テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ロンドンに到着して数週間。
撮影は順調だった。
英語にも少しずつ慣れてきた。
スタッフも優しい。
街並みも綺麗だ。
だけど。
ホテルの部屋が静かすぎる。
「……疲れた」
思わず呟く。
誰も返事をしない。
当たり前だ。
ここは日本じゃないし、隣に仁人もいない。
仕事終わりに「疲れた」と言えば
「おつかれ」と返してくれる人が。
勇斗はベッドに倒れ込み、スマホを手に取る。
時差は8時間。
日本は朝方だろうか。
少し迷って、メッセージを送る。
『おはよう』
数分後、返信が来た。
『何時だと思ってる』
勇斗は吹き出した。
『起きてたの?』
『たまたま』
絶対嘘だ。
『通話できる?』
既読。
数秒。
さらに数秒。
『好きにしろ』
勇斗は笑った。
そしてビデオ通話ボタンを押した。
画面の向こうに眠そうな仁人が映る。
髪も少し乱れている。
「寝てたろ」
「寝てない」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「かわいい」
「切るぞ」
勇斗は笑った。
やっと。
本当にやっと肩の力が抜ける。
「で、そっちはどうよ」
仁人が訊く。
「忙しいよ」
「そうか」
「英語ばっかだし」
「そりゃそうだろ」
「…会いたい」
「俺も」
言った瞬間。
二人とも止まった。
数秒の沈黙。
「……」
「……」
先に我に返ったのは仁人だった。
「あ」
小さく声が漏れる。
「今のなし」
そして目を逸らした。
勇斗はしばらく何も言わなかった。
それからゆっくり顔を覆った。
「無理」
仁人はこう見えてかなりの寂しがり屋だ。
だから思わず本音が出てしまったんだろう。
「今のは無理」
なしになんて出来るはずがない。
「何だよ」
103
87
「仁人が可愛すぎる」
「マジで切るわ」
「ごめんって」
全然反省していなかった。
しばらくして通話が終わったあと、
仁人はスマホを机に置いた。
静かになる。
部屋には誰もいない、いつもの夜。
少しだけ苦しい。
ーー会いたい。
画面越しじゃなくて、今すぐ顔が見たい。
声が聞きたい。
触れたい。
そんなことを考えている自分に苦笑する。
12年片思いしていた頃は、こんな贅沢な願いを持つ資格なんてないと思っていたのに。
恋人になった途端欲張りになった。
「……厄介だな」
そう呟く口元は少しだけ笑っていた。
仁人との通話が終わったあと、
勇斗はしばらくスマホを見つめていた。
画面はもう真っ暗なのにさっきの声が頭から離れない。
『俺も』
反射的だった。
あれは絶対、考えて言った声じゃなかった。
だから余計に嬉しかった。
勇斗は思わず笑う。
「……頑張るか」
誰もいない部屋で呟いた。
コメント
1件
うわああこれ……めっちゃ刺さった。遠距離の始まりって、ああいう「静かな部屋」で実感するんだよな。勇斗が“疲れた”って呟いて誰も返さない、あのシーン、胸がぎゅっとなった。仁人の「俺も」、絶対本音だし、あの後の沈黙が甘くて切なくてやばい。「会いたい」って言える関係になれたからこその苦しさ、すごく伝わってきた。距離あるからこそ温かさが際立つ回だった。続き、気になる!