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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「っ………」

まぶたを開くと、何処か見た事のある天井が目に入った。

鼻腔びこうくすぐる薬品の匂いに、新鮮な空気。何処かで感じた事のある雰囲気。

思い当たったのは、探偵社の診療室だった。

目を動かす。

太宰が眠る寝台ベッドの周りをカーテンがおおっていた。

ドクンッ!

刹那、何も感じない空虚な感覚の中に何かが流れ込んでくる。


──悪ィな、太宰。


「中也ッ!!」

勢いよく太宰は躰を起こす。

太宰の脳裏で、あかい髪がなびいて揺らいだ。

中也かれの姿が視界に入らなかった。只それだけで太宰の心拍数は上がり、恐怖に震えが止まらなくなる。

「…っ……ちゅ…ぅ……や」

震えた躰を動かして、太宰は寝台から降りようとした。

けれど躰に上手く力が入らず、転げ落ちる。

「ゔッ!────っ、ぃた……」

ぶつかった処からジンジンと痛み襲い掛かるが、其れを堪えて太宰は躰を起こす。

探していた。

「ちゅ…う、や……」

今にも倒れそうな歩き方で太宰は寝台から離れる。

カーテンを開けた。

「──っ!太宰!?」

傷病録カルテを手に持った与謝野が驚いた表情で振り返る。

声圧に驚き、太宰はビクッと躰を揺らした。

そんな太宰に慌てた勢いで与謝野が駆け寄ってくる。

「躰の調子は大丈夫かい!?アンタが急に倒れたから皆心配してたんだよ!」

太宰の肩をガシッと掴み、異常がないか与謝野は調べていく。

太宰は目を見開いたままだった。

「みんな…?」

「ン?あぁ、そうだよ」

脳裏に疑問符を浮かべながら与謝野は云う。

太宰は息を吸った。

深く深く、そして震え乍ら。
















「──中也は• • •………?」




















「ッ!!」

与謝野は目を見開いた。脳が衝撃で揺れたかのように、瞳が小刻みに震えている。

「……な…………中原は…」

唇を微かに動かし乍ら与謝野は唇から言葉をこぼす。

然し与謝野の脳裏を横切ったのは昏々こんこんとした死の眠りについたあかい髪の小柄な青年であった。

込み上げてくる後悔を堪えるように、与謝野は唇を噛んだ。

太宰から顔を逸らし、表情を歪ませる。

其れが答えであった。

厭な予感が、太宰の脳にほとばしる。

判っていた。

さとっていた。

けれど太宰は────信じたくなかった• • • • • • • •

「っ…!」

太宰は診療室の扉の方へと走る。

「太宰!何処行く気だい!? 」

与謝野が叫ぶようにして止めようとした。 けれど其の声は太宰の耳に届かなかった。

太宰は大きな音を立てて、荒々しく扉を開ける。

「太宰さん…っ!?」

事務所に居た他の社員が目を丸くしながら太宰を見る。

そして安堵した。

「太宰さん目が覚めたんですね!」

「体調は大丈夫ですか!?」

「本当に目が覚めてよかったです!!」

賢治や谷崎、敦が太宰に駆け寄る。他の社員や事務員も太宰の意識が戻った事に喜び、太宰の方へと集まって行った。

然し太宰は──全員を押し退けて走り出した。

「えっ!太宰さん!?」

予想外の太宰の行動に全員が目を見開く。

探していた。

重い躰を動かし乍ら太宰は事務所の扉へと向かう。

刹那、誰かが太宰の腕を掴んだ。

「オイ太宰!」

国木田である。太宰の行動に国木田は心配と焦りを感じていた。

太宰の動きがようやく止まる。

然し、ボソリと何かを呟いた。

「…何だ? 」

国木田が聞き返す。

其の問いに、歪んだ顔で太宰は云った。




「中也は…?」




「っ!」

目を見開き、国木田は先刻の与謝野と同じ表情をした。

其れに太宰はグッと何かを堪えるように唇を固く閉ざす。

「それ、は……」

国木田の手な力が緩んだのに気付き、太宰は手を振り払って走り出そうとした。

然し其れを──


「其の行動に意味は無い」


乱歩の言葉が止めた。

太宰はゆっくりと顔を動かして、乱歩の方を見る。太宰の後を追って診療室から出てきた与謝野も、其れは他の社員も同じであった。

中央の机の前に乱歩は立っていた。

窓から差し込む日光によって影と重なり、乱歩の表情が見えずらい。

「太宰、お前が探している彼はもう居ない」

乱歩は淡々と言葉を放つ。

他の社員は悟り、視線を逸らした。

「中原中也は死んだ」

其の言葉に太宰は目を見開く。乱歩は拳を固く握っていて、其の腕は震えていた。

事実を教える為に、乱歩は全てを堪えた。

太宰に中也の死そのことを伝えるのに無慈悲さを感じるてしまう故に、誰もが其れを躊躇ためらっていた。

けれど乱歩は云ったのだ。

其れが事実であるから。

そして其の行動は優しさでもあった。

太宰は漸く全てに脳が追いつく。腰が抜けた。

「……っ、な……ん…で…………」

何かが込み上げてくる。

全てを吐き出した。咽喉のどが酷く痛んだ。

自分が泣き叫んでいたのだと、しばらく経ち声が出なくなった頃に太宰は気付いた。



























































***

葬式の当日。

ポートマフィアの首領・森鷗外の許可にって、武装探偵社社員、ポートマフィアのほとんどが参加した。

ある者は涙を流し、或る者は自身への怒りに震え、或る者は後悔に押しつぶされた。

そんな中、一人だけ笑っている者が居た。

白い菊に埋もれながらひつぎの中で眠る中也の側へと男は寄る。

しゃがみ込んだ。

「やァ、中也」

男の名は──太宰治。

太宰の目元は赤くれていて、頬には涙のあとができていた。

「これはまた凄いねぇ、私が駆けつけた時はあんなにボロボロだったのに……」

何処か明るい声で太宰は云い乍ら、中也の頬に触れる。酷く冷たかった。

哀愁が瞳に混ざり込む。

「とても綺麗じゃあないか……」

生前の苦しみと痛みが少しでも和らぐよう、感じさせないよう、中也の遺体には死化粧エンゼルメイクほどこされている。

太宰が云った通り、中也は白く綺麗な肌にさらりとした髪をしていた。

然し太宰の脳裏に浮かぶのは死の間際の中也の姿。骨は折れ、目は機能せず、口からは血があふれ出ている。

其の差を太宰は酷く感じ取った。

「あの怪我が嘘みたいだよ」

立ち上がって太宰はそう云う。

手に持っていた菊の花を中也の棺の中に投げた。花弁が舞う。

「本当──嘘だったら良かったのに……」

其の光景は見ていられるものではなかった。

彼の恋人が死んだのだから。

其れと同時に、自分達の大事な人間も死んだのだ。

其の場に居た全員が中也をいたみ涙を流す。

後悔、悲しみ、怒りの感情が渦巻く。会場は静まり返った。

「……ねぇ……………中也…?」

そして太宰は、一筋の涙をこぼした。







































































***

「太宰さん遅いですね……」

敦は太宰が普段使っている執務席を見ながら云った。

席には誰も座っていない。

何時もの遅刻、サボり。そう思いたい。

けれどもそうではない可能性だって存在するのだ。

「………あんな事があったからな」

眼鏡を掛け直し、顔をしかめながら国木田は呟くような小さな声で云う。

敦は其の言葉に顔を曇らせた。

五日前に、太宰の元相棒であり恋人である中原中也が死んだ。そして昨日、葬式が行われた。

自分がもっとこうしていれば──あの時、別の行動をとっていれば。

そんな後悔が、敦と国木田の脳に溢れ出す。

然し後悔したって意味がない。

もう過去には戻れないのだ。死者は生き返らないのだ。

其れを判っていても太宰のあの表情を見た敦達は、申し訳ない気持ちと太宰へ対する後悔が押し寄せる。

「……敦、太宰を起こしに行くぞ」

椅子から立ち上がり乍ら国木田が云った。

予定を軸に一日を過ごす国木田にとって、【太宰を起こしに行く】等書かれていないだろう。

けれど、国木田は自ら【理想】とは別の行動を取ろうとしているのだ。

其れに敦は目を見開き、そして国木田の優しさに口元をほころばせる。

「はい!」







































































***

敦と国木田が武装探偵社事務所から出て行くのを、乱歩は視線のみを動かして見ていた。

机に突っ伏している。

何時もならお菓子を食べたり電子盤ゲヱムをしている乱歩の姿はない。

只々、机に突っ伏しながらボーッとしていた。

其れを見かねた与謝野が乱歩に声をかける。

「乱歩さん、大丈夫かい?」

「ん、?あぁ…与謝野さん」

乱歩は与謝野の方へと視線を移し、少し躰を起こした。

然し憂鬱ゆううつな雰囲気をまとわせたままだった。

「別に、大丈夫だよ………」

アタシにはそう見えないけどねェ」

「…………、た」

ボソッと乱歩は呟く。

「ん?」

よす聞こえなかったのか、与謝野は首を傾げながら乱歩を見る。

与謝野に視線を移し、しばらく黙考した後、乱歩は口を開いた。

「僕の推理失態ミスの所為で素敵帽子君は死んだ」

絞り出すような声で乱歩が云う。

其れに与謝野は目を見開いた。脳裏に生のみちから落ちてしまったの中也が浮かぶ。

誰の手も届かない奈落へと中也は落ちてしまったのだ。

其処から与謝野は何度も引っ張り出そうとした。

然し間に合わなかった。何度も何度も繰り返しても、駄目なものは駄目なのである。

沈黙が広がった後、与謝野は唇を噛み、顔を歪ませた。

「乱歩さんの所為じゃないよ。アタシがもっと早く着いていれば助けられた……」

与謝野はそう云って、手を握りしめた。唇を固く閉ざしている。

「こんなんじゃあ……医者失格だねェ…」

其の言葉に、乱歩が目を見開く。

そして唇から零れ出たのは、乱歩自身でも予想外の言葉だった。

「違う。与謝野さんの所為じゃない」

こうなってしまっては、もう、止まれない。

「誰の所為でもないんだ」

絞り出すような声で乱歩は云った。

其の言葉は、乱歩が嫌いな言葉であった。

何もかもを見通す乱歩にとって、其の言葉は逃避でしかないのだ。

けれど、そう言い聞かせるしかない。

もう過去には戻れないのだから。

遺された人間が唯一できる戒めの言葉。

──誰の所為でもない。

全員が一つ一つの別の行動をとれば未来は変わっていた。中也は今も生きていた。

乱歩は其れを解っている。

──誰の所為でもない。

誰であっても、遺された者は其の言葉を胸に生きていくしかないのだ。

そう──誰の所為でもない





























































***

敦と国木田は太宰が使っている社員寮の部屋の前まで来た。

「太宰さーん、起きてくださーい!」

扉の前で敦が声を張りながら扉を叩く。

「貴様の非番は後三日後だぞ!」

理想と書かれた手帖てちょうを見ながら国木田が云った。

そんな国木田の発言に、敦は苦笑いをする。

敦は扉のドアノブに手をかけた。刹那、ガチャっと金属音が鳴り、扉が数センチ開く。

──鍵が掛かっていない。

其れに敦と国木田は気付いた瞬間、厭な予感に表情を強張らせる。

「っ!太宰さん!!」

荒い音を立てながら敦は勢い良く扉を開ける。

窓から差し込む日光が何かに重なり、てるてる坊主のような影を作っていた。

声ではなく、掠れた喘鳴のような──笛のような音が、敦と国木田の唇の隙間から溢れ出る。

太宰が首を吊っていた。

唐突な事に脳の処理が二人は追い付かない。

然し、暫くして国木田はハッと躰を揺るがし、

「敦!今直ぐ太宰を降ろせ!」

落ち着きのない声でそう云った。

国木田の言葉に敦は我に返り、「はい!」と恐怖と不安混じりの声で返事をする。

太宰の躰を敦は持ち上げ、ロープと首の隙間に手を入れて、太宰を下ろした。

畳の上に横にさせる。

「太宰さん!太宰さん!!」

「オイ太宰!しっかりしろ!」

国木田と敦が太宰の躰を揺らす。

「……ッ…ゔ……」

指先がピクリと動く。太宰の瞼がゆっくりと上がった。

「ぁ、れ……国… 木田君、に……敦、君……?」

ぼやける瞳を動かし、敦と国木田の顔を確認し乍ら太宰が云った。

生きている事に敦は安堵する。 然し国木田は違った。

「太宰ッッ!!」

太宰の胸ぐらを荒く掴む。

「何故、貴様は死のうとした!?」

国木田は声を荒げる。太宰の胸倉を掴む国木田の手の力が強くなっていった。

「く、国木田さんッ!落ち着いてください!!」

敦が急ぎながら止めに入る。

けれど国木田は怒りに打ち震えていた。 そんな国木田を太宰は虚んだ目で見る。

生を捨て去った億劫を宿す瞳。

「生きると言う選択を与えられたにも関わらず!!何故!貴様は死のうとするのだ!!?」

其の言葉に太宰は顔を歪ませる。 心の中で国木田の問いに対する答えを叫び続けていた。

そんなの判っている。

中也が皆を守る為にあの選択を行なった事を。

それでも、それでも…ッ!

やがて悔しさと後悔は怒りの感情に移り変わる。

「ッ──!」

太宰は歯を食い縛った。

何も答えない太宰に国木田は声を荒げる。

敦は止めようとした。止めないといけないと判っていた。

けれど太宰のあの表情が視界に入る度に、国木田の云っている言葉が“正しい”のだと感じてくるのだ。

太宰にとってはそうではないと、判っていながら。

何故、君達にそんな事を云われなくちゃならないんだ。

なぜ、なぜ、なぜ、何故、何故、何故、何故!何故!何故!?

如何してッ──

込み上げてくる怒りと衝動に、太宰は耐え切れなくなった。

「もう死なせてよ!!」

唐突に太宰が声を荒げる。

敦と国木田が目を見開いた。

「生きる意味も理由も!何をすれば良いかも判らなくなった!!全てを投げ捨てたい!だのに“人を助け”続けないといけない!!中也かれの傍にずっと居たかったのに!後を追う事も私は許されないのかい!?何故!?如何して!?は────」



「お前は!!」




太宰の胸倉を先刻よりも強く引っ張って、国木田は太宰の言葉を遮った。

予想外に太宰は目を見開く。

中原に何を云われた• • • • • • • • •!!?」

記憶が蘇る。

鉄錆の匂いと、唇に感じる柔らかな感触と共に、中原中也生きる意味を失った瞬間が。

──生きろよ。

其の言葉が脳内に響き、太宰は目をみはった。

そして顔を歪ませる。

「生きろよって……云われた…」

一寸ちょっとした揺らぎで消えてしまうかのような、儚く掠れた声で太宰は云う。

敦と国木田は其の言葉を聞いて、太宰と同じように顔を歪ませた。

込み上げてくるのは後悔と謝罪と哀しみ。

己の未熟さに敦はボロボロと涙をこぼす。

然し中也に“あの言葉”を云われたにも関わらず、死を求めた太宰に国木田は怒りを覚え、歯を食い縛った。

大切な存在を手に入れても、太宰の行動は変わらなかった。

只普段より何処か生を楽しんでいるように見え、“次”を求めているかのように過ごしていた。

太宰は変わらなかった。

自殺癖も死への愛に等しい感情も。仕事のサボりや遅刻も。

息をするように自殺を試み、敦や国木田に止められる毎日。

然し太宰は今、“本当の死”を求めている。

此の瞳とまとう雰囲気を見たら直ぐにだ。

国木田は其れが赦せなかった。

赦せなかった。

赦せなかったのだ。

然し如何しても込み上げてくるのは──矢張り後悔であった。

太宰の胸倉を掴む国木田の手の力が強くなる。

「なら…ッ」

声を絞り出すようにして、国木田は云った。





















「其れをお前の生きる理由にしろ…ッ!」




















「──ッ」

太宰が目を見開く。そして瞼を伏せ、掠れた声で云った。

「なんだい、それ……」

自嘲的な笑みを口元に浮かべている。

髪を握りしめた。

其の隙間から、哀愁を帯びた瞳と、涙の痕に掠れた肌が見える。

「そんなの……難しいにも程があるだろう…?」

心臓が締め付けられたかのようだった。

只の比喩表現にも過ぎないのに、本当に胸が苦しくなった。

何かが込み上げてくる。太宰は其れを飲み込んだ。

あぁ、本当に優しい……。

太宰は心の中でそう呟きながら、顔を俯ける。

優しすぎるよ…

死にたいのに……ッ





















此れじゃあ死ねないじゃないか………


















































***

「やァ、中也。恋人が君の誕生日を祝いに来てあげたよ、喜び給え」

そう云って、太宰は中也の墓石に葡萄酒ワインを置く。

「なんて……無理に決まっているのにね…」

哀愁によどんだ雰囲気が太宰を包み込む。

肌触りの良い草のカーペットに座り、太宰は中也の墓石にもたれかかった。

「真逆、君の歳を越す日がやってくるとはなぁ…」

クスクスと笑いながら、まるで其処に誰かがいるかのように太宰は言葉を発する。

「君、憶えているかい?私より誕生日が早いからって君が威張ってきた時……」

後ろを向いて唇を尖らせ乍ら太宰が云った。

「しょうもないけど中也に負けるのは厭だったなぁ、まぁ誕生日だけだけど…」

元の姿勢に戻り空を仰ぐ。

瞼をゆっくりと伏せた。

「此れで全部、私の勝ちだ…………」

口元に笑みを浮かべて太宰は云った。 然し其の言葉には哀愁が漂っている。

伏せた瞼を、ゆっくりと開けた。

「…………あーぁ、死にたいなぁ……」



















































***

「いやぁ、今年も沢山もらっちゃったなぁ……」

紙袋の中を私は覗き込む。

虎と兎のぬいぐるみに、ペンと手帖。花束にお菓子。野菜に日本酒。其の他にも沢山の贈り物を貰った。

そう──今日は私の誕生日。

と云っても、あと数時間までだけれど……。

社員寮で使っている自分の部屋の前へ着き、酒の酔いに浸りながら私はドアノブに手を掛けた。

「ただいま〜」

独り言を呟き乍ら扉を開ける。




──おかえり。




脳に、其の言葉が響いた。

「っ!」

私は瞬時に顔を上げる。然し其処には誰も居なかった。

重なるのは追憶。

そしてあの声も──只の記憶の欠片にすぎない。

「………君な訳ないか…」

掠れた声で私はそう云って、手に力を入れた。

靴を脱ぎ、部屋に這入はいる。

誕生日贈呈品プレゼントが入った紙袋を畳みの上に優しく置いた。

砂色の外套を脱いでハンガーに掛ける。息を吐いた。

「ん゙ッ────はぁ……疲れたなぁ」

背筋を伸ばし、息を吐き出し乍ら私は云う。

畳まずに出しっぱにした布団の上に、私は倒れ込むように寝転がった。

虚無感が全身を駆け巡り、精神的な疲れが躰を重くする。

“起き上がる”と云う考えが頭に浮かばなくなった。

もう此のまま寝ようと思い、瞼を伏せようとした瞬間──

右手に紙のようなカサついた感触が伝わった。

脳に疑問符を浮かべ乍ら私はソレを掴む。

躰を少し起こして視線を移した。

「っ!」

刹那、視界に入った其れに思わず私は声をこぼす。

ソレは封筒であった。

【太宰へ】と中也の文字で書かれている。

震える指を動かし乍ら、私は封筒の中から便箋を取り出した。

ありえない。

中也かれはもう死んだ。

手紙なんてくる筈が──




太宰へ。


此の手紙を手前が見てるって事は、俺が死んでる頃だろうな。


真逆とは思うが自殺はしようとしてねェだろうな?


ま、手前ならするか。


此の手紙は俺が死んでから太宰の誕生日の日に渡してくれと姐さん達に頼んだ。だから俺の命日は若しかしたらもっと前かもしンねェ。




ソレは──死んだ中也恋人からの手紙だった。

「──ちゅ…う、や……」

呼吸が震えているのが判った。

視界がぼやけていき、目元に違和感を感じる。

あふれ出ようとするソレを、私は襯衣シャツの袖でゴシゴシと拭った。




手前は知ってると思うが、いくら幹部になったとは云え、常に死と隣り合わせの生活だ。

若し俺が先に死んだら?


そう考えると、手前は絶対ぜってえあとを追ってくるだろうと俺は一番に考えた。


つーか、実際其の通りだろ?




「ははっ……正解だよ中也」

涙を拭い、込み上げる感情を堪え乍ら私は云う。

中原中也と云う存在が、傍に居るような感覚がした。




今日──手前の誕生日に手紙を送った理由は、手前を生かす為だ、太宰。


此の手紙が送られてきた日から、手前が百歳になるまで手紙を送り続ける。


俺の手紙を見たかったら精々、百まで生きやがれ。




「何だい其れ……人間の寿命は其処まで長くないよ… 」

口元にのみ私は笑みを浮かべる。

然し涙が頬を伝った。

あぁ、あぁ。

本当に何なんだい、君は?

名前と記憶のみを遺しても尚、私に生の路を突き進めと背中を押すのかい?

私が死にたい理由。

其の意思を君は少し和らげてくれた。

君自身も気付いていただろう?

だからずっと私の傍にいてくれた。

愛してくれたじゃないか。

だのに何故──





















誕生日おめでとう、太宰。





















「──ッ!!」

何かが壊れた。

何かが崩れた。

積み上げてきた物。重ねてきた物。

ボロボロと涙が溢れる。

何かを堪えるように、嗚咽混じりの声で私は涙を溢した。

脳に浮かぶのは中也の姿。

赭色の髪に特徴的な黒帽子。小柄な体躯たいくに青い瞳。

そして忘れる事のない君の声。

何時でも思い出すのは君の声だった。

だからこそ、
















もう一度──
















もう一度──



























『おかえり、太宰』



























中也……ッ










































「私はもう一度────君の声が聞きたい…」




僕の『救済のカタチ』

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コメント

27

ユーザー

うわぁッッ...太宰さんの悲しみも中也の優しさも......切ない...泣くよ、これは......お互いの事思ってる二人が最高過ぎる......

ユーザー

今回も最高だった!ほんとに毎回涙崩壊😭ストーリー最高すぎ! スイちゃんに恋しそう(キモ)

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