テラーノベル
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目が合った瞬間、わたしの世界はぐにゃりと曲がった。
あの日、血まみれの少女は笑っていた。壊れた世界の真ん中で、まるで愛を語るみたいに。
トガヒミコ。
転校生。クラスの誰よりも可愛くて、明るくて、どこかちょっとだけ変で。
「ねえ、あなたの血、すっごくカァイイ匂いするね!」
最初の言葉がそれだった。
わたしの名前は誰も覚えていない。地味で目立たなくて、「無個性」に近いような地味な“個性”。
だけどトガちゃんは、毎日のように声をかけてきて、勝手にお弁当を半分こしてきて、突然手を繋いでくるようになった。
「ねえねえ、今日も一緒に帰ろ?」
「最近さ、授業めんどいね〜。さぼっちゃう?」
「きみってさ、もっと怒っていいと思うな。誰も気づいてないだけで、きみ、すっごく綺麗な色してるんだよ?」
変な子だと思った。でも、嬉しかった。
わたしを見てくれる人なんて、誰もいなかったから。
ある日、校舎裏に呼び出された。
「ねえ、きみ。好きな人って、いる?」
唐突な問いに、口ごもる。
「……いない、かな」
「そっか。よかったー」
トガちゃんはくすっと笑って、鞄から小さなカッターを取り出した。
「きみのこと、もっと知りたいの。もっともっと、深く。ね?」
小さな傷を指先に作られて、少しだけ血が滲んだ。
けれど痛みよりも、彼女の目が怖かった。
真っ赤で、まっすぐで、何かを壊すために生きているようなそんな目。
「ねえ、血ってさ、すごいと思わない?ぜんぶ詰まってる。感情も、思い出も、名前も、きっと“好き”って気持ちも」
ぞくりとした。けれど、その手を振り払えなかった。
だんだんと、トガちゃんは壊れていった。
いや、元から壊れていたのかもしれない。
授業中に突然笑い出したり、先生の机に落書きをしたり。
クラスメイトを「きみの敵」と言って小突くようになった。
それでも、わたしだけには優しかった。
「大丈夫。わたしが全部、守ってあげる。世界なんて、壊れてもいいからさ」
いつの間にか、わたしも彼女の言葉にすがるようになった。
学校に居場所なんてなかった。家庭でも、無関心な両親に囲まれていた。
“わたしを選んでくれる誰か”なんて、ずっと、どこにもいなかった。
でも、トガちゃんは違った。
彼女だけが、わたしの“異常”を肯定してくれた。
ある日、失踪事件がニュースになった。
犠牲者の一人が、クラスの男子だった。
「ねえ、わたしがやったって思う?」
トガちゃんが笑った。唇の端が、少しだけ血で染まっていた。
「わたし、ね。きみのためなら何でもできるよ。……殺すのも、死ぬのも」
冗談に聞こえなかった。でも、怖くなかった。
「わたし、もう普通には戻れないと思う。けどそれでいいよね? だって、きみもこっちに来てくれるんでしょ?」
その日から、世界がひっくり返った。
誰かに好かれることが、こんなにも甘くて、狂っていて、愛しいなんて知らなかった。
わたしは笑った。血の匂いの中で。
壊れた放課後の教室で、彼女の手を強く握った。
「うん、いくよ。わたしも、壊れてあげる」
トガヒミコ。
わたしが生まれて初めて、心から「好き」だと思ったひと。
私たちの好きは、正しさなんてもう必要なかった。
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