「元幹部の太宰さんって今どうしてるんでしょうね。」
陰から、こんな言葉が聞こえた。
危険な任務の途中というわけでもなく、ただ敦君と歩いていただけだった。
陰に居たのは、おそらく、見た目からしてポートマフィアの構成員だろう。
何故だかは分からないが、私はこの言葉に反応してしまった。
「あー、あの人ね。太宰幹部は伝説だったよね、けど、今どうしてるかとか分からないな。」
「やっぱそうですよね…でも、何で組織から突如姿を消したのか、僕にはさっぱり分かりません。」
「そりゃあ分からねぇよ、あの人はな、誰にも理解できないんだよ。だから、理解しようとしても無駄だよ。」
2人の構成員の会話が、自分の体に染みわたっていく気がした。
’’理解できない’’
そう考えるのも当たり前なのだろうか。
いくら私が助けを求めていても、周りの人間は、それを無駄な行為と解釈してしまうのか。
だが、否定はできない。実際にそうだった。
緊急時以外には、誰も私に近寄らなかった。
私が話しかけたときにも、部下は怯えていたことを強く覚えている。
「太宰さん…?どうかしました?」
隣の敦君が心配そうにこちらを見ている
彼は陰にいる構成員に気づいてはいないが、私が気の抜けた顔をしていることには気づいたようだ
「ああ、大丈夫だよ。」
後輩に気遣いされては、完全に上司としての役目が消滅してしまう。
ただでさえいつも迷惑をかけているのに
だからといって、大人しくするわけでもない。
迷惑をかけ、煩いのが建前の私だ。
日付が変わり、数分経った頃。
辺りは完全に暗くなり、幽々としていた。
そんな中、私は眠れずにいた。
というのも、本当は今すぐにでも寝たかった。今日はいつもより仕事が多く、その分社員の皆と一緒に居る時間も増え、作り笑顔をするのが大変だったからだ。
与謝野女医に帰り際、顔色が悪いと言われたが、こんなこと言えなかった。
それは、相手が嫌いだとか、気に入らないだとか、そういう理由じゃない。
もちろん探偵社の皆は大好きだ。それぞれ個性的で、魅力的だから。
それでも、言えないんだ。
大切な仲間のことも信頼できないなんて、私は愚かだ。
_人を救う側になれ
あの日、彼はそう言った。
その言葉が、彼の最期の言葉となった。
私は、彼と交わした約束を守れているのだろうか。
どうしたってその疑問を拭えない。
実際に彼に、織田作に聞きたい。どんな言葉でもいい。織田作の声を聴きたい。
ようやく朝になった。
いつものことだが、少々起きるのが面倒だ。
だが、あまりに遅いと国木田君に怒られてしまう
重い足取りで準備をしようとした。その時、
「ッッ…..!?」
頭に強い痛みが走った
少しの頭痛は今までにもあったが、こんなにも強い頭痛は初めてだった。
探偵社を休むべきだろうか。
_いや、すぐに治るだろう。
私は浅はかな期待をし、家を出た。
「おっはよーー!!!!」
「おおぉいい!!!一時間の遅刻だ!」
良かった。いつも通りだ。
「はいはい、今日も国木田君は元気だねぇ」
「お前のせいで疲労がたまったわ!この唐変木!」
国木田君は偶に酷いけど、私の素晴らしい相棒だ。
彼の理想への想いは人一倍強く、その想いが彼を構成している、と私は考えている。
私とは全然違う種類の人間だ。
_正午ごろ
「はァ……」
朝から始まった頭痛は今でも続いている。それどころか、徐々に強くなっている気がする。
他の社員に頭痛のことを悟られないように注意していたら、乱歩さんがこちらを見ていた。
「乱歩、さん……?どうしました?」
もしかしたら、バレたのかもしれない。
そうだ。相手はあの乱歩さんだ。気づかれるのも時間の問題だと思っていたけど、予想よりも早い。
「太宰…、」
「ッ、なんですか…?」
いつもとはうって変わり、真剣な眼差しで私を見つめている。
「…いや、何でもない。」
乱歩さんは何かを言いかけたが、口を閉ざした。
「そう、ですか…」
何だったんだろう。
「太宰、」
私が別の部屋に行こうとしたとき、乱歩さんが私に声をかけた。
「苦しくなったら、君が最も信頼する人物を思い浮かべてくれ。」
「えッ……」
「それってどういう……?」
「じゃ、僕は駄菓子買いに行ってくるから。」
行ってしまった。
_午後5時
「ッ……!」
それから、私の頭痛はやむことがなく、悪化していく一方だった。
そろそろ仕事するのは不可能だ。適当にはぐらかして帰ろう。
私が探偵社から出ようとした時、
「おい太宰、どこに行く」
と、国木田君に言われた。
「えーっと、急用があってねぇ~」
「はぁ?どうせサボりかなんかだろ。早くこっちの仕事も手伝え。」
やっぱりこうなるか。
普段いつもサボっている自分を憎く感じた。
「あと、どうせ急用じゃないだろ。何か別の理由じゃないのか?」
流石は相棒。痛いところをついて来た
「そんなに深く追求しなくていいんじゃない?国木田。」
偶然、そこに乱歩さんが通りかかった。
「あ、乱歩さん…しかし、何故ですか?」
「…理由がどうであれ、僕は名探偵だからね!何でも分かるよ。」
おそらく、乱歩さんは私の頭痛のことを知っているのかもしれない。そして、先ほどのやりとりも、今の行動も、乱歩さんなりの気遣いかもしれない。
それなら、私はその気遣いを無駄にするわけにはいかない。
「では、私は先に失礼します。」
「あぁ…気を付けて帰れよ。太宰。」
どうやら、国木田君も観念してくれたようだ。
今日は早めに帰ったので、外の景色がいつもとは違う。
現在の時刻は午後5時30分。
無事、今日を乗り越えることができたことにほっとする。乱歩さんあたりに少し怪しまれたが、大体は上手く誤魔化せただろう。
それでも、一夜明けたらまた朝がやってくる。その翌日も、その翌日も。例え地球が滅んだとしても明日というものは平等にやってくる。
あーあ、これだからさっさと死にたいんだ。
けど、そんな楽に死ねるわけがない。楽ならとっくに死んでる。
「はァ…、早く寝るか。」
頭の中で不満を並べたって、変わらない。それなら早く寝たほうが良い。
私がずっとこの調子だったら、いずれ気づかれてしまうし、探偵社の皆に心配をかけてしまう。
「先輩、今までの幹部の中で最年少の人って誰なんですか?」
陰から、そんな言葉が聞こえた。
俺は任務帰りで、丁度今ポートマフィアに帰ってきたときだった。
最年少幹部、そんなの彼奴しか居ねぇ
あんなクソ野郎は名前を聞くだけで気分が悪くなる。そう思い、さっさと通り過ぎようとした時、
「あー、太宰幹部ね。」
「!その人はどういう人なんですか?」
へェ、周りから見た太宰の性格か。少し気になるな。
「あの人はねぇ、ほんっとうに恐ろしい人だよ。俺も5,6年前かな、それぐらいに太宰幹部と共同の任務だったんだよ。俺、その時はどうせ金だけで成りあがってきた奴だと勘違いしてたんだけど、あれは金や地位じゃない。マフィアの中のマフィアだよ。」
確かに、あいつは地位や財産なんて視野に入れてなかったな。マフィアでは多くの人が気にするっていうのに
「そ、そうなんですか…」
「その共同任務で、部下の一人がしくじっちまってさ、作戦がずれちゃったんだよ。でも、その部下の役目は結構厳しめだったから、俺は仕方ないって思ったんだ。そしたら、太宰幹部はそのやらかした部下を何のためらいも無く殺したんだ。」
「えぇ!?それはやばいですね!」
「だよな、その様子を見た俺たちは唖然。それに、ずれた作戦も太宰幹部が完璧に元に戻してたし。やっぱり太宰幹部はマフィアになる為に生まれてきた男なんだよなぁ。」
否定はできねぇな。
とにかく彼奴は、しくじった部下を殺しまくってた。俺が止めても、このまま生かしても面倒だから、なんて理由だった。
「でも、今は居ないですよね?」
「あぁ、4年前だ。突如姿を消したんだってよ。」
「えぇ?何でですか?」
「そんなの俺が知るわけないじゃん、そもそも、あの人のことは全てが理解不能だぜ?あの人はどこかがおかしいんだよ、」
理解不能、か。
それは一理あるな。意味わかんねぇことを当然のように呟いてて気持ち悪ぃ。
今日の任務は長期にわたっていたため、いつもより長めの休暇をもらえた。
「理解不能…」
さっき聞いた会話がどうしても耳に残る。
どんな奴でも、太宰のことを理解するなんて無理だ。
俺だって、太宰といた時間は決して短くねぇ。でも、あいつの全てが分からない。
会った頃からそうだった。あいつは今まで見たどんな奴より気味が悪かった。だから、あいつと話すこと、あいつを見ることが嫌いだった。
ん?それってつまり、避けてたっていうことか…?
俺は驚いて起き上がる。
別に、太宰のことは大嫌いで、できる限りは会いたくなかった。けど、任務の時にはそんなこと気にしていなかった筈_
…いや、避けていた。
俺も、無自覚にあいつを避けていたんだ。気味が悪いから。分からないから。
謂わば’’異物’’だ。
そうだな…暇だし、理解できるかどうか試してみるか。
どうせ無理だろうけどな。
無
何も無い。
音や人の気配だって感じない。
「…?」
ただ、手になんらかの違和感がある。
「ッッ⁉」
手に、赤黒い血がついていた。
マフィアのころに何百回、いや、何千回と見た。
けれど、最近探偵社ではそんなに危険な依頼は入っていなかったはずだ。
では何故?
そもそも、ここがどこなのかも分からない。
その時、
「お前がやったのか…!」
後ろから、荒げた声が聞こえた。
「えッ……?」
そこには、国木田君が居た。それも、今までにないほど怒っている国木田君が。
「な、なんでそんなに怒っているんだい…?国木田君?」
「ふざけるなっ!今まで騙してきた癖にまだ綺麗事を吐く気か!?白々しいのもいい加減にしろ!」
分からない。
私はそんな怒られるようなことをした覚えがない。
騙したことは…あるけれど、それは皆に迷惑をかけないようにするためだ。
「わ、私がそんなことをする人間だと思う…?」
「はい、思いますよ。」
次は、別の方から声が聞こえた。
「敦君…」
私の前にいる敦君は、憤りを感じていると同時に、悲しさを含んだ曖昧な表情をしていた。
「僕は、信じたくありません。太宰さんが僕たちを騙しているなんて」
「なら…」
そうだ、敦君にとって、私は命の恩人だ。彼ならさっきの国木田君みたいなことは言わないだろう。
しかし、その期待もまた裏切られた。
「最初はそう思ってたんですけど。やっぱり駄目です。どうしても、否定できないんです…太宰さんは、やっぱり僕や他の探偵社員を欺いてるんですよね!」
_言葉が出ない。
じゃあ、今まで皆の為に作ってきた笑顔は無駄だったのか?
「ちが…」
だめだ。否定できない。敦君と同じように。
「仲間だと思ってたのに…」
「ふざけないでください!」
「君みたいな人は、此処にいるべきじゃないんだ。」
「違う…違うよ、私じゃない、本当だ…」
「______。」
「___、______」
「____?_____,]
「嫌だ..嫌だ…、私じゃないのに。」
次々と浴びさせられる罵詈雑言。
どの言葉も、まるで鋭利なナイフのようだった。
なんで私がこんなこと言われなきゃいけないの?
ちゃんと人を助けてるのに、
助けてる?
いくら人を殺し、欺き、傷つけたとしても、人を救えばすべてなかったことになるのか?光の当たる世界で生きれるのか?
そんなわけないじゃないか。
そうか。私はただ、自覚が無いだけで皆を騙していたのは事実なんだ。
組織であるにも関わらず、周りを信頼せず、騙し、挙句の果てに自覚は全く無し。
はは、最低じゃないか、私。
死にたい。死にたい。
いや、死ななきゃいけない。
どんな方法でも構わない。誰か、誰か、
殺してくれ。
「ん…?」
俺は見知らぬところで目を覚ました。
辺りには何も無い。
「いや、どこだよ此処…」
俺が混乱していると、近くから声が聞こえた。
「___て、た__て!」
「は……?」
どこからかは分からないが、なんとなく聞き覚えのある声だった。
「た、すけて…」
「ッッ⁉⁉」
この一瞬で、目の前に太宰が現れた。
けれども、その姿はいつもの奴とは違った。
得体の知れない何かしらに怯えていて、全身を恐怖が覆っている。
「手前…!なんでこんな…」
「分からない、分からないよ…!」
こんな表情をしている太宰を、俺は見たことがない。
あんなにふざけて、冷徹で、ウザいクソ野郎のくせに
「おい…大丈夫か?」
目の前の光景は、あまりに異常で、あまりに痛々しい様子で、見ているだけで苦しくなるようだった。
「やッ…、ちゅうや!お、願い…たすけてッ!」
「待てッ‼」
「え……?」
太宰が消えた、一瞬で
何もなかったかのように。
「ッッ!!」
「ゆ、夢…?」
気が付くと、いつもの探偵社寮だった。
良かった、やっと戻った。
では、さっきの空間は夢なのか?
「あ……」
夢なわけない。
たとえあの空間が夢だったとしても、たくさんの人から言われた罵詈雑言は本音だろう。
今でもはっきりと覚えている。
「そうだ…
死ななきゃ。死ななきゃ。死ななきゃ。死ななきゃ、死ななきゃ
今すぐに。
誰にも迷惑をかけないクリーンな自殺ができるところ、それは
川だ。
「太宰ッ!!」
早朝、俺は目を覚ました。
周囲には、いつも見ている自室の壁。
「ゆ、めか…?」
いやいや、そんな訳がない。
俺は今までずっと夢を見てこなかった。そしてこれからも見ないはずだ。
ならさっきのは?
…でも、例えそれが夢であろうとなかろうと、太宰が苦しんでるのは事実なんじゃねぇか?
俺だって、無意識であいつを避けていた。理解しようともせずに
なら、俺は最善の行動をとるしかない。
「はァ…はァ……、!」
私は急いで川に向かう。
あれが皆の願いなのだから。最期くらいは望んだ結果にしなければ。
死にたい。死ぬ。死ね。
やっと、着いた。
いつも入水しに行っている川。
その日の川はより一層美しい。私のような汚い人間がここで死ぬなんて、烏滸がましい。
ドポンッと川に勢いよく入る。
そうだ、これでいいんだ。
段々と沈んでいく。
息ができない。苦しい。
それでも、ようやく逝ける。
今までとは遥かに感覚が違う。今度こそ完璧に死ねるんだ。
この時気づいた。
ずっと私は死ねなかった。
それは、まだ生きていれば何かあるかもしれないという希望を持っていたからだ。
それ故に、何回自殺を繰り返しても死ねなかった。
あぁ、待ちに待った瞬間が訪れる
筈だった_
私があともう一歩で死ねるという時に、うっすらと何かが見えたんだ。
何だ?あれは
水中でよく見えない。
もしかして_
誰かが私のことを思いっきり川から引きあげた。
「ふざけんなよッ!」
本当に君は、いつでも私の邪魔をする
「ゴホッ、ゴホッ、なんで…中也が」
「手前…今回は本気で死のうとしただろ、」
何故分かるんだ
「どうして、分かったんだい…?」
「いつもとは明らかに違った、それだけだ。」
まさか、あんなに頭の悪い中也に見破られる日が来るなんて。
「それより!なんでここまでする必要があった!!」
「…死ななきゃいけなかった。」
「…は?なんでだよ」
「皆に迷惑かけちゃうから。」
私がそう言うと、中也は更に大きな声で言った。
「そんな訳ねぇだろッ!!迷惑とか馬鹿じゃねぇのか!?」
「えッ…」
「少なくとも、俺にとっては迷惑じゃねぇし!仮に探偵社のやつらが手前を迷惑だと考えたとしても、俺はそれ以上に手前を必要としている、それに、大抵の人間は周りに迷惑かけるもんだろ!?」
「…!」
「な…んで、中也は、泣いてんの?」
私の目の前にいる中也は、大粒の涙を流し、私を力強い目でじっと見ている
「泣いてねぇ!」
「俺も手前と出会った時から、気味が悪ぃと思って無自覚に避けてたんだよ!だが、それももうやめる。だから、手前もそんな考えをもつことをやめろ!そして、生きろ!」
「あッ…」
少しの間沈黙が続き、
「…分かった。そうしよう。」
あの日から、私は何かから解放された気がした。
今ではもうあの夢は見ないし、少しだけ、生きることに興味がわいてきた。
「おぉおおおおい!だぁざいいいい!!なんだこの白紙の資料の山はぁあああ!!!!」
「え~ちょっとくらい良いじゃない。あ、そんなに怒ると眼鏡割れちゃうよ?」
「まだその嘘をつづけるかぁ!!!!」
前に比べたら、わざわざ笑顔を作らなくても良くなった。
というより、自然に笑えるようになった。
でも、これから何があるかは分からない。
完璧に予想することはできない、
だから、結末なんて知りえない。
けど、ただ一つのことは、はっきりと分かる。
君がいて良かった
コメント
2件
太宰さんの闇堕ち最高すぎるぅ!! 泣けるねこりゃ😇 相変わらず小説書くのほんと上手いね尊敬しちゃう( * ॑꒳ ॑* )✨
ひぃいい...めっちゃ好きです🥰💕 この題名からこんな神作が生まれるとは..😇 水のカバーがももしや太宰さんの溺ℹ︎死の時の風景では、、⁉︎ 参加ありがとうございます‼︎