テラーノベル
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頭に残る鈍痛、見知らぬ団地の一室、そして初対面の少女。
ある日記に残された平凡を装った(仮)27日以上(仮)の監禁生活、その追憶だ。
「団地C棟、少女誘拐事件」
5月16日(木)
机の引き出しにあったノートを使わせてもらっている。日付は部屋にあったカレンダーから。
澄治 瑠花、16歳、高校生。これだけは書いておかないと後のことが恐ろしかった。
おそらく、私はどこかに連れ去られたのだろう。見知らぬ部屋と頭に残る鈍痛がその証拠だ。
ドアは開かなかった。ベランダも、出れはするが高くてとてもじゃないが降りれそうにない。
いつか助けは来るのだろうか。だが、ひとまずは共にいた女の子のケアを優先しようと思う。
5月17日(金)
不安なのか、共にいた女の子は酷く怯えて泣きじゃくっている。
あたりまえだ。8、9歳ほどの女の子が知らない人と同じ部屋で閉じ込められているんだ。
どうすれば泣き止んでもらえるかな。年下の子供とちゃんと関わるのなんていつぶりだろう。
小学生以来かもしれない。マニュアルでもあればいいのに。
5月18日(土)
今日の午後あたり、やっと警戒を解いてもらえて名前を聞くことができた。
ジングウジ セラギと言うらしい。漢字はわからないらしい。
神宮寺、神宮司? セラギはひらがなのままの可能性もある。とにかく、少しは進んだ。
明日、もう少し詳しいことが聞けないか試してみようと思う。
5月19日(日)
8歳の女の子、学校の帰り道に「君の母親が病気で入院しているから会ってほしい」と言われ、まんまと騙されてしまったらしい。
母親を話題に出されてしまえば仕方ないか、と思う。この年の子なんだから、親の交友関係だって知らないだろうし。
まぁでも、気の毒だと思う。早く助けが来て、あの子のお母さんに会えたらいいな。
5月20日(月)
セラギちゃんが心を開いてくれるようになってきた。もちろん、まだ完全にという訳じゃないけど。
「お姉ちゃん」って呼んでくれるのは、なんだか妹ができたみたいで可愛かった。
そんなこと言ってる場合じゃないって言うのはわかってる。早くここから出て、そんな呑気な話ができるようになればいいのに。
5月21日(火)
私やセラギちゃんを監禁した犯人はどこに行ったのだろう。
殴られた恨みがあるから、会って話をしたいと言うのもある。だがそれよりも、毎朝玄関先に置かれるビニール袋が気になった。
食料と暇つぶし用のカードゲームやスケッチブック、クレヨンなどが入ったビニール袋。
まさか、永住させる気じゃないだろうな。冗談じゃない。
5月22日(水)
ここでのルーティンが決まりつつある。あの子より早く起きて朝ごはんを作るって言うの。
どこから金が出てくるのか、冷蔵庫は空になる気配すらない。
セラギちゃんはたまに早起きしてベランダで外を眺めている。
「外に出て走りたい」と言っていた。育ち盛りで、まだ外が大好きな年ごろだ。
そんな子を部屋に閉じ込める、と言うのは中々酷じゃないか。犯人はきっと自己中心的なんだろうな。
5月23日(木)
昨日は気づいていなかったが、どうやら既に1週間がたっていたらしい。
それに5月も中旬だ。7日以上経過したとしても、支給される品に変わりはないし、状況が変わるようなことも無い。
それどころか近くでパトカーの音が聞こえたことはない。聞こえるのは風の音だけだ。
周りに人がいる気もしないし、もしかして人の少ない団地とかだったり? だとすると、それなりに絶望的ではないのか。
5月24日(金)
学校の無い日常がここまで暇だとは思わなかった。
きっと一人でいたら既に精神を病んでいたかもしれないくらいには。
知識に触れる機会がぐんと減ってしまった。体も少しだけなまってきたような気がする。
どうしようかな、このままじゃ日常に復帰しても学力が低下したままだ。
明日から別のノートでも探してみようか。同じものが2個もあるはずないのはわかっているけどね。
5月25日(土)
セラギちゃんが自分から話してくれるようになってきた。大分警戒が解けてきたんだろう。
スケッチブックに描かれた気ままな線を見ると、同級生を思い出す。
絵を描くのが好きな子。幼馴染で、私に振り回されてくれた子。探してくれてるのかな。
私のいない日常に慣れていないといいな。
5月26日(日)
ノートのページを一部切ったせいだろう。ページ数が少なくなってきている。
セラギちゃんが「日記を書きたい、マネをしたい」と言ってくれたのが原因かもしれない。
紙が尽きてしまえば、私が一人でできる暇つぶしはほとんど無くなってしまう。
どうしようか、セラギちゃんと相談してみようか。
5月27日(月)
今朝のビニール袋に、新しいノートが入っていた。
今使っているノートよりもページ数が多い、ついでにシャーペンの芯も補給されていた。
これは使えそうだ。足りないものは言えば、書けば? 補給される。
でも、これって日記が見られているってことだよな。どうしようか、おそらく助けを求めようとしていることがバレてしまっている。
5月28日(火)
同じ問題の繰り返しだ。思い出せる数式のレパートリーが少なすぎる。
図形を書こうにも定規が無いし、まずまず社会や理科は復習すらできていない。
そういえば、ノートが無いと日記に書いていたら新しいノートが支給されたな。
今度、教科書でもねだってみようか。ついでに、聞きたいこともあるし、ノートを切らせてもらおう。
5月29日(水)
セラギちゃんと一緒に絵を描いた。
思った以上にうまく描けないものだと思った。美術とか、復習しなくても生きていけると思っていたから。
美術の教科書とかねだってみる? いや、必要ないか。
そんなすぐ上達するものでも無いだろうし。それに、セラギちゃんが楽しそうならいいんだ。
5月30日(木)
一昨日、紙切れに「あなたが払える金額の上限はいくらですか?」とだけ書いて玄関に置いていた。
その返事は高そうな文房具たちだった。レシートには32000円を超えた金額が書かれていた。
多分、上限を示すためだろう。紙で書けばいいのに。跡を残したくないのだろうか。
監禁しておいて、どの口が。
5月31日(金)
セラギちゃんが、最近またベランダに出るようになった。
朝、昼、夜。全部の時間に。風は涼しい。でも少しだけジメジメしていた。
そう言えば、そろそろ梅雨の時期に入るんだ。
もうそんなに経ってしまったのか。いつ助けは来るのだろうか。
6月1日(土)
もう6月に入ってしまった。
この生活はいつまで続くのだろうか。不自由が無いのが、逆に恐ろしい。
いつまでもここにいろ、と言われている気がして。
本当に、冗談じゃない。出してほしい。
私じゃなくても、セラギちゃんだけでもいいから。
6月2日(日)
セラギちゃんが、あまり遊ばなくなった。
最近はもっぱらベランダにばかり出るようになった。
「帰りたい、お母さんに会いたい、声が聞きたい」とばかり呟いている。
8歳の子供には、10以上親と隔離されるのが堪えるんだろう。あたりまえだよな。
私には、彼女の頭を撫でてあげることしかできない。
苦しい。
6月3日(月)
最近、セラギちゃんの様子が少しおかしい。
ご飯を食べようとしない。ストレスのせいで、食が細くなったのだろうか。
もしかして病気? 風邪になったとか、ありえるかもしれない。
すぐにでも病院に行けたらいいのに。どうしてかドアは開いてくれない。
イライラする。今すぐにでも蹴破ってやりたい。
6月4日(火)
セラギちゃんが熱心に文字を書いていた。
聞けば「母親に届けるため、恥ずかしいから見ないでほしい」とのことだった。
母親が恋しいんだ。ストレスから鬱になった可能性も考えた。
もしかしたら、それが一番あっているのかも? 早く助けてあげたい。
でも、私では力不足。もどかしい。
6月5日(水)
セラギちゃんが、とうとう寝込むようになった。
最近、暗いことしか言ってくれなくなった。不安な気持ちがまた、押し寄せてくるんだと。
初めてこの部屋に来た日のように。
頭を撫でて、手を握ってあげて、子守唄を歌ってあげる。
セラギちゃんは本当に何も食べなくなってしまった。しばらく日記を書く暇はないかもしれない。
セラギちゃんの看病をしようと思う。夜更かしして私まで体調を崩せば元も子もないから。
6月10日(月)
(震える字)
セラギちゃんが死んだ。
6月11日(火)
まだ手が震えている。
ソファーで寝ているだけだと思っていた。そんな、こんなことになるなんて思ってなかったから。
どうすればいいだろう。あの子の家族にはなんて説明すればいいんだろう。
私はこのまま生きていてもいいのだろうか。あの子はきっと衰弱死だ。
なにか、なんでもいいから食べさせるべきだったんだ。なんて、今更じゃ、頭が足りない。
こういうとき、ちゃんとした大人ならどうしたんだろう。こんなところじゃ誰も教えてくれない。
助けてほしい、私を。生きることを諦めたっていいから。あの子への償いをどうすればいいかだけでも。
6月14日(木)
しばらく吐いて、寝込んで、軽く何かを食べての繰り返しだった。
口に入る食べ物全てに味がついていなかった。まずかった。
6月16日(土)
何もする気が起きない。でも、この日記だけは途切れても書き続けないと。
私が無くなってしまう気がした。無くなってもいいのかな。
この命を、今も必要としてくれる人はいるのだろうか。だって、だれも助けてなんて
(ここから先は黒く塗りつぶされている)
6月22日(日)
最近、外が何やら騒がしい。騒音が耳障りでしばらく眠れていない。
でも、微かにパトカーの音が聞こえている。
助かる? 助かってもいいのか、私が。助かるべきはあの子じゃなかったのか。
どうしてあの子は死んで、私は生きながらえているんだ。
生きて帰ったとして、私はこの出来事をどう飲み込んで生きろと言うんだ。
今更なんて、全部全部遅すぎるって言うのに。
6月 日( )
(乱れた文字、おそらく殴り書き)
ドアをたたく音がきこえる。だれかのはなしごえも。
だれかはわからないけど、でも、これがもし助けだとしたら。
だれかがやっと、助けてくれるのなら
(ここから先は書かれていない
その後、少女は警察に保護された旨の報道がされた
亡くなったもう一人の少女の遺体は、葬儀を経て埋葬された)
イメージソング:暮しガスメータ
コメント
1件
読了。日記形式の淡々とした文体で、セラギちゃんが少しずつ元気を失っていくのが本当に辛かった…。特に「セラギちゃんが死んだ」の一文、日付の開きと震える字で伝わる絶望感がえぐい。瑠花が生き残った罪悪感に押し潰されそうになるラストも重い。第1話でここまで持っていく構成、すごいわ。続き気になる。