テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
“ーーーーーーーーーきこえる?”
「えっ?」
足を止める。
振り向いても、そこには誰もいなかった。
「若井?……どしたの?」
少し前を歩いていた涼ちゃんが振り返ってくる。
「いや、なんか今、声が」
「へっ?」
「後ろから、誰かに話し掛けられた気がして……」
「ちょ……やめてよ……!」
涼ちゃんが、ぶるっと身震いして、俺の背後に恐る恐る目をやった。
でももちろん、誰もいない。
「なんて聞こえたの……?」
「いや、ふつーに『きこえる?』って」
「ぎ……」
ぎゃああああ、と叫びそうになった自分の口を、涼ちゃんが自分の手で抑える。
「……か、帰ろう。帰ろう若井!」
「うん、それはいいけど。ただ別に、怖い感じでもなかったよ」
「どういうこと?」
「なんか優しい声?だったっていうか……」
俺たちが住む街の外れに。
その古い教会は、ひっそりと建っていた。
いつからそこにあるのか。
そして、いつから使われていない、のか。
少なくとも、俺が子供の頃には、既に使われていた様子はなかった……ように思う。
なのに、何故か取り壊される様子もなく、そこだけ時間が止まっているかのように、ぽつんと佇む美しい教会。
以前から、気になってはいたのだ。
俺はこの春から、その教会の近くにある高校に通い始めた。
一緒にいる涼ちゃんは、同じ高校の一年先輩。
でも、家が近所で、子供の頃からの付き合いだから、今さら先輩後輩って感じでもない。
今日の放課後、涼ちゃんと帰り道が一緒になって、たまたまその教会の話になった。
「気になってるならさ、ちょっと近くまで行ってみる?」
会話の流れで、そんな話になって。
じゃあ寄り道して行こうか、なんて軽い気持ちで。
「でも俺、結構前にも……中学生……いや、小学生の頃だったかな?実は一度、友達と近くまで行ったことあるんだけど」
向かっている途中で、涼ちゃんがそんなことを言い出した。
「へー。そうなんだ」
「うん。でも、ドアがね。開けようとしたら、中から鍵掛かってたんだ。だから、中には入れないと思うけど」
「ま、そりゃそうだよな……。でも、その頃から……つまり俺らが小学生の頃からさ、既に使われてなさそうだったよね?」
「そうそう。廃墟だった。なのにそのまま放置されてて、壊される感じもないし。なんなんだろうな、あれ」
涼ちゃんとそんな話をしていたら、その教会が見えてきて。
俺たちは足を止めた。
「……ここか……」
古びた小さな教会は、夕陽に照らされて、今日も静かに佇んでいた。
周辺一帯も教会が関連している土地なのだろうか。決して都心部では無いけど、一応東京の片隅に位置しているこの街も、かなり開発が進んで、子供の頃遊んでた空き地なんかどんどん無くなっているのに。
何故かこの教会の周りだけ、草や木が生い茂って、俺たちが子供の頃、いや……きっと、もっとずっと前から。
景色が全然変わっていないように見える。
「やっぱ、ここだけ時間止まってる感あるよね……」
隣で呟く涼ちゃんに、うん……と頷く。
この辺りには他に建物も無いし、だからそもそもここに来る用事がなくて、今までは親が運転してる車からちらっと見えたとか、本当にその程度で。
こんなに近くで、まじまじと、その教会を見たのは初めてだった。
「もうちょっと近くまで行ってみる?」
「うん。窓から中とか、見えないかな。……ちょ、涼ちゃん先、行って」
「なんでだよ!怖いの?」
「そういうんじゃないけど、涼ちゃんセンパイじゃん。ほらオレ、コウハイじゃん?」
「もう、こういう時だけー!」
ぶつぶつ言いながらも、先に進んでくれる優しい涼ちゃんの後をついていく。
足を進める度、ぱり、ぱり、と落ち葉や雑草を踏む音がする。
教会の前まで来る。
そこが出入り口であろう、両開きの扉がある。
「……………………えっ?」
扉の前にいる涼ちゃんが、小さな声を上げた。
「どうしたの?」
「…………開いてる」
「えっ!?」
「ほら……」
信じられない、という顔の涼ちゃんが、少し横にずれて、俺にもその扉を見せてくれる。
確かに、扉は僅かに、ほんの僅かだけど開いていた。
思わず、二人で顔を見合わせる。
「どうする……?」
「……行っ……てみる?」
涼ちゃんは、好奇心と、不安が入り交じったような顔をしていた。
多分、俺も同じ顔をしているだろう。
「行こうか……」
「うん。せっかくだし……中を見て、すぐ出よう」
「よし」
涼ちゃんは右の扉。
俺は左の扉の取っ手をつかんで、
「いくよ!」
「せーの!」
バンッ、と一気に開けたら、中から埃がぶわっと飛び出して来た。
「うぉっ」
「埃やべーっ」
二人してごほごほ咳して、ようやく、中を見る。
「……うわぁ……」
思わず、感嘆の声をあげてしまう。
すげー……と呟く涼ちゃんの声。
まず目に入ったのは、十字架だった。
一番奥にある祭壇、その上に掲げられた十字架が、窓から差す光に照らされていた。
俺たちが開いた両開きの扉から、その一番奥の祭壇に向かって真っ直ぐに敷かれている、深紅の絨毯。
その両脇には、今では使われなくなった沢山の椅子が無造作に積み上げられている。
祭壇の手前、左側にはパイプオルガン。
右側にある格子窓からは、オレンジ色の西日が差し込む。
その中をちらちらと、埃が舞っている。
「……中はこんな感じだったんだ……」
涼ちゃんが、ゆっくりと足を踏み出して中に入る。
俺もその後についていく。
「古いけど、汚くはないね。うまく言えないけど」
涼ちゃんが言うその意味が、分かる気がした。
確かに、古い感じはするんだけど、椅子も、絨毯も、パイプオルガンも。
「つい最近まで使っていました」と言われたら、あぁそうかもな、と思えてしまう。
傷んでいない、と言えばいいのだろうか。
クモの巣も、虫の死骸すら落ちてない。
俺たちが子供の頃から、少なくとも10年以上、手入れもされず放置されていたなんてとても思えない。
(……マジで、ここだけ時間が止まってる……)
深紅の絨毯の上を、祭壇の方に向かって一歩ずつ歩きながら、高い天井を見上げる。
その時、だった。
“ーーーーーーーーーきこえる?”
「えっ?」
足を止める。
振り向いても、そこには誰もいなかった。
「若井?……どしたの?」
少し前を歩いていた涼ちゃんが振り返ってくる。
「いや、なんか今、声が」
「へっ?」
「後ろから、誰かに話し掛けられた気がして……」
「ちょ……やめてよ……!」
涼ちゃんが、ぶるっと身震いして、俺の背後に恐る恐る目をやった。
でももちろん、誰もいない。
「なんて聞こえたの……?」
「いや、ふつーに『きこえる?』って」
「ぎ……」
ぎゃああああ、と叫びそうになった自分の口を、涼ちゃんが自分の手で抑える。
「……か、帰ろう。帰ろう若井!」
「うん、いいけど。ただ別に、怖い感じでもなかったよ」
「どういうこと?」
「なんか優しい声?だったっていうか……」
「い、いやいや。声が聞こえてる時点で充分怖い」
「涼ちゃんは聞こえなかったの?なら空耳かなぁ。でもずいぶんはっきり……」
「もういいから、とにかく出よう!」
「ん……」
涼ちゃんが、俺の背中を押して促す。
さっき入ってきた両開きの扉に向かって、二人で早足で引き返す。
前を行く涼ちゃんが、扉を開けて先に外に出た。
“ーーーーーーーーーきこえたんでしょう?”
「……あ」
また聞こえた。
思わず足を止める。
“ーーーーーーーーーみつけた”
頭の中に直接、響き渡るように、はっきりと。
歓びに満ちた声が聞こえた。
瞬間、扉がバンッと勢い良く閉まった。
「……え」
慌てて扉の前に行って、開けようとする。
でも、開かない。
びくともしない。
(……閉じ込められた……!?)
「涼ちゃん、涼ちゃん!」
扉を叩いて、外にいる筈の涼ちゃんに呼び掛ける。
でも反応が無い。
(どうしよう……)
日没の時間が近付いている。
さっきまでは教会の中に差していた西日も、段々と弱くなって、教会全体が暗い。
さすがに怖い……。
あ!そうだ、スマホ、とポケットに手に入れようとしたら、
“……大丈夫”
急に、視界が塞がれた。
それが手だ、と。
誰かの手が、背後から自分の目元を塞いだのだと理解するのに、数秒掛かった。
すぐ後ろに、誰かがいるのだ。
自分以外の誰かが。
でも。
(……足音なんか、しなかった……)
背筋に、冷たい汗が流れていくのを感じる。
“……だいじょうぶ”
小さな子供に話し掛けるような口調で、もう一度。
“怖がらなくていい。一緒に、おいで”
「や……」
怖いに決まってる。
だって、一緒にって……
「どこ」へ?
“行くよ。……目を閉じていて”
その瞬間、全身の力がガクッと抜けた。
身体中の骨が、一気に溶けてしまったみたいに。
自分が何か、スライムみたいな、とろとろしたものになったように。
(……な、なに……!?)
よく分からないまま、言われた通りきつく目を閉じる。
次の瞬間には、ふわっと広い場所に放り出されたような感覚があった。
ジェットコースターが落ちていく瞬間みたいな、おなかの中がひゅっとするあの感じ。
どこかへのぼっているような、
おちていっているような。
上下も前後も分からないまま、ただその浮遊感に耐えていたら、ふいに。
地に足が着いた感覚。
「着いたよ。……目を開けてごらん」
頭の中に響くのではなく。
今度はクリアに、「声」として、「耳」に聞こえた。
自分の目元を塞いでいた、誰かのひんやりとした手が、離れていく。
ゆっくりと。
恐る恐る、目を開ける。
「……え……?」
そこは、……教会だった。
さっき、涼ちゃんと二人で入った、俺たちが住む街の外れにあるあの教会。
東京の片隅の空き地にぽつんと建つ、夕日に照らされた、古い教会、の筈だ。
なのに。
さっきまで、深紅の絨毯の両脇に、乱雑に積み上げられていたあの椅子は、今は綺麗に、整然と並べられていて。
祭壇の手前にあったパイプオルガンは、今まさに、誰かが弾いていたかのように、ピカピカで、どこにも埃ひとつなく。
そして何より……
さんさんと春のような日差しが降り注ぐ窓の外には、色とりどりの美しい花が咲き乱れる花畑が、見渡す限りどこまでもどこまでも、広がっていた。
(……あ、ここ天国だ)
直感でそう思った。
死んだの?俺。
うわマジか……マジかよ……。
やっと受験終わって高校入って、これからって時だったのに……
「死んではいないよ」
笑みを含んだ声が後ろから聞こえて。
振り返ったら、……なんだよ、やっぱ俺死んでんじゃん、と思って。
だって、天使みたいな人がいたから。
長く引きずるような白い服に。
何か動物の……羊?のツノや、羽のようなものがついた、白い仮面のようなものを被った人が、そこに、立っていて。
こんなん、絶対天使じゃん、と思って。
ん?いやでも……天使?
俺、日本人だよな?
別にキリスト教徒でもないし……なのに天使が迎えに来てくれる感じなの……?
「だから、死んでないって言ってるでしょう」
仮面の下から覗く、形の良い唇が見える。
その口許を、長い袖で隠しながら。
くすくすとおかしそうに笑って、その人が、そう言った。