テラーノベル
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白波警察署の朝は、いつもより静かだった。
相沢は自席に座りながら、昨夜の現場写真をもう一度眺めている。
割れた窓、乱れた床、消えかけた足跡。
(芽衣ちゃんは、まだ寝てる)
それでいい、ゆっくり休んでくれれば。
そう思う一方で、胸の奥が少しだけざわつく。
「相沢くん」
黒瀬警部が、紙ファイルを持って近づいてきた。
「…警部」
「逃げた仲間について、進展があった」
「早いですね」
「運がよかったんだなッ」
(運で済ませちゃうかぁ、裏の努力、すごかったと思うよ?)
「同じ侵入手口が、昨夜もう一件」
相沢は顔を上げた。
「白波市内ですか」
「そうだ。幸い、住人は不在だった」
「足跡は?」
「二人分。うち一人は、芽衣くんの部屋に侵入した男と同じ靴底」
(繋がった)
「グループは、まだ動いていますね」
(…しかも、警戒しながら)
「芽衣ちゃんの件が想定外…」
「想定外の出来事だったんだっ」
(…いま私が言ったんですけど?)
話を取ってしまうのが、相沢の黒瀬警部が嫌いな原因、の1つである。
「うむ」
黒瀬警部は、少しだけ真面目な顔をした。
(『うむ』って…なんだよ?)
「仲間を失って、引くか、荒れるか…」
「仲間を失って荒れたんだっ!!!」
(今私がそれを…)
「相沢くん、理由は分かるかい?」
(ええ、だから芽衣ちゃんの部屋を選んだのよ、)
「衝動的な犯行が多く、計画より感情で動……」
「相沢くん、遅いなぁ。正解はー計画より感情で動くからだっ!!!」
(はあ、答えて損した。)
「今日は、聞き込みだな」
「はい」
相沢は立ち上がりかけて、止まった。
(でも……芽衣ちゃん)
「警部」
「なんだい」
「芽衣ちゃんの様子、確認してから出ます」
「そうするといい」
(許可が出るの、早いなぁ、もっと考えることないの?)
仮眠室のカーテンを、そっと開ける。
芽衣は、ベッドの上で丸くなっていた。
眠っているが、眉が少しだけ寄っている。
(夢、見てるんだな…)
相沢は、声をかけずに戻ろうとした。
「……せん、ぱい……」
小さな声。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いえ……」
芽衣は、ゆっくり体を起こした。
「……また、事件ですか」
(鋭いわね、)
「進行中よ」
「私……行かなくても…」
「今日は、休みでしょう?しっかり休みなさいね」
芽衣は少しだけ、ほっとした顔をした。
「……でも」
「でも?」
「昨日の人……一人じゃ、なかったですよね」
相沢は、足を止めた。
「どうして?」
「……気配が、もう一つ……あった気がして……」
(気がして、ね。)
相沢は一瞬考えた。
(でも、現場とも一致する)
「それ、誰にも言ってない?」
「……はい」
「ありがとう」
芽衣は、驚いたように目を見開いた。
「役に立ちました?」
「立った」
相沢は、きっぱり言う。
「だから、今日はしっかり?休む」
「……はい」
芽衣は、少しだけ笑った。
(よし)
聞き込みは、静かに進んだ。
「最近、夜に不審な人を見ましたか?」
芽衣ちゃんのアパート周りで聞き回る。
(またどうせ『知らない』、じゃないの?)
「ええ……二人組で……」
(あら、めずらし。)
「どんな特徴ですか?」
「片方は、ずっと周りを見てました」
(見張り役ねっ)
「もう一人は?」
「焦ってる感じでしたね」
「……焦ってる?」
「何度も携帯を確認してました」
相沢は、メモを取る。
(…連絡役がいる)
黒瀬警部が言う。
「組織だな」
「小さいですが、役割分担がはっきりしてます」
「拠点はどこだ?」
「……」
(まだ分からないわよ!!でも、絞れてきたわね、)
署に戻ると、追加情報が入っていた。
「防犯カメラです」
若手刑事が言う。
「二人組が映ってます」
映像には、フードを被った二人。
一人が周囲を警戒し、もう一人が作業している。
「……歩き方」
相沢が言う。
「侵入役、足を引きずってます」
「芽衣ちゃんの反撃か?」
(いいかげん『芽衣ちゃん』はやめません?)
「ええ。しばらくは、無理な行動はできない」
(…今が、追いどきみたいね)
「今が追いどきだ!!」
(警部と同じこと考えてたと思うと…なんか気分悪い)
黒瀬警部が笑った。
「相沢くん」
「はい」
「君、顔に出てる」
(え!?警部嫌い、のオーラが隠し切れてない!?)
「……何がですか」
「本気だな」
(今さらなんですか?)
その夜。
相沢は、白波市の外れにある古い倉庫街を見ていた。
「……ここか」
防犯カメラの死角が多い。
人目も少ない。
(逃げ場に選ぶなら、ここよね、)
「相沢くん」
「はい、警部」
「えーっと、あの…あの娘(こ)は?」
(ついに名前忘れた!?)
「芽衣ちゃ…佐伯さんですか…、寝てます」
「そうか」
黒瀬警部は、前を見た。
「じゃあ、安心して捕まえよう」
(言い方がなぁ、もっといいのなかったの?)
倉庫の一つから、人影が出た。
二人組。
片方は、足を引きずっている。
「……来ましたね」
「よし」
黒瀬警部の合図で、包囲が始まる。
「警察だ!」
二人は逃げようとして、止まった。
真っ青になった顔を伏せつつ、肩がガタガタと震えていた。
警部は謎のにっこりスマイルでそんな犯人を見ている。
「……終わり」
相沢の声は、静かだった。
(芽衣ちゃんの夜は、これで終わる)
翌朝。
芽衣は、署の廊下で相沢を見つけた。
「……先輩」
「おはよう」
「……捕まったんですか」
「全員ね」
芽衣は、肩の力を抜いた。
「……よかった……、ありがとうございましたぁ」
相沢は、少しだけ目を細めた。
(これで、やっと)
「今日は、帰っていいわよ」
「はい」
芽衣は、少し考えてから言った。
「……先輩」
「何?」
「私、また現場に戻れますか」
相沢は、間を置かず答えた。
「戻る、」
「……はい」
「ただし」
「……はい?」
「無理はしない」
芽衣は、小さく笑った。
「それ、先輩もです」
相沢は、一瞬だけ黙った。
(痛いところを…)
「……努力するわよ」
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