好きだ、と思うほど傷つけたい。
神聖なものほど穢したいものはない。
「アリス!クッキー焼いて来たぞ!」
彼女の名前は魔理沙。
私が知りうる中で最も神聖なもの。
最近、私は彼女と付き合い始めた。
当たって砕けろ、とよく言うが
私は運良く砕けなかった者のひとりだ。
「まあ、クッキー?貴方でも焼けるなら私でも焼けそうだわ。」
「おいおい、私を舐めてもらっちゃあ困るぜ」
いかにも焼いたばかりなほかほかのクッキー。
私に焼き立てを食べさせたくて、急いで飛んできたのだろうか?
考えれば考えるほど都合がいい。
私は捻くれ者だ。
魔理沙が焼いたクッキーすら素直に喜べない、捻くれ者なのだ。
普通に考えてこんなに美しい彼女が
私と付き合ってくれるだなんて、 まるで月とすっぽんのようなカップルだ…
「お、美味しい」
「な?だろ?美味いだろ?よっしゃー!!」
「…!」
よ、よっしゃー?私のために練習してたのだろうか?
料理本片手に、一生懸命クッキーを焼く彼女の姿を想像し
少し頬が緩んだ。
「なにをニヤニヤしてるんだ?」
「いや、貴方が焼いたと思えないからよ。調理代行でも頼んだの?」
このー、と少し顔を赤くして小突いてきた彼女。
照れているのか怒っているのか、私には分からないが
少なくとも、彼女自身クッキーの出来栄えには満足しているようだ。
「ねえ、今夜泊まっていかない?」
「え?とま、泊まり?」
こんな時に何を口走っているのだろう、私は。
今のは平和にクッキーを食べて、紅茶を飲み、そのまま解散でいい流れだ。
泊まっていく?だなんて、そんな下心の塊のような言葉を
どうして私は無意識に話せたのだろう
心の奥深くで、彼女への“そういう”感情が溜まっているのかもしれない。
なんにせよ、この誘いは断られるはず…
「まあ、いいけど…」
「え?」
全く解せない。
彼女は何を考えているのだろうか?
自分が“普通なら”どんなことをされるのか分かっているのだろうか?
「さ、じゃあ今日はずっとアリスと一緒にいられるんだな」
「そう…ね」
「歯切れが悪いな?」
「…」
今、質問すべきだろうか。
彼女にどんな事をしてもいいのか、聞くべきだろうか。
少なくとも合意があった方が、後々言い訳ができる。
「ねえ魔理沙」
「ん?」
「貴方に、何をしてもいい?」
「いいよ」
即答、たった1秒で。
流石に都合が良すぎる。
どこかに頭でも打ったのだろうか?
それとも変なキノコを食べた?彼女ならありえる。
「アリスは、私に何をしたいんだ?」
「…手錠をかけてもいい?」
「いいよ」
すぐに快い返事が返ってきた。
快いのかは分からないが…
少なくとも、声色は変わっていなかった。
本当に、何をしてもいいのだろうか。
手錠を持ってきて、彼女の細い腕にかけた。
「地下室に連れていってもいい?」
「いいよ」
連れていった。私しか知らない、私と彼女だけの地下室。
ずっとここに彼女を連れてくることを夢見ていた。
何故こうなってしまうのだろう。
原因は私にあるが、後悔で頭がいっぱいだ。
彼女と普通にティータイムを楽しみ、普通に送り出したかった。
彼女をここに連れてきた…それすなわち、もう二度と日の目を見せないということ。
永遠に地下室に閉じ込め、飼い殺しにする。
「私は、貴方が大好きだから」
「うん」
「私は悪くないの、貴方が悪いのよ?」
「分かっているよ」
気味が悪い。ただ淡々と返事をする、これでは玩具だ。
抵抗してほしい、泣きながら許しを乞ってほしい。
たのしくない、これではおままごとと同じだ。
「私を惑わす貴方が悪いの、貴方は薄気味悪い魔女なの」
「知っているよ」
知っている?ふざけないでほしい。
魔女が、人間ぶるな。
寒気がする、吐き気がする。
自分にも、彼女にも。
彼女は人間じゃない、玩具だ。
泣け、叫け、逃げ惑え、許しを乞え、命乞いをしろ。
「あああああああああっっっぁああああああ!!!!」
「アリス」
「名前をっ、呼ぶな!!ああああああああああ!!!!」
こんなの私の魔理沙じゃない!!私が思っていた魔理沙じゃない!!
気持ち悪い!!気持ち悪い!!吐きそうで、目眩がする!!!
もっと泣いてよ!!もっと苦しんでよ!!
人間らしくしろ!!!!!!!!
嘘でもいいから!!
私が思った通りに動けよ!!!!
「あああああああああああああああ!!!!!!」
「っ…」
顔を殴った。
鼻血でうす汚くなって、とても私好みになった。
それにしても、さっきまでの魔理沙はどこにいったのだろう。
ハツラツとしていて、元気で活きの良さそうな魔理沙は。
あの質問をした途端、急に大人しくなった。
「あははっ、ねえ、お願いだから…怖がってよ」
「アリスはアリスだ、怖くない」
「うっ…あっ、あああああああ…!!」
なんで、なんで言う通りに動いてくれないのだろう。
質問に間髪入れず“YES”と言う割には、忠誠心が足りてない。
イライラする、頭が真っ白になる。
「気持ち悪い…気持ち悪いわ、今の貴方」
「知っているよ」
「同じこと繰り返し言わないでよ!!!!!!」
玩具みたいだ、本当に玩具みたいになってしまった。
それも壊れた玩具だ。
思い通りに動きすらしない、ただのガラクタだ。
いらない。この魔理沙はいらない。
私が欲しいのは、ひどいことをされた時に
思い切り抵抗する玩具だ。
「あなた、もういらない」
「なら捨てたらどうだ」
捨てられることに怖がりもしないなんて、捨てたくもない。
取れるものだけ取って、燃やしてしまおう。
目と、腕と、脚と、髪の毛と、血。
それさえ取れたら、他はもういらない。
「目をくり抜いていい?」
「いいよ」
くり抜いた。琥珀のような色の、美しい目だった。
あとで飴玉みたいに舐めて食べよう。
「脚を切り落としてもいい?」
「いいよ」
切り落とした。竹のようにしなやかで美しい脚だった。
あとで色々な靴を履かせよう。
「腕もほしい」
「いいよ」
「髪の毛も」
「いいよ」
「血がほしい」
「いいよ」
彼女は、全て否定せず受け入れた。
四肢がなくなり、両目がなくなり、髪の毛が毟り取られ、血をとられた彼女は
とても滑稽で、汚らしくて、醜くなった。
神聖な彼女がこうなるからいいのだ。
他にどんなことをしたら醜くなるのだろう。
どんなことをすれば…
:
:
:
:
目の前に転がる、温かみのない人形。
散らばった綿とボタン。
魔理沙じゃなかった、私は人形を魔理沙に見立てて遊んでいた。
いつから?告白した時から?
私は、魔理沙の恋人ではないの?
ずっと…人形相手におままごとをしていた。
本当におままごとだった。
とうとう頭がイカれてしまったらしい。
声も掠れて出ない。
私は貴方が好きなだけなのに。
この世の全てが、私の恋路を邪魔してくるのよ。
命短し、恋せよ乙女。
私は、その通りに“恋”をしているだけ。
もういやだ、魔理沙。
貴方は私を許してくれるはず。
私を惑わし、誘惑する貴方が全部悪い。
貴方なら、私を抱き寄せて全てを許してくれるはず。
だけど私は、貴方を許さない。
私の人生を狂わせるだけ狂わせておいて、お咎めなしなんて!
絶対殺してやる、痛い目に遭わせてやる。
きっと、本物の魔理沙なら怖がってくれる。
私を怖がって、化け物扱いして、涙を流しながら逃げ回ってくれるはず。
「魔理沙ぁ」
「そっちぃ、行くからねぇ」
一歩一歩が牛のように遅い。
地下室を出る足取りが重たい。
早く、早く彼女のところに行かなければ。
それ相応の罰を与えなければ。
沸騰した油をかけて、硫酸を飲ませて、内臓を引きずり出さなければ。
彼女が地獄に行った時、罪が軽くなるはず。
彼女が生きているうちに罰を与えなければ。
彼女の家は、随分と遠く感じた。
体感2日くらいで、彼女の家に着いた
「魔理沙ぁ、開けて、早く開けて」
「…」
「開けなさいよぉ!!罪を認めて!!!潔く!開けなさいよぉ!!」
扉を叩く。返事はない。物音すらしなかった。
出掛けているのだろう、博麗神社か紅魔館に。
魔理沙は私だけの魔理沙じゃなかった。
それがとても嫌で、咽び泣いた。
誰にも触られないでほしい。
私以外に穢された魔理沙は、ただの汚い魔理沙だ。
「あああああああああああああ!!!!開けてぇえええええ!!!!!!」
もう魔理沙に無駄な感情を抱くべきではない。
彼女は私が思っていたものではなかった。
孤独で、努力家で、全てが報われない。
その馬鹿らしさが美しい魔理沙。
魔理沙を忘れるなど、私には無理だ。不可能だ。
なら、この人生を終わらせてしまおう。
全てを終わらせてしまおう。
そして、魔理沙に全てを後悔させよう。
何を後悔させるのかは、自分でも分からない。
だが、彼女なら後悔してくれるはずだ。
一生背負い込んでくれるはずだ。
「魔理沙ぁ、ばいばい」
:
「珍しいわね、あんたが家に招待してくれるなんて」
「なんだよ、もう付き合って2年だろ…って、アリス?」
魔理沙の声がする
霊夢の声もする。
ああ、なぁんだ。あなたたち、できてたんじゃないの
裏切られた。
あなたは孤独なはずでしょう。
恋人なんて、いないはずでしょう。
呪ってやる、私の命と引き換えに
あなたたちをのろってやる
「魔理沙ぁ」
「うぇ、あ、アリス?迷惑だなぁ、死に場所を考えろよ 」
「魔理沙の家を汚すんじゃないわよ、最後まで迷惑ね」
あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
後悔してよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
私は迷惑じゃない私は迷惑じゃない私は迷惑じゃない!!!!
1番迷惑なのは、あなた、あなた、なの、に
「うぇ、あ、アリス!?どうした、大丈夫か!?」
「アリス!?どうしたのよ、何があったのよ!!」
「異変!?異変か!?おい霊夢!!なんで気づかなかった!!」
「私だってねぇ…って、それよりアリスよ!!手当て、手当てしなきゃ!!」
声が遠くなる
幻聴だった
あの声は私の幻聴だった
そうよ、魔理沙と霊夢が、あんなこと言うはずないのに
人は誰しも理想を押し付ける。
自分のエゴを押し通し、他の意見を跳ね除ける。
理想と少し違っただけで取り乱し、すぐ捨てる。
このアリスはあなたたちの具現化です。
このアリスはあなたです。
魔理沙はあなたの恋人や、あなたが買ったものです。
理想を押し付けないでください。
あなたの恋人は、おもちゃやロボットではありません。
コメント
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私の小説って急展開が多いじゃないですか。 私自身急展開系が大大大好きなんですよね。 急に不穏になって、急にぐちゃぐちゃになっていって 適当な終着点に急降下する系の小説が。 なんか…人生みたいじゃないですか?