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「そうだ。母さん、最後に一つ教えてほしいんだけど。性経験のない人しか僕の結婚相手として認めないというのは結局どういうわけだったの?」 母の代わりに父が答えてくれた。
「過去に誰かと交際した経験があると、過去の男と比べて夫を物足りなく思うようになって不倫してしまうことになるからだそうだ。要は母さんが僕を裏切ったのはそういう経緯だったのだろうね」
「シン! なんであたしの顔を見るんだ? あたしが不倫したおまえの母親と同類だと言いたいのか!」
無意識のうちに萌さんの顔を見つめていたらしい。
「僕は萌さんしか女の人を知らないから萌さんを誰かと比べようがないけど、萌さんは僕の母みたいに山田康二と僕を比べて僕を物足りなく思う瞬間があったりするのかなって思って……」
「あるよ」
と即答されて、きゅうっと胸が苦しくなった。
「並んで歩いてるときにシンの顔があいつ並みにイケメンならなとか、いっしょにアスルヴェーラの試合を見たときもあいつならいつかフィールドの上に選手として立てるかもしれないなとか、ごめん、セックスしてるときあいつならもっとって想像したことも何度かある」
彼女の裏切りを追及したいが、涙をこらえるだけで精一杯、言葉は浮かんでは消え、僕の口から出てくることはなかった。
「でもそのたびに自分に言い聞かせるんだ。シンに捨てられたら今度こそあたしの人生は終わるって。あたしを幸せにしてくれるのはシンだけだって。シンの魅力に気づいた女があたし以外にいなくて本当によかったって……」
僕が泣く前に萌さんが泣き出した。僕は馬鹿だ。いくら雑に扱われたって、萌さんは三年間本気で山田康二を愛していたんだ。まだ別れて間もないのに、そんな簡単に吹っ切れるわけがないじゃないか。まだ吹っ切れてないから、吹っ切ろうと努力してくれている。その努力に僕がケチをつけるのは間違いだ。
泣いている萌さんを抱きしめているうちに、僕の涙腺も崩壊した。
「私もこの子みたいに努力すればよかったんだね……」
母がそうつぶやくのが聞こえた気がした。夫婦としては終わったけど、あなたの人生が終わったわけじゃない。あなたの人生に幸あれと僕は心の中でそっとつぶやいた。