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街中にアドベントの空気が満ち、行き交う人々の顔にも間もなくやってくる神の子の生誕を祝う日と家族が揃った家に美味しい料理やプレゼントで溢れかえるのを楽しみにする色が浮かび出した頃、ウーヴェは珍しく学会の後のパーティに顔を出していた。
特に人付き合いが苦手だったり嫌いだったりする訳ではないのだが、リオンと付き合いだしてからめっきり友人付き合いすら減っているウーヴェを見かねた大学時代の悪友達が問答無用でウーヴェを引っ張り出したのだ。
当初は乗り気ではなかった為に断りのメールを送信しようとした矢先、ある事件以来まったく顔を合わせることの無かった旧友から電話が入り、久しぶりに会いたいと伝えられたのだ。
その旧友とは大学時代に知り合い、互いに医者としての日々を送ってからも他の仲間達と共に顔を合わせていたのだが、共通の友人がアイガーで遭難し、その彼の恥ずかしいこと大暴露大会と化したお別れ会を開いてからは何故かどちらも互いに連絡を取り合うことを躊躇っていた為、何年ぶりになるのだろうと思わず感慨深い声を出してしまうほどだった。
そんな旧友と再会できるのであればあまり出席したいと思わないパーティにも顔を出すと返事をし、その日の夜会場であるホテルのロビーで待ち合わせ時間が来るのを待っていたのだった。
今夜パーティに参加する事を恋人であるリオンには伝えていたが、連日報道されていて世間の注目を浴びていた事件が解決をし、数日ぶりに帰宅したリオンの思考回路はどうやら動きを止めていたようで、パーティが美味しいのかだの睡眠が美味いのかだの、本能の命じるままの言葉が流れだしたため、とにかく少しでも早く寝ろとだけ伝えて通話を終えたのだ。
リオンのそんな様子から少しぐらい今夜は遅くなっても問題はないと判断をし、ならば今日は久しぶりに会う友人と長話をしようと決めた時、少し離れた場所から己を呼ぶ声が聞こえてきたことに気付き、顔を振り向けて懐かしい笑みを浮かべる友人を発見する。
「ルッツ…!」
「……久しぶり、だね、ウーヴェ。元気そうで良かった」
駆け寄ってきた男を笑みを浮かべて出迎えたウーヴェは、同じように笑顔で懐かしいと頷くマウリッツの手を取るとしっかりと握りしめ、伝えられない思いも伝えようとする。
共通の友人がアイガーで遭難して以来の再会だったため、話したいことはそれこそ山のようにあったし聞きたいこともそれ以上にあったが、何故かどちらからも口を開くことが出来ず、だからといって握った手を離すことも出来ずにいると、横合いから見つめ合ってどうしたという茶化す声が聞こえてくる。
「仲間内でも美人の二人が見つめ合ってたら誤解されるぜー?」
その陽気な声を発しているのが仲間内で常に何ごとも先頭に立って行動するカスパルだったため、マウリッツの手を離したウーヴェが咳払いをして拳を口元に宛う。
「どういう風に誤解するのか教えてくれないか、カール?」
「ん? リオンを捨ててルッツに乗り換えるのかとか、ルッツがついに生涯独身宣言を破棄するのかとかだな」
「……その手の冗談は好きじゃないから止めて欲しいな」
「分かってるって。……本当に久しぶりだな、ルッツ! やっと外に出る気になったか?」
カスパルが声の調子を変えてマウリッツの肩に腕を回して心底嬉しそうな顔になったためウーヴェもつられて笑みを浮かべ、本当に久しぶりに会えて嬉しいと素直な思いを口にする。
「うん、やっとね、前を見られるようになったかなって……」
今までならばここにいたにんじん色の髪の友人が永遠にいなくなった事実を受け入れるのに時間を要したが、ようやく前を見て外の世界に出られるようになったとはにかんだように笑みを浮かべつつベルトに通しているカラビナを指先で撫でるマウリッツにウーヴェが目を伏せるが、外の世界に出てこられるようになった友人に良かったともう一度伝えて頷くと、カスパルが二人の肩に腕を回して中に入ってゆっくりと話をしようと促し、その意見に二人も頷いて歩き出すのだった。
その夜は疲れから夢も見ない眠りに落ちていた筈のリオンだったが、夢か現実かは分からない不思議な感覚の中で髪を撫でられている事に気付き、軽く左右に首を振ってその手を振り切ろうとするが、額に濡れた感触を覚えて嫌々ながら目を開ける。
ぼんやりと霞む視界にまず飛び込んできたのはアルコールらしきものに浸りきっているターコイズ色の双眸で、額に感じた濡れた感触は恋人がしてくれる優しいキスだと気付いて寝惚け眼のまま腕を伸ばして白にも銀にも見える頭を抱き寄せる。
「……おか……り……」
「ああ。ただいま、リーオ」
寝惚け眼と掠れた声からかなり疲れている事を伝えてしまうリオンだったが、どうやら酔いが回っているらしいウーヴェにはそれが通じなかったのか、体重をかけてリオンの身体をシーツに沈ませてくる。
「……酒くせぇ」
「うん? ああ、かなり飲んだからな」
ウーヴェの背中に腕を回して満足の吐息を零すが、ウーヴェの身体から漂ってくる酒の匂いに思わず顔を顰めたリオンは、かなり飲んだと聞かされて喉の奥でくぐもった声を発する。
「どれだけ飲んだんだよ」
「どれぐらいだったかな……」
自分で覚えているのはワインを二本と後はバーボンを飲んでいたが、ルッツやカールが調子に乗ってどんどんと注いできた為に正確な酒の量は覚えていないと返されて絶句する。
体格とは無関係にアルコールには強く、またアルコールを分解する能力も高いからか、殆ど二日酔いになる事は無かったウーヴェがかなり飲んだ酒の量を想像するだけで目眩を覚えそうになる。
「飲み過ぎだろ、オーヴェ」
リオンがウーヴェの酒量を心配するもう一つの理由は酒が進むときは心底楽しんでいる時であり、そんな楽しい時間を過ごしているウーヴェは酒を飲むことに集中するあまりにちゃんとしたものを食べない事が多かった。
ただでさえ食が細いとリオンが散々言い放ってようやく食べるようになったが、それでもまだリオンからすれば考えられないほどの食事の量だった為、今日も何も食べずに飲んできたのかと声を低くすると、しばらく沈黙が流れた後にウーヴェがリオンの首筋に顔を寄せて耳朶に酒臭い息を吹き掛ける。
「……ちゃんと食べたぞ」
「酒を飲みたいのも分かるけど、少しは食ってからにしろよ」
「食べたと言っただろ?」
心配しなくてもちゃんとビュッフェ形式の食事を済ませたとさすがにムッとした顔でリオンを見下ろしたウーヴェは、青い瞳にまだ疑念が浮かんでいる事を知ると無言で肩を竦め、再度首筋に顔を寄せて耳朶をぺろりと舐める。
「くすぐってぇ!」
「うるさい」
「うるさいじゃねぇって……!」
この酔っ払いがと一声吼えたリオンが身体を起こそうとするが、酔っ払い特有なのかどこからそんな力が出てくるのか教えて欲しい程のそれで押さえつけられて目を白黒させてしまう。
「オーヴェ、マジくすぐってぇって……!」
「いつもお前が言うようにちゃんと食べてから飲んだぞ」
「分かったって……なあ、オーヴェ、そんなに飲んだってことはさ、何かすげー嬉しい事でもあったのか?」
ウーヴェの酔い方が尋常ではない事とそれに比例するようにか浮かべている表情が明るく楽しかった時を過ごしたことを教えてくれているように豊かだった為、頭だけを擡げて問いかけるとウーヴェの頭が小さく上下に揺れ、額をリオンの額に重ねてくる。
「……うん」
「ふぅん。何があったんだ?」
今日は確かパーティに出るからとか言っていなかったかと何時間か前の出来事を思い出しながら小さく笑うと、ルッツと本当に久しぶりに会って話が出来たことが嬉しかったと返されてルッツとオウム返しに呟く。
「マウリッツだ」
「あー、あの美人さん?」
「男だぞ、美人とか言うな」
数時間前にももう一人の友人に同じことを言われたと苦笑しリオンの肩に額を重ねたウーヴェがアルコールの成分を感じさせない声音で彼がずっと悩んでいたことを教えられたと伝えると、リオンがウーヴェの後頭部に手を宛がって軽く引き寄せる。
「そっか」
「…………ずっと……イェニーが好きだったそうだ」
「……そっか」
イェニーことオイゲンの仲間内でのお別れ会を行った夜、いつもならば酔いつぶれることなどないマウリッツが立って歩けない程酔っていたことを思い出し、その夜の言動も何処かいつもと違っていたことも思い出したウーヴェは、マウリッツが生涯独身でいることを宣言していた理由と大学で出会った時からずっと思い続けていたことも教えられたとリオンの素肌に伝えると、後頭部に宛がわれていた手が優しく髪を撫でてくれる。
その優しさに口が軽くなったらしいウーヴェが、オイゲンがウーヴェに対して友人以上の思いを抱いていたことを学生の頃から気付いていたのならば教えてくれても良かったと、何も知らないで笑っていた自分がひどく滑稽で情けなく思えてくるとも伝えると、気付かなくても仕方がないとマウリッツと同じ言葉をリオンが告げる。
「……ダンケ、リオン」
「マウリッツはさ、外に出てくるようになったんだろ?」
「やっと出て来られるようになったと教えてくれた」
「オーヴェの友達だもんなぁ」
だから例えどれだけ傷付こうが心が折れようがいつか必ず前を見て立ち上がって歩き出すと、己の恋人とその友人達がしなやかな強い心の持ち主であることを誇りに思う顔でリオンが告げて笑うとウーヴェも嬉しそうに口角を持ち上げる。
「ああ。また以前のように定期的に会おうとも言ってくれた。俺が気付かなかったことについても総て許してくれた」
己の友人自慢ではないがそれが本当に嬉しいんだと笑うウーヴェの顔が本当に幸せそうで、見ているリオンも嬉しくなってくる。
「良かったなぁ、オーヴェ」
「ああ」
そんな事があったのなら酒を飲み過ぎたとしても仕方がないと片目を閉じて飲み過ぎを肯定したリオンだったが、笑みを浮かべながら己の肩に身を寄せるウーヴェの手がもぞもぞと動いていることを察し、どうしたんだと目で疑問を投げ掛けるものの己の身体で回答を導き出してしまう。
「ちょ、オーヴェ、何処に手を突っ込んでんだ!?」
「うん?」
「うん? じゃねぇって……!」
リオンがもぞもぞと身を捩る上ではウーヴェが嬉しそうな顔のまま首筋に三度顔を寄せて耳朶を舐めつつ下着の中に手を差し入れてやんわりと握った為、睡魔を完全に吹っ飛ばしたリオンが素っ頓狂な声を挙げてウーヴェの動きを止めさせようとする。
「オーヴェ、止めろって!」
今日は疲れているのだからそんな元気はないと、いつもならばウーヴェがにべもなく言い放ったり懇願したりする言葉をリオンが口にするが、これもまたいつもとは逆にウーヴェがそれがどうしたと言い放ってリオンを絶句させる。
「だーかーらー、止めろって言ってンだろ、この酔っ払い!」
「誰が酔っ払いなんだ?」
「オーヴェ以外にいるかよ!」
俺は疲れて帰ってきてぐっすりと眠っていた為にアルコール類は一滴も飲んでいないと吼えるリオンの頬にキスをし、夜も遅いからあまり大声を出すなとウーヴェが窘める。
「ご近所さんは下の階だけだから全然問題はねぇ! ちょ、だから、マジでやめ……っ!」
獣よろしく吼えるリオンにうるさいと言い放つが早いかその口をキスで封じたウーヴェは、目を白黒させる恋人に至近距離で笑いかけつつスーツのジャケットを脱いでいくが、大人しくなったのを見計らって身体を起こすと、枕に頬を押しつけたリオンが悔しそうな顔できつく目を閉じていた。
「……リーオ」
「…………んだよ」
快感を堪えている横顔を見下ろしながら名を呼んでこちらを向いてくれと先程とは打って変わった優しい声で囁くと、剣呑な光を帯びた青い瞳がじろりと見上げてくる。
「今、自分でもおかしいぐらい、お前を抱きたいんだ、リーオ」
どうしても抑えることの出来ない欲求があることを同じ男ならば分かってくれないだろうかと、己の心身の変調を訴えるウーヴェにリオンが盛大な溜息を吐くと同時にウーヴェの前に胡座を掻いて座り込み、ガリガリと頭を掻きむしる。
「仕方ねぇなぁ」
男女であれ本能の欲求に囚われてしまうとなかなか抑えられないことを経験上よく知るリオンは、仕方がないと溜息を吐いて気分を切り替えると、今度は自らウーヴェにキスをし、ネクタイのノットに指をかけて緩めていく。
「……良いのか?」
「んな顔で誘われたら断れねぇだろ?」
明日は休みだしお前の気が済むまで抱けばいいと笑うとウーヴェの口元にも太い笑みが浮かび、リオンの手がシャツを脱がしネクタイを外していくのを感じながら再度リオンの下着の中に手を差し入れる。
「……オーヴェが、さ、……」
時々信じられないぐらい積極的になってくれるのが嬉しいと笑うリオンだったが、不意に何かを思い出したのかウーヴェの服を脱がせる手を止めたかと思うと、少しだけ待ってくれと切羽詰まった声でウーヴェに待ったを掛ける。
「リーオ?」
「……悪ぃ、ちょっと待ってくれよ、オーヴェ」
下着の中で自在に動き快感を与え続け植え付ける手を掴んで引き抜き、大切なことを思い出したと伝えると、ウーヴェの目があからさまな不満を宿らせて光を放ったため、ダーリンお願いだから少し待ってくれと囁いて頬にキスをし、しなければならない事を囁けばウーヴェの目が軽く見開かれた後、渋々感を隠しもしないで頷かれて胸を撫で下ろす。
「お楽しみは少しだけ先延ばし。すぐ戻って来るから待っててくれよ」
不満を押し殺しつつベッドに横臥するウーヴェの背中にキスをし、もう一度待っていてくれダーリンと囁いてそそくさとベッドから降り立ったリオンがそのままトイレに駆け込んでいく。
トイレでは滑稽だが大切な作業をリオンが鼻歌交じりに行い、いつももっと今日ほど積極的だと本当に嬉しいのになぁと日頃の不満を鼻歌に乗せて呟いた後、ホテルのスウィート並の広さを誇る洗面台に手をついて鏡の中の己に笑いかけ、雄の顔になったウーヴェも惚れ惚れとしてしまうと笑って頬を一つ叩いて浮かれ気分でバスルームを出て行く。
「お待たせー、オーヴェ……?」
心身ともに臨戦態勢に入りました、お待たせしましたーと出てきたリオンが目にしたのは、キングサイズのベッドの中央で珍しく大の字になって眠っているウーヴェの姿だった。
「オーヴェ!?」
ちょっと待ってくれ、冗談じゃない、このやる気になった俺の身体をどうしてくれるんだと心の底から焦りながらベッドに飛び乗り、完全に眠り込んでしまっているウーヴェの肩を揺さぶり頬を軽く叩いてみるが、ウーヴェの口からは穏やかな心地よさそうな寝息だけが流れ出していて。
「…………オーヴェのくそったれー!!!」
呼べど叫べど顔を叩こうとも目を覚まさないウーヴェを眼光だけで殺せそうな強さで睨み付けたリオンは、たった今鼻歌交じりに出てきたバスルームに引き返し、暫くして出てきた時には完全に目が据わって口がへの字に曲がっていた。
せっかくやる気になった身体を鎮める為の行為はただただ虚しくて、疲労困憊の身体に精神的ダメージも加わって身体の芯に鉛をぶち込まれたような重さを感じて重苦しい溜息を吐いたリオンは、幸せそうな顔で眠るウーヴェをもう一度睨み付けると、腹癒せとばかりにベッドの上に放り出していたネクタイでウーヴェの両手を軽く結びつけ、乱暴にコンフォーターと毛布の中に潜り込むが、やはりいくら腹を立てていても布団も掛けずにそのまま眠らせる訳にも行かない為、眠っている身体を何とか布団の中に押し込むとウーヴェに背中を向けて眠りに落ちるのだった。
一晩中何やら苦しい夢を見ていた様な気持ちで目を覚ましたウーヴェは、瞬きを繰り返して霞む視界をクリアにした後、時間を確かめる為に寝返りを打って時計を手元に引き寄せようとするが何故か手が自由にならない事に気付き、何度も何度も目を瞬かせながら己の両手首を戒めているネクタイを無言で見つめる。
何故ネクタイが己の両手首に巻き付けられているのだろうか。
自分で自分の手首にネクタイを巻くことなど出来ないしまたそんな覚えもない為、これをしたのが背中を向けて眠っているリオンだと気付き、この事態の説明を求める為に再度寝返りを打って広い背中を拳で突くと、不満そうな声が身体の向こうから聞こえてくる。
「リオン、リーオ」
おはようといつものように声を掛けたウーヴェだが、いつもと違って地の底を這うような唸り声が聞こえて来なかった為に今日は機嫌が良いのかと苦笑しかけるが、肩越しに振り返ったリオンの青い瞳が剣呑な光を湛えていることに気付いて半笑いの表情で身体を強張らせてしまう。
「リ、オン……?」
「………………」
肩越しに不機嫌な顔で睨まれている理由が分からずに夢見が悪かったのかと呟くウーヴェを尚も睨み付けたリオンは、両手首が縛られている為に身動きが取りにくいウーヴェに向き直る為に寝返りを打ち、己が昨夜結んだネクタイの端を引っ張って身体を引き寄せるもののただ無言で見つめるだけだった。
「お、はよ、う、リオン」
「…………セアブス」
「あ、ああ、うん、おはよう。なあ、リーオ、これを解いてくれないか?」
ようやく挨拶を交わすことが出来てホッとしたウーヴェが問いを発すると、リオンが起き上がって髪を掻きむしった後にネクタイを乱暴な手付きで解いて後ろに放り出す。
「ありがとう」
「…………腹減った」
「あ、ああ。すぐに朝食を作るから待ってくれ」
「…………うん」
寝起きの不機嫌さとは全く違うそれに気付いたウーヴェが恐る恐るその理由を問いかけるが返ってくるのは湿り気を帯びた睨みだけで言葉となっては出て来なかった為、もしかして昨日自分は何かしたのかと問いかけると、盛大な溜息が二人の間にこぼれ落ちる。
リオンにしてみれば何かをしたというよりは何もしなかったことについて盛大にむくれている為、そうじゃないと首を左右に振って間違っていることを伝えるが、ちらりと見たウーヴェの顔が心底困惑していてどうか答えを教えて欲しいと言っているように感じてしまえばむくれているのもバカらしくなってくる。
だからそのバカらしさを解消する為にもう一度溜息を吐くが、それにも敏感に反応するウーヴェを人差し指で手招きし、近づいて来た困惑を浮かべていても端正な顔に小さな音と共にキスをするが、やはり昨夜のあのむなしさや疲労感を味わわせたくて、ウーヴェの表情が少しだけ明るくなったのを見計らうと同時にベッドに押し倒すと、ターコイズ色の瞳が瞠られるのを細めた視界で見下ろす。
「リオン?」
「……昨日はさ、マウリッツや兄貴と一緒に飲んで随分と楽しかったんだよなぁ、オーヴェ?」
「……飲み過ぎた、のは……」
反省していると口の中で言い訳を繰り返すウーヴェにキスをし、俺の不機嫌の理由を教えてやると一声吼えたリオンは、驚くウーヴェをいとも容易く抑え込むと笑みを浮かべつつ下着の中に手を差し入れる。
「……っ! こら、リーオ! やめ……!」
「……昨日は俺がずーっと止めろって言っても止めなかったくせに、トイレから戻ってきたらイビキかいて寝てた!」
そんなのあんまりだと泣きべそをかいているふりをしつつも下着の中で手を動かすリオンにウーヴェが目を白黒させ、まるで昨夜の光景が立場を入れ替えた形で繰り広げられる。
「リオン、頼む、止めてくれ……っ!」
「俺もずーっと止めろって言ってたのにさぁ」
自分でもおかしいぐらいお前を抱きたいって言って誘ったくせに、臨戦態勢になったまま残された時のむなしさや疲労感を味わえと吼えてウーヴェの首筋に顔を寄せると、本当に昨日の事は悪かった頼むから許してくれとウーヴェの悲鳴が響く。
「リーオ!」
「分かったか、オーヴェ」
昨日何があったのかではなく何も無かったから膨れていることを伝えたリオンにウーヴェが目尻を赤く染めつつ頷いて起き上がる。
「昨日はホント珍しいぐらい酔っ払ってたよなぁ」
「ああ、うん、そうだな…」
自分でもどうやって帰ってきたのかすら覚えていないと情けない顔で告白するウーヴェなど滅多に拝めるものでも無いため、その顔を見ることが出来た事実にリオンの顔がやに下がりそうになる。
四角四面ではないがそれでも几帳面で人に対して迷惑をかけることなどあり得ないと思われているウーヴェだが、時々こんな風に羽目を外してしまうこともあると気付いたのはこの広い家で二人で暮らすようになってからだった。
それに昨夜自ら告白したように疎遠になりつつあった旧友と再会し、また以前のような交流を持てるようになった事が本当に嬉しかったのだろうと察したリオンは、そんな情けない顔をするなと恋人を励ましつつもう一度キスをし、ものすごく美味しい朝飯を食わせてくれたら昨日のことはチャラにしてやっても良いと片目を閉じる。
「そうか?」
「うん、そう。あ、でも、昨日はマジすげー悔しかったし腹が立ったから、朝飯だけじゃ物足りないなぁ」
いつもならば調子に乗るなと頭を叩かれそうな事を言い放つリオンにウーヴェが苦笑するだけに止めた為、獲物に狙いを定めた獣の顔で今夜を楽しみにしていろと笑うと、精一杯の虚勢なのかそれとも条件反射なのか、似たり寄ったりの表情でウーヴェも楽しみにしていると頷く。
「じゃあその前に、とっておきの朝飯食わせて欲しいな、ダーリン」
「そうだな……チーズオムレツはどうだ?」
「最高! ゼンメルにベーコンとチーズを載せて焼いて……」
昨夜から続く不機嫌さをすっかり吹き飛ばしたリオンがウーヴェの腰に腕を回し、これから食べることの出来る朝食について持てる限りの想像力を発揮すると、そんなリオンにこれもまた持てるだけの力で絶品朝食を作ってやると宣言したウーヴェが答え、二人並んでベッドルームを出て行くのだった。
その夜、リオンが自ら宣言したとおりに手加減を一切加えずに欲求のままにウーヴェを抱いたが、もちろんウーヴェもただ大人しくされるがままである筈もなかった為、いつも以上に密度の濃い空気がベッドルームに満ちるのだった。