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「涼ちゃんの時間を一カ月だけ俺にくれない?」
その言葉は突然で、俺は驚いたし戸惑った。
俺の時間を、あげる?
「一カ月だけでいいから、俺の恋人になってほしい」
元貴の表情は真剣だ。
真っすぐに俺を見てくるその目に「ああ、大人になったな」としみじみ思う。
それもそのはず、もうすぐ元貴は二十歳の誕生日を迎える。
既にデビューも果たして周りの大人以上の責任を負っている元貴は充分過ぎるほど大人だけれど、誕生日が来れば名実共に大人。
出会った頃はまだ幼さを残していた容姿も随分と大人っぽくなった。
「涼ちゃん、聞いてる?」
とりとめもなく逃げていく思考を引き戻してくれたのは元貴の声で、その口調には苛立ちが滲んでいる。
そういうところはまだ子供っぽいな、と何故か少し安心してしまった。
「あ、ごめん。えっと……なんで?」
元貴からの頼みとあらばなんでも叶えてあげたいところだけど、さすがに今回は突拍子がなさすぎる。
応じるかどうかはともかく、理由くらいは聞いておきたい。
「俺、涼ちゃんが好き」
「……うん」
「ほら、また本気にしてないでしょ? 一カ月付き合ってみて、俺が本気だってわかったら俺とのこと真剣に考えて欲しい」
今まで何度も聞いてきた。
それこそ数えきれないくらいに。
「涼ちゃんが好き」
「大好き」
「俺には涼ちゃんが必要だよ」
その度に俺は曖昧に笑ってかわしてきた。
元貴は本気かもしれないけれど、それはきっと今だけだ。
末っ子気質で実際に兄が二人いる元貴は、家庭の外にもそういう甘えられる存在を求めているんだろう。
そう思っていた。
これから大人になって視野が広がって、色んな人との出会いを経験する。
そうしたら目が覚めて、俺への気持ちが恋愛感情ではなかったと気付く時がきっと来る。
だから俺は元貴の気持ちには気付かないふりをし続けたし、元貴をそういった目で見る気もなかった。
俺は大人なんだから、元貴を間違った道に進ませることなんてしちゃいけないんだ。
「元貴、それは……」
「お願い! 一カ月付き合ってそれでも駄目なら諦めるから! もう二度と好きなんて言わないから!」
いつもと同じようにやんわりとかわそうとした言葉は元貴の大きな声に遮られてしまった。
それは悲痛といっていい程に真っすぐで、真剣で。
元貴には甘いという自覚がある俺は、断ることなどできなくなってしまう。
「わかった。一カ月、だけなら……」
「ありがとう、涼ちゃん!」
飛びつくように抱き着いてきた元貴をどうにか受け止めながら、ふと壁に掛けられたカレンダーに目を向ける。
一カ月後は、元貴の二十歳の誕生日だ。