「え、馬車の護衛依頼ってないの?」
「ないことはないが、相当珍しい」
ベル、ロージーと3人で何の気なしに話をしながら依頼掲示板を眺めていたのだが、ラモード王国方面へと向かう馬車の護衛依頼が見当たらなかった。
そのため、私がそのことを隣にいる2人へ問い掛けてみると衝撃の事実が発覚した。どうやら基本的にこの街からラモード王国に行く馬車はまずないらしい。
キネヴァス共和国とラモード王国は国同士や商人たちによって交易がおこなわれているが、私が今いるノノーリエルという街は交易路から外れているため、ラモード王国方面に行く馬車が通らないらしい。
つまり来る場所を間違えたのである。
「こっからなら、ラモードまで歩いて行くのも難しくはねぇけどな」
「ホント?」
項垂れる私にベルが希望を示してくれる。
「あぁ、徒歩でもほんの数日だ。国境付近のハマトライスっつー街までは他に街がねーから、野宿しないといけねぇけどな」
十分だ。
何もないところでの初めての野宿は不安もあるが、そういったことがあっても良いようにテントはファーリンドの街で買ってあるのだ。組み立て方などは分からないので、組み上がったままの状態で《ストレージ》に収納されている。
あとは食料を買い込んでおけば大丈夫だろう。
「あと、悪ぃけどアタシたちはラモードには行かねぇと思う」
「えっ」
なんとなく、付いて来てくれるのではないかと思っていたのでこの告白にはつい驚いてしまった。
決まりが悪そうに頬を掻くベルの代わりにロージーがその理由を説明してくれる。
「ラモード王国は冒険者ギルドの規模が小さいのよ。軍が優秀だから、あまり仕事もないのよねぇ。観光するにはいい場所なんだけど」
「あと、シーブリーム王国で魚が食いてぇ」
ロージーの説明をベルが補足する。
シーブリーム王国とは海に出るために運河を作ってもらったとかいう、海に情熱を燃やす国だったはずだ。
「魚だったら、この街でも食べられるんじゃないの?」
護衛してきた馬車の積み荷の中に氷魔法の魔導具で作られた冷凍庫のようなものがあり、鮮度が重要な食材が入っていると聞いた。
「バカやろう、シーブリームの魚料理はそこら辺の魚料理とは違うんだ! あそこは食いに行くだけの価値がある」
ベルは腕を組んでウンウンと1人で頷きながらそう話す。シーブリーム王国は海に情熱を燃やす国だけあって、魚料理にも力を入れているらしい。
だが私にとって重要なのはシーブリーム王国ではなく、ベルとロージーが一緒に来てくれないということだ。
せっかく仲良くなれそうだったのに、もうお別れとは流石に落ち込む。とはいえ無理に引き留めて嫌われるのも嫌だ。
そんな私の暗い表情を読み取ったのか、ロージーとベルが慌てて口を開いた。
「この街からハマトライスまでの道は安全だから心配いらないわよ?」
「ああ、ロージーの言う通りだ。それに離れていても友達だっていうのは変わんねーし。……変わんねーよな?」
少し的外れのフォローもあったが、こちらを気遣ってくれていることが伝わってきた。それに励ましてくれていたはずのベルが急に不安げな表情に変わるものだから、クスっと笑みが零れ出てしまう。
――いつまでもベルにそんな顔をさせておくのは忍びない。
「変わらないよ、きっと。私とベルたちがまた会えるなら、その時はきっと今みたいに話すことができるよ」
「……だな」
ベルの顔に笑顔が浮かぶ。
「遠いところに居てもアタシとお前は友達だ。何も不安がる必要はねぇよな」
彼女の笑顔は出会ってから今までの間で一番の笑顔だった。最後にこの笑顔を見られてよかったと切に思う。
◇
結論から言うと私とベルたちはまだ一緒にいた。彼女たちが私に付いて来てくれたわけではない。私も彼女たちもまだノノーリエルの街にいるのだ。
私はラモード王国での収入には期待できない以上、持ち金に不安がなくなるまでは依頼を受ける必要があった。
そしてベルとロージーも旅の疲れを癒すためにしばらくこの街に留まるつもりらしかった。
別れの雰囲気を醸し出しておきながら普通にその後、一緒にご飯も食べた。私の覚悟を返してほしいくらいである。
そんなこんなでここ数日は少し遠出をしつつ、資金集めをしていた。
この街の近くに魔泉がないといっても冒険者ギルドがないわけでもなく、魔物の素材はどこでも一定の需要がある。そのため街から離れた場所になるが、魔物を狩ることで収入を得ているのだ。
もちろん、魔物を狩るのはスライムたちなのだが。
それはさておき、今日は街から1、2時間ほど歩いてザープゴーザの森という場所にやってきた。ここでオークを狩るのが今日の依頼だ。
オークの外見の特徴としては茶色の体毛に覆われた2足歩行の豚らしい。群れで動いていることが多く、武器も持っているため注意が必要なのだとか。
オークは単体でEに限りなく近いDランクの冒険者並みの力を持つため、オーク討伐の依頼はCランクかパーティ推奨のDランク依頼になることが多い。
だが今回は討伐数に指定がないこととスライムたちを連れている私は実質パーティみたいなものであるため、この依頼を受けることができた。
コウカはCランク相当のオーガを軽く倒したことから、その実力を疑う余地はないだろう。
ヒバナとシズクはその実力の一端を見てはいるが未知数な部分も多い。だが進化してコウカと同じくらいのサイズになったということは同じくらいの強さだと思っても良いだろうか。
そんな感じでスライムたちは強いのだが、私の実力が追い付いていないといえる。今の私はまともに武器も扱えず、魔力量が多いだけで魔法を使うこともできない。
今まではコウカや周りの人たちが前の方で魔物を抑えてくれていたため、後ろから見ていることができた。
だが周りに誰もいない状況でコウカだけで抑えきれない数や強さの魔物が出てきた場合においては後衛のヒバナとシズクだけではなく、私の方に敵が押し寄せてくることになる。
剣もうまくいかなかったし、何か他の策を考える必要があるだろう。
「シズク? ああ、これ……足跡か。多分、結構最近のものだよね」
考え事をしながら森の中を歩いているとシズクが何かに気付いたらしい。
あの子が示す方向を見ると地面に蹄を持った大きな動物の足跡がはっきりと残っており、それらは森の奥へと続いているようだった。
「ありがとうシズク。コウカとヒバナも探してくれてありがとう」
これはお手柄だった。後はこの足跡を追っていけば、オークがいるはずだ。
足跡が複数であることからおそらく群れで行動しているのだろうが、いつも通りの戦い方でいけばそれほど苦戦することはないだろう。
とはいえ安心などできず、緊張を保ちながら足跡を辿っていく。
そうして数十分ほど経った頃、遂に見つけた。まだ大分離れてはいるが、オークの群れが森の奥へと進んでいたのだ。
あまり近づきすぎると音か匂いで気付かれるかもしれないので、遠く離れた状況で先制攻撃を行いたいところだ。
ヒバナの火魔法は木に燃え移ると手が付けられないので、魔法が拡散しやすい距離では使いたくない。
一方シズクはこの距離では水魔法の威力を維持できず、届いたとしてもそれほど影響を与えることができないだろう。
――なら、やはりコウカだろうか。
コウカの雷魔法も周りの木が燃える恐れがあるため気を付けなければならないが、コウカのスピードなら相手に感知される前に近づいて魔法を使うこともできるはずだ。
そしてそのままコウカには相手を撹乱してもらい、その間に近づいたヒバナとシズクが魔法で攻撃すればいい。
ある程度近づけば魔法の拡散も抑えられ、仮に燃え移ったとしてもシズクに消してもらうことができる。
その作戦をスライムたちにも共有する。後はコウカがスタートを切るだけだ。
集めた魔力を放出し、加速したコウカを追うように私たちも駆け出す。
前方で轟音と閃光が煌めいたことから、コウカとオークの戦いが始まったことが察せられた。今さらコウカの力を疑うことはないが、それでもやはり心配ではある。
だがコウカは無事にオークの間を駆けまわってくれているようだ。
オークたちはそんなコウカに対して槍や剣、弓で攻撃しようとしているがその体格差故、捉えることができていない。
小さくてすばしっこいコウカを倒すのにムキになっているのか、オークたちは私たちが近づいていることに気付いた様子もなかった。
多分コウカが先制攻撃で倒したのが2体で残っているオークは剣持ちが3体、槍持ちが2体、弓持ちが2体の計7体だ。
だが敵の攻撃を避けるのに精一杯であるのか、コウカは避けることに専念しているようだ。
あの子の負担を軽減するためには剣持ちを先に倒すべきだろうが、ここは先に弓持ちを倒してこちら側への反撃を封じるほうがいいだろう。
そうと決まればヒバナとシズクにこちら側に背を向けるオークへ同時攻撃を仕掛けてもらう。この子たちが放ったのはただの火と水でできた大きな球体であったが、威力は十分だった。
火の球体に当たった1体は燃え上がり、奇声を上げながら暴れまわる。
そして水の球体に当たった1体はその衝撃に突き飛ばされて、頭から木に激突した。倒せたかどうかは不明だが手に持っていた弓は壊れてしまっているため、問題ないだろう。
そして影響があったのはその2体だけではない。仲間の1体が突き飛ばされ、もう1体は未だ燃えて暴れている状況にオークたちの注意は一瞬そちらへと向いてしまった。
その一瞬の隙にコウカが攻勢に出る。
まず初めにコウカは1体の剣持ちオークに体当たりを敢行し、突き飛ばす形で燃え続けるオークへとぶつける。
ぶつかったオークは縺れ合うように転がったかと思えば、ぶつかった相手の体から火が燃え移っていた。
残ったオークたちは果敢にコウカへの攻撃を続けるが、1体減ったことによりあの子は先ほどよりも余裕をもって避けることができている。
そして私とヒバナ、シズクは離れた場所を維持しながら魔法で攻撃を続ける。
さらに1体減った頃にはコウカも攻撃する余裕が出てきたのかオークたちに反撃していったため、残りの3体も簡単に打ち倒すことができた。
「うっ……これ、思っていたより……」
私は思わず口元を抑える。
燃え広がりそうだった火をシズクに全力で消してもらい、なんとか消火し終わったのだが残ったオークの死体が散々だった。
火で燃えた死体が3体、岩に頭をぶつけた死体が2体、黒焦げになった死体が3体残っており、見た目も匂いも酷い。
「というか、これじゃほとんど倒した意味もないし」
今回の依頼はオークの素材を集めることだったので、この状態では素材の回収ができるのは岩にぶつかって死んだ2体だけだった。
ただ倒すだけではいけないということまで頭が回っていなかった私の失態だろう。
「ん……?」
だがそこで1体分の足跡が森の奥へさらに続いているのを見つけた。
戦いの最中に逃げたのだと考えられるが、果たして逃げ出すタイミングなどあっただろうか。……そして気付く、シズクが倒した弓持ちの1体がどこにもいないことに。
恐らくあの攻撃では死なず、武器を失ったために逃げることを選択したのだろう。
そのオークを倒せば素材として売れるのが3体分になる。武器もない相手で負傷していることから、それほど遠くへと行ってもいないと考えられる。
だから私はそのオークの後を追うことを選んだのであった。
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