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なんでそんな言い方するんだろう。それではまるでもう二度と会わない永遠のお別れみたいではないか。
ゴロゴロと、数十秒前光った雷の音が聞こえてきた。きっとこの雷みたいに、俺たちは距離と共に気持ちまでズレていってしまうんだろうなと、何となくそう思った。
-ビジネストラスト-
⚠︎︎BL表現があります。
青白、もしくは白青です。
自衛をよろしくお願いします。
それではどうぞ!
「お、はよ…初兎」
「ん。おはよう、まろちゃん」
今日も朝起きて1番初めにすることは愛しい彼への挨拶。いつも通りのはずなのに、1年前までとは決定的に違う何かがある。
あの日、丁度俺たちが付き合って1年で、それなのに誰も俺たちのことなんて祝福してないとでも言うかのような猛暑だったあの日。
確かに誰も俺たちのことなんて祝福しなかった。
頑なに俺たちを嫌がったいむくんはもちろん、「ほとけっちがここまで嫌がってるんだから、もう少し大人になった方がいいんじゃないの」とりうらまでもが冷めた目を向けてくるようになったもんだから、俺たちは黙るしかなかった。
その日以降いむくんは、会議中に俺たちがちょっとくだけた雰囲気を出そうものなら啜り泣き初め、配信中にしょまろが絡み始めるとわかりやすく押し黙るようになった。
そこまであからさまな態度では、色々な方面に迷惑をかけかねないからと、言葉にせずとも俺たちの表立った絡みは薄れていった。
それでも、俺とまろちゃんとの関係は未だに恋人である。
『絶対離さないから。』
この言葉を最初に言ったのは彼だったはずが、今では俺が毎日言っているような気がする。
すっかり立場の逆転した関係に、俺はまだ慣れない。
〜♫
「はい、ここまで!一旦休憩にしよう」
今日も全員揃ってのダンス練習。どんなにメンバー内でいざこざがあろうとも、それを綺麗に隠してリスナーを笑顔にさせるのが俺たちの仕事。
実際、この1年間で本当に大きくなったと思う。次の会場も、武道館に引けを取らない。来年こそ行けるのではとみんな心の底で期待しているのも感じる。
「ほとけっち〜!今日練習のあとさ…」
向こうでキャッキャとはしゃいでいるのは天才組こといむくんとりうちゃん。あの一件以来、2人はどんどん距離を縮め、常に隣にいると言っても過言ではないほどになった。最近はお互いの家に頻繁に泊まっているらしく、昔の俺なら「リア充かよっ!帰れや!!」とでも言いそうなくらいのイチャイチャぶりである。
「本物のカップルはこんなに冷めてんのになぁ…」
「…ん?、初兎ちゃんなんか言ったー?」
つい零れてしまった独り言がないちゃんに聞かれていたらしい。困らせたくないから咄嗟に視線を泳がせた。
「あ〜…えっと、、」
「あぁ、あいつら?またやってるよね。」
「、え?」
俺の視線の先にたまたま天才組がいたらしく、ないちゃんは少し勘違いをしているようだった。
「初兎ちゃん、なんで怒んないでられるの?俺なら絶対無理。」
「怒る…って、何に…」
全く見当のつかない俺にないちゃんはその綺麗な顔をさもびっくりしたように近づけてきた。
「だっていむ、完全に初兎ちゃんの代わりにりうらと仲良くしてるじゃん!気づいてなかった?」
「りうらもりうらだよね…、初兎ちゃんの立ち位置ちゃっかり奪っちゃってさぁ」
別に、気づいてない訳ではなかった。1年前までは俺だってずっといむくんの隣に居たし、リスナーさんには付き合ってるんじゃないかと言われることもしばしばあった。(まぁその度にいむくんは嫌な顔してたんやけど…)
今や1番仲が良く、1番人気なペアは天才組になり、コラボ回数もいつの間にかいむしょーを超えた。それに伴って公式ペアは段々と解体していき、今となってはダイスナンバー順に分けられることが多くなった。最近のリスナーさんからしたら、いむしょーなんてマイナーペアかもしれない。
それでも、、
「でも、いむくんたちは悪くないよ。」
「えー?なんでよ。」
「んー…なんでも、かなぁ。」
あの日の大喧嘩で俺といむくんがすっかり仲違いしてしまったのかと言われたらそういう訳ではなかった。
俺たちがさめざめと眠った次の日、いむくんは朝早くに目の下は黒く、白目の部分は赤く充血させて俺たちの家を訪れた。
何事かと驚く俺たちを尻目に、突然土下座をしながら彼は謝った。
「ごめん、ごめんなさい…っ」
「2人を認めてあげられなくてごめんなさいッ」
「僕の、わがままでッ、ほんとにごめん……」
俺たちには2択を迫られているようで一択しか与えられていないことが明白だった。こんなに泣きじゃくる大切な相方を頭ごなしに拒絶することなんて出来るわけないのだから。
「…べ、別にええんよ!ありがとうな、、ほとけ。」
「ッだからそんなに泣くなって……」
俺の彼氏はどうにも彼の涙に弱いらしい。自分まで泣きそうになりながら、きっと涙を拭おうとしたのだろう。出しかけた手を中途半端にぶら下げている。
(あぁ、昨日の昼のこと気にしてるんやな。)
昨日あんな風に拒絶されて、気持ち悪いとまで面と向かって言われたというのに、涙ひとつで俺の彼氏、我ながらチョロ過ぎないかと心配になる。
未だに顔をあげないいむくんに、まろちゃんがいよいよ耐えきれなくなって
「俺の方こそ、ッごめんな、、、」
と恐る恐る手を伸ばした瞬間、いむくんがパッと顔をあげた。
「だから僕、いれいすを辞めようと思う。」
そう言った彼の目には輝きがなく、思わずゾクりと背筋が引き攣る。それと同時に窓の外で雷が光り、この異様な雰囲気と変にマッチしていて思わず息をのんだ。
「、、は?なんだよそれ…、それとこれとは関係ねぇだろ…。」
「関係あるよ。」
「それだけはダメやろッ、何言うとるん…」
「大丈夫、僕個人の活動もきっちり終わらせるつもりだから。」
「そういう問題じゃ、、っ!」
ついに泣き始めてしまったいふの顔をぼんやりと見つめながらここ数日は人の泣き顔ばかり見ているな、とどうでもいいことをふと思う。
一気に色んなことが起きすぎて、正直何も考えられない。大好きな恋人と大切な親友がお互い酷い顔をしながら言い合う姿をどこか他人事のように眺めていると、突然水色の濁った瞳がこちらを捉えた。
彼の綺麗な形をした口がなにか言いかけた瞬間ピンポーン…と随分間の抜けた音が家に響いた。
続けて「ほとけっち!いるの?初兎ちゃん!開けて!!」と焦った声がドアの外から聞こえてくる。
慌てて鍵を開けると息を切らした最年少がそこに立っていた。
「ハァッ、ハァ…、昨日心配だったから、家に泊めたのに、朝起きたらほとけっちがいなくて…」
「りうちゃん…?」
「!、ほとけっち!?」
「やっぱりここにいたんだ…よかった…」
肩で息を整えるりうらに、余程ほとけが心配だったことが伺えた。
「急にいなくなったら心配じゃん…!どこか行くなら言ってって言ったのに。」
「ごめんりうちゃん。どうしても2人と話をしたかったんだ。」
そう言ってもう一度視線をこちらに向けるほとけ。ゴロゴロと外では雷が遠くで音を立てている。
「初兎さんは、いふくんと僕、どっちを選ぶの?」
自嘲気味に笑いながら、まるで答えは最初から分かりきっているかのように問いかけるいむくん。
「、、へ?なんの話…?」
「あれ、初兎ちゃん聞いてなかったの?僕といふくんのやり取り。」
「いふくんと別れるか、僕がいれいすを辞めるか、初兎ちゃんならどっちを選ぶ?」
「ちょ、ほとけっち何言ってんの!?」
驚くりうらを横目に俺は自分でもびっくりするほどハッキリと言葉を口にした。
「俺は……」
結論から言えば、俺はまろちゃんを選んだ。いむくんもそれは最初から予想していたようで、特に驚くこともなく「だってよ、いふくん。」なんて笑いかけていた。
まろちゃんはすっかり意気消沈してしまったようで俯いて涙を流すだけだった。
周りの空気を読むことが上手いりうちゃんは、今までのやり取りを察したらしく、俺たちのことを思いっきり睨みつけ、
「最っ低……」
そう低く言い残していむくんを無理やり連れて帰った。その後どうやって説得したのかは知らないが、結局いむくんがグループ活動も個人活動も辞めるという話は未だに聞いていない。天才組が急激に仲良くなり始めたのも、俺と2人に大きな壁ができたのもこの出来事を境にしてだ。
この日のことは、ないちゃんと悠くんには秘密にするということがその場にいた4人の暗黙の了解となっているため、2人からしたら少し俺が可哀想に見えるのかもしれない。
「ふーん。ま、初兎ちゃんが気にしてないなら別に俺はなんも言わないけどさぁ…」
「ん、ないちゃんは俺に優しいよね」
「えー?だって初兎ちゃん悪くないじゃん。」
あの日からずっと俺たちの味方をしてくれているのは結局のところないちゃんだけだった。最初は1番警戒していた人が今では1番の味方だなんて人生何があるかわかったもんじゃない。
「あっそうだ!いふまろに話さなきゃいけないことあるんだった!」
「おぉ、いってら〜」
そういえば傍からみている分には、ないふは1年前から特に変わったようには見えないなと、何やら仕事の話真剣にをしている2人を見て思う。
愛しの恋人の、相も変わらず男前な横顔を眺めていて、ふと1年前の俯いた横顔が重なる。
あれ、、?
そういえばまろちゃんは、、
『初兎さんは、どっちを選ぶの?』
あの質問になんと答えたのだろう。
俺の思考を遮断するように外でピカリと稲妻が走った。なんだか不安になってしまうのは考えすぎなのだろうか。
「お?雷か。結構遠いなぁ~でも気をつけて帰るんやで」
優しい声で話しかけてくれた悠くんに、上手く返事ができずに、ぎこちなく首を縦に振るだけになってしまった。
「ただいまー…」
「疲れたぁ~、」
俺はあの日、まろちゃんとの何の変哲もない穏やかで愛のある生活を選んだはずだ。何にも変え難い友情を投げ打ってまで恋人との生活を守ったつもりだ。
だけど彼はどうなんだろう。もしかしたら、もしかして…そんな風に思わずにはいられない。
『初兎さん”は”、いふくんと僕、どっちを選ぶの?』少し不自然なあの問いかけ。
『だってよ、いふくん。』と言ったいむくんの意味ありげな微笑み。
あの日まろちゃんが顔をあげずにいたのは、俺と目を合わせられなかったから…?
「、、う!、しょう!」
「…あ」
「どうしたん?なんか暗い顔しとるけど…」
いつもなら優しく聞こえるこの声も、今は信じきることが出来ない。
聞いてはいけない。頭では分かっているはずなのにどうして口はこんなにも言うことを聞いてくれないのだろう。
「まろちゃん…、
俺といむくん、どっちを選ぶ?」
普段は眠そうにタレている彼の瞳が大きく開かれる。いつも静かに閉じている口角がひくついている。
「そ、れ…」
聴き心地のいいはずの声が掠れている。細くて長い指を強く握りしめるのを見た。
あぁダメだ。これ以上聞いちゃいけない。
どうしよう、やめてくれ。俺から幸せを奪うのは。信頼を壊すのは。ただ普通に、君のことが好きなだけなんや。
「俺は、、」
「っやめて!!、まって…」
俺はもう逃げるしかなかった。それでもいい。
それでもいいから、君をまだ好きでいさせて欲しい。
「まろちゃん、俺たち別々に暮らさん?」
「1回冷静になりたい…」
君が泣きそうな、今にも消えてしまいそうな声で「わかった。」と呟いた。
元々ここに住んでいたのは俺だったこともあり、いふが家を出ていくことに決定して3日。思ったよりも早く引っ越し先が決まったらしく、まだ心の準備は出来ていないというのに今日から別居生活が始まる。
お揃いのマグカップも、色違いの歯ブラシも、全部1人分になった家を眺めていると得体のしれない寂しさに襲われる。
「じゃ、そろそろ出るな」
「うん。」
「ちゃんと飯食うんやぞ。」
「うん。」
「俺一人で掃除できるんかなーw」
「…うん。」
「、、もしなんかあったらすぐに呼んでや」
「わかってる、まろちゃんもね。」
「おう、」
とうとう玄関まで来てしまった。いつまでも話している訳にはいかないのはわかってる。ガチャりとドアを開ける彼が、そのまま自分の知らないどこかへ行ってしまいそうに見えた。
空は怪しく雲が立ち込めている。
「今まで、ありがとうな…」
なんでそんな言い方するんだろう。それではまるでもう二度と会わない永遠のお別れみたいではないか。
ゴロゴロと、数十秒前光った雷の音が聞こえてきた。きっとこの雷みたいに、俺たちは距離と共に気持ちまでズレていってしまうんだろうなと、何となくそう思った。
《つづく》