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もんすたー
もんすたー
ald1
gw × xl
僕は、ただ見ているだけだ。
そう言い聞かせるのは、もう癖みたいなものだった。
観測。把握。確認。
仕事でも使う言葉だから、胸に落としやすい。
シンロンは、今日も同じ時間に大学を出た。
二十代前半。
歩幅は一定で、イヤホンは右耳だけ。
横断歩道では必ず白線の端に立つ。
知っていることが増えるほど、安心する。
彼が世界から急に消えないことを、
僕はこうして確認しているだけだ。
――それは、親切だろう?
僕は年上だ。
少しだけ社会に慣れていて、
少しだけ、危険の匂いを嗅ぎ分けられる。
だから、気づいてしまった。
彼の無防備さに。
夜道の選び方に。
誰かに声をかけられたときの、間の取り方に。
危ない。
誰かが、彼を壊す前に。
……いや。
壊す、という言葉が浮かぶのはおかしい。
僕は、守っている。
そうだ。守っているだけだ。
彼の住むアパートの前で立ち止まる。
今日は灯りがつくのが早い。
カーテン越しの影が、少し揺れた。
胸の奥が、きゅっと縮む。
誰か、いる?
思考が走る。
でも、すぐに打ち消す。
違う。
彼は一人だ。
だって、僕は知っている。
知りすぎている、という自覚はある。
でも、それは彼が悪い。
あまりにも、世界に対して無頓着で、
あまりにも、優しい顔をするから。
連絡先は、もう持っている。
偶然、という形で。
カフェで、隣の席だった。
彼が落としたペンを拾って、
名前を聞いて、
その流れで。
不自然じゃない。
誰だって、そうする。
最初のメッセージは、短くした。
「この前はありがとう。ペン、助かりました」
返信は、すぐ来た。
「こちらこそ! あの時はありがとうございました」
文末の感嘆符に、胸がざわついた。
喜んでいる。
僕との接触を、嫌がっていない。
――ほら。
拒絶されていない。
だから、問題ない。
やり取りは、少しずつ増えた。
でも、僕は踏み込まない。
彼の方から来るまで、待つ。
それが、礼儀だ。
なのに。
ある日、返信が遅れた。
既読はつく。
でも、言葉が返ってこない。
胸が、ひやりと冷える。
何があった?
誰と一緒にいる?
問いが、次々と浮かぶ。
スマホを伏せて、深呼吸する。
落ち着け。
彼には、彼の時間がある。
……分かっている。
分かっているのに、
頭の奥で、別の声が囁く。
君が見ていない時間に、何かが起きたら?
それは、想像だ。
証拠はない。
でも、危険は、証拠が出てからでは遅い。
僕は、彼の帰り道をなぞる。
足取りは、少し速い。
角を曲がると、
ちょうど彼が歩いていた。
一瞬、息が止まる。
偶然。
これは、偶然だ。
距離を保つ。
視線を落とす。
彼が振り返らないことを、
どこかで祈りながら。
信号で、彼が止まる。
白線の端。
――ほら、今日も同じ。
安心が、胸に広がる。
僕は、何もしていない。
ただ、確認しただけだ。
それなのに。
彼が、ふいに振り向いた。
目が合う。
時間が、引き延ばされる。
「あ……」
彼の声が、空気を震わせる。
「この前の……」
気づいていた?
いつから?
心臓が、耳元で鳴る。
「こんばんは」
声は、落ち着いていた。
少なくとも、そう聞こえたはずだ。
「偶然ですね」
本当だ。
偶然だ。
彼は、少しだけ首を傾げる。
「……そうですね」
その間が、怖い。
疑っている?
それとも、考えているだけ?
僕は、笑う。
一番、無害な笑い方で。
「帰り道、同じなんです」
嘘ではない。
目的地が同じ、とは言っていない。
「そうなんだ」
彼は、納得したように頷いた。
胸の奥が、ゆるむ。
――ほら。問題ない。
でも、その夜。
彼からのメッセージは、なかった。
翌日も。
その次の日も。
既読は、つかない。
不安が、形を持つ。
僕は、ただ、見ているだけなのに。
守ろうとしているだけなのに。
なのに、
なぜ、距離を取られる?
頭の中で、言葉が歪む。
誤解だ。
説明すれば、分かってくれる。
だって、僕は彼のことを知っている。
彼自身よりも。
――それは、愛だろう?
問いに、答えは返らない。
代わりに、
画面の向こうで、
彼の時間が、静かに進んでいく。
僕が見ていないところで。
胸の奥で、
何かが、音を立てて崩れ始めた。
それでも僕は、
こう思っている。
まだ、何も始まっていない。
だから、
まだ、間違っていない。
コメント
3件
読み終えました……、すごく引き込まれました。 「守っている」という言葉で自分を正当化しながら段々と制御が効かなくなっていく主人公の心理描写が、怖いのに目が離せなかったです。特に「知っていることが増えるほど安心する」のところ、本当に気持ち悪くてでもリアルで。シンロンくんが振り返った瞬間の「偶然ですね」の静かな不気味さ、ゾッとしました……! 続き、気になります……!