テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#りたはちくわ好き
前回の続きです
注意
少し猟奇的な描写が含まれます…
伸し掛かるような重たい夜の空気をかき分け、燦然と主張を続けるネオンの街を突き進む。人混みの中で、彼が離れる事の無い様に、水色の腕に爪を食いこませた。
自分勝手な俺の行い、そして稚拙な嫉妬心に対しても、兵庫は怒る事もなく、まるで子供を諭すような口調で言った。
「……大阪、財布返し。あんなん、強盗と変わらへんで」
全く気に入らん。
もう一度かつての主従関係を強いるには最善の方法だと思ったが、かえって彼を調子に乗らせてしまった気がする
彼の忠告に反応すれば、自分の恣意的な言動の非を認めなければいけない気がしたので、俺は黙殺を続けた。
兵庫は少し声を荒げる。今度は叱正のつもりだろうか。
「聞いてるん? 久しぶりに会ったと思ったら、無茶苦茶や。まあ、今の自分には数万なんて、端た金やけど」
運が良ければ、努力さえすれば報われる世界。俺が住むのは、どれだけ金を継ぎ込もうと、報われない世界
雲泥の差である。
底辺まで落ちぶれた俺にとって、彼の言う「端た金」という言葉が、俺の耳の奥で、毒々しいネオンの光よりも鋭く突き刺さった。
握りしめた兵庫の腕から、ドクドクと拍動が伝わってくる。
それが今に、恐怖の早鐘に変わることも知らずに、彼は暢気に夜風に吹かれている。
「……せやな。自分は、俺とは違う世界の人や」
俺は己の非を認める謝罪の代わりに、彼よりかは乏しい語彙で皮肉を吐いた。
「分かればええよ。……ほら、早く『とびきりの酒』、飲ませて。飲み直したら、僕はタクシーで帰るから」
鉄錆の匂いが混じる、淀んだ夜風を背に受けて、俺たちは古びたマンションの入り口へと辿り着いた。「ここ?」兵庫が眉を下げ、俺の目を見る。俺の生活を哀れんでいるのか、惨めに見えているのか。
はたまた、マンションのドレンに溜まる黒ずんだ黴や、蜂や羽虫の死骸に眉をひそめているのか
理由がどうであれ、彼のその清潔な瞳に、俺の汚濁が映り込んでいるという事実だけで十分だった。
俺は無言で鍵を差し込み、重い鉄の扉を押し開けた。
油の切れた蝶番が、断末魔のような悲鳴を上げて、暗い室内をさらけ出す。
「まあ、上がれや。『とびきりの酒』、奥で冷えとるわ」
兵庫は少しだけ躊躇うような素振りを見せたが、玄関で矢張り靴を丁寧に揃え、俺の後をついてくる。その様は、かつて武庫川を歩いていた頃の、親鳥の後を追う雛のそれと何ら変わりはなかった。
俺よりも少しだけ高くなったその視線が、部屋の狭さを一瞥する。まるで俺の部屋を値踏みするかのように、ぐるっと目だけをまわす。
一体、何様のつもりだろうか
俺は捩じ曲がった根性の彼を驚かせてやろうと、背後で叩き付ける様に扉を閉め、後ろ手に鍵をかけた。
逃げ場を失った狭い玄関に、叩きつけられたドアの残響が、ひどく暴力的な静寂を連れてきた。
「大阪? 何、今の。鍵まで閉めて、何の冗談?」
彼が一度肩を跳ねさせ、険しい表情になった。
少しの沈黙ののち、自分が未だ優位な立場であるという実態に酔った、愚かな自負を張り付けた顔のまま、俺に問いかけた。
なんとも忌々しい。成功者の面をしたこの男を、もう一度俺の元へ
いや、俺よりも劣位な位置へ引きずりおろしてやりたい
俺は無言のまま、今の自分より高くなった兵庫に飛び掛かり、力任せに床へと組み伏せた。そして、両手で兵庫の細い首を抑えつけ、彼の耳元で囁く
「自分、さっき何て言ったっけ。端た金? 負け犬? 今、どっちが負け犬か、その面でもっぺん言うてみいや」
指先に力を込める。
掌に伝わってくる、彼の喉が必死に空気を求める震え。
俺は、その絶望に染まった顔を至近距離で眺めながら、心の底から込み上げてくる愉悦に震え、低く嗤った。
兵庫は大きく目を見開いた。元々の蒼かった肌色が、色を失って更に淡い浅葱色へと変色する。
酸欠に喘ぎ、白目を剥きかける兵庫の顔。震える眼球で、助けを求めるように俺を見た。
まあしかし、彼の苦しみ藻掻く様を眺めていても、兵庫への憤りが消える事はまず無い。ただ、激高による加虐心が膨らむばかりである。
俺は彼の首を圧迫しながら、六つの僅かな筋肉が隆起した腹部へ、俺は容赦のない一撃を叩き込んだ。
「が、は……っ!!」
肺から絞り出されたのは、言葉にもならない悲鳴だった。
爪先を曲げ、膝を震わせながら痛みに悶える。
さっきまで俺を見下ろしていた高い視線が、今は俺の足元
煤けたフローリングの高さまで堕ちている。
俺は、動けずに呻く彼の背中に、汚れたままの靴の裏を無慈悲に押し当てた。
数十万はするであろう上質な生地が、俺の部屋に溜まった埃と泥に塗れ、無残に擦り切れていく。
その汚濁の一点一転が、彼と俺の境界を塗り潰していくようで、胸の奥が熱い愉悦で満たされた。
「なあ、何がはした金や! 何が負け犬や!!」
自分とは違う世界に住む彼を、己の手足で打ち負かしているという狂喜からくる怒鳴り声と共に、床に伏した兵庫の背中へ、何度も何度も靴の底を叩きつける。
鈍い衝撃が伝わるたび、彼の口から酸素の混じらない掠れた悲鳴が漏れた。
俺は、もはや虫の息で横たわる彼を、これでもかと無慈悲に踏みにじり続ける。
「自分、ええ生地の服着とるなあ。ちょうどええわ。俺の靴の汚れ、自分の体で綺麗にしたる」
そう言って、俺はわざと泥のついた靴底を彼の胸元で執拗に擦りつけた。
数十万はするであろうそのジャケットは、今や俺の部屋の薄汚れた床と何ら変わらぬ色に染まり、兵庫は泣きながら俺の許しを請う。
絶望に濡れたその瞳に、俺はかつてないほどの親愛を込めて微笑みかけた。
汚れたジャケットの隙間に指を差し込み、肌の熱を直接確かめる。途端に兵庫の体が魚の様に跳ねた。
「自分、昔から俺の言うことだけは、よう聞いたよな?
ほな、久しぶりに『ご奉仕』のやり方、思い出させたるわ」
鉄錆の匂いが充満する部屋で、俺はゆっくりと、彼を縛り付けるための「次の準備」を始めた。