は決意した。
“死の順番”を変えようと。
遥にはもう一つの力があった。
蝶を見れるだけでなく“移す”こともできる。
けれどそれは単に
「死を他人に押し付ける」
ということだった。
要の命を伸ばす代わりに誰かが死ぬ。
そして今回はその“誰か”を自分に決めた。
研究室に残していたノートには、
最後の記録が残されていた。
『君を生かすために俺が死ぬのなら』
『それは罰ではなく救いだ』
翌朝。
要が目を覚ますと空は晴れていた。
久しぶりの快晴。
けれど携帯の画面には
友人からの通知が溜まっていた。
『お前が仲良かった2つ上の先輩いたろ?』
『確かこの人だったよな』
1枚のニュース記事が送られてきていた。
その記事を読んで要は崩れ落ちた。
不慮の交通事故。
そのまま亡くなったらしい。
信じられないまま、
要は校舎裏の庭へ向かった。
そこには濡れた花壇に
小さな黒い蝶が一匹とまっていた。
手を伸ばすと、
蝶はふわりと要の指先にとまる。
その翅は透き通るような灰色の中に、
遥の瞳の色が映っていた。
🩵「……ばかだな」
涙が落ちる。
蝶は静かに羽を震わせて、
やがて空へと舞い上がっていった。
遠く青い空の中で消える寸前。
小さく、
でも確かに遥の声が聞こえた気がした。
『君は生きて』
数年後。
要は大学で心理学を学んでいた。
研究テーマは「死生観と愛の関連性」。
ノートの片隅には、
あの時の記録が残っている。
雨の日。
研究室の窓から黒い蝶が1匹舞ってきた。
要はそっと微笑む。
🩵「……また来たんだね」
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