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早朝、私とアルマたち一行は冒険者ギルドへ寄って依頼の詳細と地図を受け取った後、街を出て街道に沿いながら進んでいた。
周囲には冒険者であろう人たちのグループもまばらに歩いている。
「お姉ちゃん、ヴァル兄! 早く早くー! 早く行かないと魔物が狩られ尽くされちゃうよー!」
ローブの裾を揺らしながら少し先を歩くカリーノから、待ちきれないと声が上がる。
まだ朝も早いのにあの子は元気いっぱいである。
「僕たちは冒険者全体でも早い方だし、そんなに急がなくたってファーガルドは広いんだ。そうそう狩り尽くされることはないと思うよー」
「バテるぞ」
カリーノとは反対にまだ眠そうなアルマの装いは昨日とは違い、両腰に剣を一本ずつぶら下げているものだった。
そしてその隣を歩くのは剣を腰に差し、左手に盾を持っているがテンションは昨日と大して変わらないヴァレリアンである。
「冒険者ランクが低い私が言うのもなんだけど、カリーノも連れてきてよかったの? いや、昨日カリーノの分も依頼を登録していたのは知っているんだけど」
「ああ見えても結構強いんだよ? それに――」
「何があってもカリーノは俺たちが守る」
アルマの言葉にヴァレリアンが強い意志のこもった口調で続く。
この2人はこのように強い意志を胸に抱いて、まだ幼さの残るカリーノを守ってきたのだろう。
……などと思っていたのだが、ヴァレリアンの言葉はそれで終わらなかった。
「それにアルマ、お前のことも……俺が……」
「え? なんて言ったんだい?」
顔を逸らし、珍しく顔を赤くしながら言った彼の言葉は私に届いてもアルマには届かなかったらしい。
「……何でもない」
「え、何か言っただろう? 言いなよ、ねぇ」
「何でもないと言っているだろう!」
彼の体をグッと引き寄せて問うアルマをヴァレリアンが強い口調で制しようとするが、アルマには通用しない。
「えー、気になるじゃんか。聞き逃したのは悪かったからさぁ。それとも、君のその体に聞いてみようか? ほら、ほらっ」
「お、おいっ! 馬鹿っ、やめろ」
「馬鹿とはひどいね。でも話してくれるまでやめないよ、それそれっ」
じゃれ合いだした2人。私は何を見せつけられているのか。しかし、あまりにも仲が良さそうなため、少し羨ましいくらいである。
甘酸っぱい青春の1ページのようなやり取りを繰り広げる2人を観察していると、袖をキュッと引かれる。
いつの間にか近くまで寄ってきていたカリーノが私の袖を引っ張ったらしい。
彼女は私の耳に顔を近づけると内緒話を始めた。
「カリーノ?」
「お姉ちゃんとヴァル兄、いっつもあんな感じなんだよ。ヴァル兄の気持ちに気付いていないのはお姉ちゃんだけなの」
そして、落ち込むヴァレリアンを慰めるのは想い人の妹であるカリーノらしい。
どうやら本当にヴァレリアンの気持ちはアルマに届いていないようだ。
おそらく今までも肝心な場面で照れてしまい、素直に気持ちを伝えられていないのだろう。寡黙なヴァレリアンにも少し子供っぽいところがあるらしい。
少しかわいそうな気もするが、ここは彼が勇気を出してアルマにまっすぐ気持ちを伝えられるようになることを祈るしかないだろう。
――頑張れ、ヴァレリアン。
じゃれ合いは2人の息が絶え絶えになるまで続いた。
それを呆れた表情を浮かべながら見つめているカリーノの姿が私にとっては印象的だった。
◇
「よし、僕たちはここからだね」
アルマがここに来る前にギルドでもらった地図を睨みながらそう口にする。
ファーガルド大森林の入口まで辿り着いた後、私たちは森の周りをぐるっと回って、パーティ毎にギルドが指定した地点を探し出したのだ。
「僕が一番前を行く。そしてカリーノとユウヒは真ん中、ヴァルが後ろね」
パーティの動き方などは分からないため、先輩冒険者に任せた方がいいだろう。
前から順にアルマ、私、カリーノ、ヴァレリアンと並び、それを維持したまま森を進んでいく。すると森に入って早々、動物の遠吠えが聞こえてきた。
アルマが腰から剣を抜き、こちらへ振り返らずに声を上げる。
「前方からダークウルフだ! 数は3。僕が前に出るからカリーノとユウヒは援護、ヴァルは2人を守って!」
もう魔物が出てきたのか、と私が驚いている間に他の皆は戦闘態勢に入っていた。
そしてアルマが駆け出すと同時にヴァレリアンが私とカリーノの前に立つ。
「【ダーク・アロー】!」
私の傍にいたカリーノが杖を突き出すと、その周りに出現した3本の濃紫色をした矢がダークウルフに向かって飛んでいく。
飛んでいった矢の1本はアルマに向かって走っていくダークウルフの眉間を貫き、残りの2体にもそれぞれ1本ずつ迫るが、飛び退くようにして避けられる。
だがアルマが避けたダークウルフのうち1体に素早く詰め寄ると、その首を掻き切ってしまった。
そして残ったダークウルフはアルマの隙を突くように飛び掛かってきたが、再び放たれていたカリーノの魔法によって吹き飛ばされる。
――すごい。連携を取るとこれほど鮮やかに魔物を倒すことができるのか。
「まだだよ! 奥から5体!」
アルマの声でハッとする。
つい出遅れてしまったが、私も戦わなければならない。気持ちが急いてくるが、私が直接何かをするわけではない。コウカなら心配ないだろう。
「コ、コウカ、お願いね」
追加で現れた5体のダークウルフへ向けてカリーノが先ほどと同じ矢の形をした魔法で攻撃すると、それに合わせるようにコウカも黄色い矢を生み出して前方に放った。
コウカが放った矢はカリーノが先に放っていた矢を追い抜き、5体のダークウルフのうち3体を貫く。
「あー! というか、なになに!? その魔法!」
自分の魔法が既に事切れたダークウルフに突き刺さり不服そうな声を上げるカリーノだったが、すぐに驚いたような顔へと変わり、バッと私とコウカの方へ振り向いてきた。
興味津々といった風に目をキラキラさせているカリーノに対して、手の中のコウカからはどこか誇らしげな気配を感じる。
アルマの方では流石に3体の仲間が同時に倒されたことに動揺したのか、動きが鈍ったダークウルフの1体が切り殺された。
そしてもう1体もアルマが体を捻り、返す刀で繰り出した攻撃により倒されることとなった。
その時のアルマの一連の攻撃は体の動きに合わせ、彼女のワンサイドアップの髪がまるで舞い踊っているかのようであり、私の目にはとても美しく映っていた。
「ふぅ、ひとまず片付いたね。ヴァル、バッグをこっちに」
「いや、俺がやる」
ダークウルフの死体の近くでしゃがみ込んだアルマがヴァレリアンに手を差し出して、彼が背負っているバックパックを渡すように要求する。
しかし、ヴァレリアンはそれを断り、死体のほうにずんずんと歩いていく。
いったい何をするのか気になった私はアルマたちに問い掛けた。
「何をするの?」
「アイテムバッグに入れて持ち帰るんだよ。……ああ、もちろん倒した分は後で山分けするから心配しなくていいよ」
「……アイテムバッグ?」
「え、知らない? あー、本来の容量以上に入るバッグ型の魔導具だよ。結構お高いんだけど、これは故郷の家にあったから持ってきたやつさ」
ヴァレリアンがバッグを片手に持ち、もう片方の手でダークウルフの首根っこを掴んで中へと入れていく。すでに数匹入れられているのにバッグが膨らむ様子もない。
そして似たようなものを私も使っていることを思い出す。
「《ストレージ》みたいな感じ?」
「いや詳しいことは知らないけど、空間魔法である【インベントリ】の術式を応用している魔導具らしいよ……ってカリーノ、あんまり離れないで」
さっきまでコウカに熱い視線を送っていたのに別の物に好奇心を誘われてか、ふらふらとどこかへ歩いていくカリーノをアルマが慌てて止めに行く。
――空間魔法の【インベントリ】か。
そういえばミーシャさんも《ストレージ》と似たようなことを空間魔法でもできるって言っていた気がする。
アイテムバッグは便利そうだが、《ストレージ》を持つ私には無縁の物だろう。
「まったくもう。油断も隙もないね、カリーノは」
「だってぇ、あんな模様のキノコ見たことなかったんだもん」
アルマがカリーノを引き摺るように連れ戻してくるとほぼ同時にヴァレリアンも死体の回収を終えたようだ。
妹を解放したアルマは懐から地図を取り出し、眺めはじめる。
「さて、ギルドに決められたゴールはまだまだ先だね。少し休憩したら、さっきと同じ並びで再度進もうか」
彼女の言葉に従い、周りを警戒しつつも少し休息を取ることとなった。
◇
再び歩き始めてからも何度かダークウルフや緑色の体をした醜い魔物であるゴブリンの襲撃があったが、特に大きな問題もなく進めている。
いや、ゴブリンは人型だけあって私としては忌避感が凄まじかったのだが。
「あぁ、目標地点に指定されているのはあの丘だね」
アルマが少し遠くに見える、今いる場所よりも高くなっている地点を指さす。
私たちは今、周りが背の高い木ばかりの森から少し開けていて木が疎らに生えている場所へと出て歩いている。
ここから再び木々の間を通り、丘になっている場所まで行けば私たちパーティに課せられている任務は終わりだ。
ゴールは近く、気の緩み始めたカリーノをアルマが注意している。私も顔には出さないようにはしているが、このまま無事に終われるだろうと思っていた。
――だが、大きな危機は私たちのすぐそばまで迫って来ていたのだ。
「ッ! コウカ!?」
「ん? どうし――」
突然コウカから発せられた強い警告。
反射的にコウカが示している場所を見上げ、驚愕する。
その先にあるのは空だ。だがその空に直径が私の身長以上はある大きな岩の塊が1つ、放物線を描ながら私たち目掛けて降ってこようとしているのが見えた。
ほんの数秒で私たちがいる場所まで降ってくるだろう。
遅れてアルマたちも私に釣られるような形で同じ場所を見上げ、硬直していた。
咄嗟に体が逃げる体制に入ろうとするが、私がやるべきことは別にあることに気付き、即座に行動を改めた。
落ちてくるのは正確には私の頭上ではなかったのだ。このままだと押しつぶされるのは――カリーノだ。
「カリーノ!」
「きゃっ!?」
空を見上げ、固まったままのカリーノを力いっぱい突き飛ばす。
私も反動で後ろに下がると同時に、先程までカリーノが立っていた場所に勢いよく落下してきた岩が突き刺さる。
「ひっ」
「カリーノ!」
尻もちをつき、怯えた表情で岩を見上げるカリーノ。
冷静さを失い、小さな少女の元へと慌てて駆け寄ろうとするアルマとヴァレリアン。
だが間髪をいれずに大きな雄叫びと共に地面が揺れるような足音が聞こえてきたため、私はアルマを手で制する。
「アルマ、待って!」
――そう、本当の危機はここからだったのだ。
「何か来る!」
「くっ、カリーノ!」
私たちの側面を突くように、木々の間から足音と共に大きな2体の影が飛び出してくる。それは2メートルほどの巨体で右手に大きな棍棒を持つ魔物だった。
魔物のうち1体は私たち――いや私に向かってまっすぐ走ってくる。そしてそれは勢い付いたまま、棍棒を振り下ろしてきた。
――速い!
これまで戦ってきたゴブリンより、そしてあのダークウルフよりも速い攻撃だった。
咄嗟に避けようとしたものの、焦り過ぎていたせいか足をもつれさせてしまう。
上手く避けることができなかった私の視界には、無情にも振り下ろされている棍棒が映っていた。