「副総長! 報告があります!」
ファナリアのエインデルブルグ、リージョンシーカー本部。
ピアーニャより留守を任されていたロンデルの元に、1人のシーカーが飛び込んできた。
「レウルーラの森に赤い光が!」
「何! まさか!」
以前にもあったグラウレスタの異変。森の赤い光が、再び姿を現した。
伝令としてやってきたニーニルのシーカーから詳細を聴き、一緒にやってきた受付嬢にシーカーを集めるよう指示を出した。さらに、
「この件は私も行きます。ニーニルの方からは、もしもの為に2人程足の速い者を選出するようバルドル組合長へ連絡を」
「はいっ!」
「それと、総長が今実家にいます。どなたかハウドラントへの連絡をお願いします」
それぞれに指示し、ロンデル自身も出る準備をし始める。赤い光が現れた時に、塔が巨大生物に襲撃されたのは記憶に新しい。
選ばれた腕利きのシーカー達も気合を入れ、本部のホールへと集合した。
(巨大生物と赤い光の因果関係、そしてレウルーラの森の謎。アリエッタさんの謎にも迫る事が出来るかもしれません……あの子の為にも、俺が絶対に手がかりを掴んでやる)
ホールに向かいながら、名前すらも無かった銀髪の少女の事を想う。幼い少女の悲しい過去の秘密を見つける為、シーカー達を率いてリージョンシーカーを発つのだった。
「行きますよ」
『おうっ!』
一方ハウドラントではランチタイムからしばらく経ち、のんびりと時間が流れる屋敷の庭に、少女の嬉しそうな声が響く。
「できた! みゅーぜ、できた!」(久しぶりにしては結構いい感じになったかも!)
絵の描かれた紙を持って、ミューゼ達の元へと小走りで駆け寄った。
「アリエッタちゃんが喋ったぁ!?」
「まぁ今のは名前と『できた』だけなのよ」
「うんうん、結構長い間頑張ったねー。どんなのを描いたのかなー?」
紙を受け取り頭を撫でる。すると、アリエッタは嬉しそうに目を細め、頬を染めた。
(褒められた……どうしてこんなに嬉しいんだろ。どうしてもニヤけてしまうっていうか……駄目だ幸せ過ぎて我慢出来ない!)
「撫でられてすっごく喜んでるよ。こっちまで嬉しく…パフィさん、凄くだらしない顔になってますよ?」
「そ、そんなこと無いのよ……んへへぇ♡」
その可愛らしさに、パフィの顔が顔面崩壊レベルで力が抜けている。
後ろや屋敷付近に控えているメイド達も、顔に出さないようにしているが、全身震えていたり、少し顔が紅くなっていたり、さらには一筋の鼻血を零す者もいた。
「よしよし……そんな笑顔になられると、変な気持ちになっちゃうわ♡」
「ミューゼ? 手を出すなら…私も一緒に──」
「いやそこは止めるべきでしょ!? いたいけな女の子に何しようとしているの!? あーもう、はやくソレ見せてください!」
不穏な空気を察し、慌てて話題を絵に戻すネフテリア。
「それじゃあ見てみますか」
受け取っただけで、まだ見ていない。どうせ驚くなら、パフィとネフテリアも巻き込んで一緒に驚こうという考えである。
「せーの」
掛け声をつけて、手に持った絵を広げた。そこに描かれていたのは、アリエッタが真剣に見ていた屋敷と庭。
薄い青空、影で模られた雲、綺麗に描かれた屋敷、そして雨と虹。それは水彩画のように優しく、鮮やかだった。
「はぁ~……凄い綺麗。あのお屋敷よね」
「こんな優しい絵は初めて見るのよ……ん?」
「………………」
「今回はミューゼが止まったのよ」
ミューゼは絵に魅入っている。
横からアリエッタが心配そうに服を引っ張った。
「みゅーぜ?」(もしかして、どこか失敗した?)
「はっ」
我に返ったミューゼが、絵とアリエッタを見比べる。そしてパフィに向き直り、
「どうしようパフィ。褒めたいのにどう言えばいいか分からない……」
「私も分からないのよ。こういう時は行動で示すのよ」
「そ、そうよね! アリエッタ!」
「はい!?」(なになに!? びっくりした!)
大声で声をかけられ、体を大きく震わせるアリエッタの頭を撫で、顔を近づけた。
(わ、また撫で…気持ちいい……ヤバイ、もっと撫でてほしい。凄く嬉しい♪)
一瞬動揺するが、幼い体は撫でられると幸せを感じてしまう。そしてその幸せは、アリエッタの思考を鈍らせるには十分だった。
その隙に、ミューゼは満面の笑顔に横から近づき、そのまま……
ちゅぅっ
「にへへ…………へっ?」(えっ?)
撫でられていい気分になっていたところに、突然の口づけ。何が起こったのか理解出来ず、アリエッタは硬直した。
「あっ、私もそのご褒美してあげたいのよ。こっちのほっぺ頂くのよ」
ちゅ~
(!?!?!?!?)
両方から抱き着かれ、頬にはやわらかい感触。
アリエッタは混乱した!
『キャーーーー!!』
ついにメイド達が感情をむき出しにする事態となった。ネフテリアも、驚いた顔で顔を赤くしているアリエッタに目が釘付けである。
「ひゃわっ!? みゅっ…!?」
「この子、こんな照れ方するんだ……慌ててる顔も可愛いわ……」
マトモな感想を漏らすネフテリアだが、近くにいるメイド達はちょっと違った。
「もう我慢できません、私ちょっとペロペロしてきます!」
「お待ちなさい! メイドとしての心得……くっ、私もうなじ吸引したい!」
数名のメイド達は秘めた欲望を爆発させ、理性を保っているメイドに止められている。話が聞こえたネフテリアは、気持ち悪そうにメイド達を見た。
(何この人達。お兄様と同類?)
しばらくの間、静かだった庭は騒然となる。そんな時だった。
「すみません! どなたか!」
ざわつく庭に響く男の声。メイドの1人が門に向かい、問いかけ、礼をして急いで屋敷に入っていった。
そして間もなく出てきたのは、ピアーニャ。
「どうした?」
「こちら、副総長からです」
「ふむ……」
ピアーニャが手紙を受け取り、目を通す。内容は、グラウレスタに赤い光が発生、アリエッタの関係性も考慮し、ロンデル自身も調査に向かうというもの。
少し考え、目の前の男に向き直る。
「ロンデルにまかせればダイジョウブだろう。なにかあったら、またレンラクをたのむ」
「はい!」
帰っていく男を見送り、屋敷に戻りながら、ピアーニャは内心毒づくのだった。
(こんなトキにあかいヒカリとか、めんどうなタイミングだな、まったく。なにかつかめるといいがな……)
時間がさらに経ち、空が暗くなってきた。
ハウドラントには太陽という物が無く、昼は空が明るいだけの状態になっている。夜になっても特に星などが見える事は無い。その代わりに──
「そろそろ時間ねー」
「何かあるんですか?」
「ふふっ。わたくしね、夜のハウドラントが大好きなのよ。ちょっと冷えるから、アリエッタちゃんに少し暖かい服を着せてあげるといいわ」
「分かったのよ。ちょっと上着持ってくるのよ」
アリエッタとピアーニャに上着を着せ、メイド達が庭に夕食の準備を始める。せっかく外で楽しんでいるから、野外でパーティをしようという、ワッツとルミルテの指示である。
「いや、だからな? なんでわちまで、おそろいのどうぶつポンチョなのだ!?」
「そりゃ可愛いからなのよ」
「アリエッタ喜ぶし」
「妹なんだから当然よね」
「くぉらぁっ!」
幼女2人が着せてもらったのは、うさぎのような長い耳と猫のような長いしっぽがついた、動物イメージのポンチョだった。その姿を見て、メイドの殆どが手を止め、表情を崩している。
「ぴあーにゃ~」(可愛いなぁ~。撫でてあげなきゃ)
「なでるなっ」
口先だけの拒否など、アリエッタに通じるわけがない。
撫でられ、手を繋がれ、庭の中を散歩する姿は、どこからどう見ても幼い仲良し姉妹だった。
「うおぉ…うちの娘が可愛すぎる!」
「うふふ♡」
「わっ、とーさま、かーさま! みるなー!」
「嫌よ。この目に焼き付けるわ」
ワッツとルミルテが外にやってきて、料理が運ばれてきた。パーティの始まりである。
雲の椅子に座り、食事と会話を楽しみ、ピアーニャが全員から可愛がられる。
「なんでわちが!?」
そうこうしているうちに暗くなり、ネフテリアが空を見上げた。
太陽がない為、星なども無いが、暗くなると同時に浮かび上がった小さな雲が、辺りを照らしている。
「そろそろですね」
「ん? ああ、そうですね。皆さんこれからがハウドラントの神秘の時間ですよ」
ルミルテが上を向き、つられてミューゼ達も上を向く。アリエッタもミューゼを見て上を向いた。
(上に何かあるの? 星とかないけど、何を見てるんだろう?)
「一体何が始まるんです?」
ミューゼが聞いたその時だった。
空の一点が輝き始め、その輝きが花のようにゆっくりと広がった。そのまま空一面を…世界をドームのように覆っていく。
「わぁ~~~」(すっごい! なんだこれ!)
「綺麗なのよ……」
「これがハウドラントの神秘……」
輝きは曲線を描き、ゆらゆらとゆらめき、地平の彼方へと降り続ける。その美しくも神秘的な光景は、アリエッタ達に感動を与えた。
途中、アリエッタが無意識にピアーニャの手を握り驚かれるが、口を開けながら目をキラキラさせているのを見て、ピアーニャも優しい目でアリエッタを見守った。
(これは…さすがにすぐに絵にする自信ないなぁ。CGとか無いし、手書きだと試行錯誤しないと。暇な時に何かしてみようかな……あれ?)
絵の事を考えながら空を見ていたら、一瞬違う動きをする赤い光が見えた気がした。
(気のせいかな? まぁこの現象も不思議だし、気にするほどでもないか)
アリエッタは気持ちを切り替え、空に広がるその光景を堪能するのだった。誰にも気づかれない赤い光が、背後に迫っている事も知らずに。
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