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回路の角を曲がり中庭が見えなくなった瞬間リディアはその場に崩れ落ちた。
「リディア嬢⁉︎」
後ろをついて来たマリウスは慌てて駆け寄って来る。
「マリウス、殿下っ……私、私……」
ぽんっと頭に彼の大きな手を乗せられた。リディアの顔を覗き込んでくるが、何も言わず優しく笑みを浮かべている。彼からの優しさが伝わってきて目の奥が熱くなる。
「私、兄が……ディオンが好きなんです……。気持ち悪いですよね……兄が好き、なんて」
足に力が入らず立ち上がれない。気力もなくなってしまった。
何時ものリュシアンではなかった。彼が怖いと思った。初めて出会った時から、穏やかで優しく好感の持てる人だった。シルヴィの兄と言う事もあり直ぐに打ち解ける事が出来た。それが、何故あんな風に……変わってしまったのか。
ーー正気ではない、異様な空気を感じた。
等々ディオンにも周りにも隠していた想いを、思わずぶち撒けてしまった。無論マリウスにもバレてしまった。
でも、抑えられなかった。自分の事もディオンの事も何も知らない癖に……そう思った。
その一方で、心の奥で歓喜が沸き起こるのを感じた。ディオンが妹としてではなく女性として自分を見てくれている……。
あくまでもリュシアンの憶測に過ぎないが、それでも可能性があるかも知れないと思ったら嬉しかった。自分の浅ましさを感じた……。
「君はこんなに愛らしいのに、気持ち悪いなんて事はあり得ないよ。だからね、リディア嬢。大丈夫、大丈夫だよ。ね?」
幼児でもあやすように頭を撫でながら話すマリウスにリディアは顔を真っ赤にした。醜態をさらした上に子供扱いをされていると感じて今更ながらに恥ずかしくなる。
「マリウス殿下、申し訳ございません……私ったら……みっともない姿を」
頭がごちゃごちゃだった。このまま屋敷に帰ってどうしたらいい? ディオンを問いただす? それでその後は……でも、やはり怖い。リディアにはどうするのが正解なのかが分からない。
「そうだ。リディア嬢、お茶会をしようか」
「…………へ」
突如、脈略のない提案をされたリディアは、目尻に浮かんだ涙は引っ込んだ。
何故今この状況下においてお茶会の流れとなったのか……全く持って理解に苦しむ。相変わらずのマリウスに、呆気に取られ身体の力は完全に抜け落ちるのだった。
マリウスに連れられて来た場所は、離宮だった。気が付けば辺りは薄暗く、結構な時間が経過したのだと分かった。本来ならば、もう自邸に着いていて夕食を摂っていてもおかしくない。
何時もの時間に帰宅しないリディアの事を、シモンやハンナは心配しているかも知れない……。ただどうしても今直ぐには帰る気分にはなれなかった。
自邸に帰れば、否応なしにディオンを問いただしたくなるだろう。だが、心の準備はまだ出来ていない。期待を感じている一方で、もしかしたらリュシアンの思い過ごしである可能性もあり、もしもリディアとディオンの気持ちが同じものではなかった場合……ディオンに、リディアが兄以上の感情を抱いている事がバレてしまう。
リディアは、それを何よりも恐れている。リュシアンにはあの様に言ったが、多分不気味だと気持ち悪いと兄は思うだろう。それだけは、絶対に嫌だ。
嫌われたくない……。
「リディア、お茶の準備が出来たよ」
マリウスの言葉に我に返る。リディアがぼうっとしている間に気付けば、マリウスの部屋にいた。そして椅子を進められて、座った。テーブルには、リディアの好物ばかりで、甘い香りが漂う焼き菓子が並べられていた。
「少し、僕とお喋りしよう」