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第8話
「あら、お休み」
今日も今日とてお気に入りのベーカリーにパンを買いに来たのだが、店の扉は固く閉じられ、表には『事情によりしばらく休業します』と書かれた張り紙がされていた。
誰か体調でも崩したのだろうか。そんなことを思いながらしょんぼりした足取りで寮に戻ろうとした時だ。
「じゃあ何だい!? おたくらは、うちの娘が何日も外泊して遊び歩くような、不良娘だと言いたいのかい!?」
「奥さん、落ち着いてください。我々はあくまでそういう可能性もあるのではないかと申し上げただけで」
「ふざけんじゃないよ!! うちの娘はそんな子じゃないんだから!!」
何やら言い争っているような声がする。声のした方に歩いて行くと、ベーカリーの裏口付近に出た。
見覚えのある婦人と、騎士団の甲冑を身に纏った者たちが向かい合っている。婦人の方はベーカリーを経営している家族の奥さんだ。傍らには憔悴した様子のご主人もいる。
マリカの姿が見当たらないが、どうかしたのだろうか。
「しかし、娘さんぐらいの年頃の子が数日帰ってこないからと言って、何か事件や事故に巻き込まれたとすぐに決めつけるのは早計ですよ」
「あのねえ、あの子は今まで親に何の言伝もなく外泊したことなんかないんだよ!」
「ですからほら、恋人と言いますか、ボーイフレンドなんかと遊びに行っていてそのうちふらっと帰ってきたなんていう話はよく……」
「こ、この……うちの娘を、マリカを侮辱する気かい!?」
婦人の顔が一気に紅潮し、騎士の一人に掴みかかる。
「あ、ちょっと!」
私は思わず間に入って、騎士から婦人を引きはがした。
「何だいあんたは……お嬢様?」
「す、すみません。何だか危ない雰囲気だったからつい……」
唐突な第三者の登場で少し頭が冷えたのか、婦人はひとまず矛を収める。騎士たちも軽く会釈をすると、「ではまた詳しいことが分かり次第お教えいたします」とだけ言って、その場を後にした。
はあ、と大きく息を吐いた婦人がその場にへたり込む。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ……すみませんね。お見苦しいところを……」
よろよろと立ち上がった婦人を支えて、ご主人の側まで連れていく。
「箱入りのお嬢様かと思ったら、案外力が強いんだね」
「え!? あはは、よく言われます……」
婦人の指摘に、私は笑ってごまかす。気になるのはマリカのことだ。
「あの、娘さんは」
そう言いかけたところで、婦人が私の肩をがっしりと掴んだ。驚いて彼女の顔を見返すと、婦人は真剣な表情で問いかけてくる。
「マリカを……娘をどこかで見かけませんでしたか?」
「え?」
「四日前、あたしと主人が芝居を観に行って帰ってきたら、家にいなかったんです。それから一度も帰ってきてなくて……」
「もしかしてさっきの騎士団の人たちは……」
私の言葉に、婦人は力なく頷いた。
「事の経緯を話してあの子を探してもらうようお願いしたんですが、あまり真面目に取り合ってもらえないんです。年頃の子が数日家を出て遊び歩いているなんて、そう珍しいことでもないからと……娘はそんな子じゃないと何度も言ってるのに……」
婦人の肩は震えている。
ふと、刑事時代に何人も出会った犯罪被害者やその家族の姿が、彼女に重なった。私はたまらず彼女を抱き寄せる。
「大丈夫ですよ。きっと見つかります」
根拠なんて何もない言葉だったけれど、その言葉には不思議な力があったらしい。私の胸の中で涙を零していた婦人は、顔を上げて私の目を見た後、小さく頷いてくれたのだった。