「桐谷レオ」は母親と二人暮らしの一軒家で、ただ一人リビングのダイニングテーブルに座り、じっと入学式の時に撮った、一年生の集合写真を眺めていた
片付けが出来ていない乱雑に物が、あちこちに置かれたリビング、洗い物が溜まったキッチン・・・
カレンダーにはレオのサッカー教室の日程と、宅配食材(コープ)さんの置き配達時間が、びっしり書き込まれている
シングルマザーのレオの母親は、カリスマ美容師でいつも忙しく、レオにかまっていられない
それでもレオのサッカーの試合だけは、仕事を抜け出して見に来てくれる
レオは母親に褒められたくて、毎日必死でサッカーの練習に励む
母の職業柄、乱雑にテーブルに積み上げられた美容雑誌、ファッション雑誌をパラパラと開く、そこに載っているメンズモデルと集合写真の明を見比べる
綺麗にセットされた豊かな黒い髪・・・大きくて茶色い瞳、一流ブランドのキッズスーツを身にまとい
明は一年生の集合写真のど真ん中に、魅力的に微笑んで載っていた、まるで明だけがファッション雑誌から抜け出てきたようだ
レオはその写真を毎日眺めている母は「成宮明」は西日本一の、成宮牧場の「御曹司」だと言った
そして入学式に参加していた、明の両親も母ちゃんのいつも見ている、雑誌から抜け出て来たような理想の両親だった
実はレオは入学式の時の席は明の隣だった、その綺麗なクラスメイトに柄にもなく、レオはひと目見てドキドキした
そして自分達の担任が男か女か知ってるか?と、ドキドキしながらも明に声をかけたのはレオの方だった
しかし明はレオを無視した、ずっと下を向いてレオの方を見なかった
入学式が終わって教室に入っても、明はレオの方を見向きもしなかった
それからも何度かレオと明は目が合った、気のせいか明がレオを見ているような気がしていた、それでもやっぱり明はレオに話しかけてこなかった
短縮授業が終わり毎日学校に通う頃には、すっかりレオは明が大嫌いになっていた
自分の事をレオやその同級生のような人間より、上等だと思っている人物・・・それが成宮明だ
アイツは俺達をバカにしている
しばらくして頼りない担任がアイツは、ゆっくりしゃべるからみんなに聞いてほしいと言った
どこぞの貴公子かよっっ、とレオは反吐が出た
ただ単にアイツは俺達を見下しているだけだ、その証拠にアイツは女の子としかしゃべらない
女の子達とは普通にしゃべっているが、慇懃無礼でどことなくいつも上の空、ひとりだけ別世界にいるような顔をしている
あんな目障りなヤツは学校に来ない方がいい
「気に入らねぇヤツ・・・・ 」
レオはテーブルに置いてあった、母が朝食に用意したクリームパンを握り潰した
ある日の朝明が鼻歌を歌いながら、1年2組の教室に入った
今日は野々村さん達もいなくて、内心明はホッとした、彼女達はたしかに好きだが、たまには独りにもなりたい
教室に入ると何かいつもと違う不穏な雰囲気を、感じ取ったが最初は何かわからなかった
吃音症の明は内向的な性格をしているため、その場の雰囲気や人の表情を読み取る、感受性の強い性格をしている
明はランドセルを机に置き蓋をあけた
一時間目は社会だ、社会は好きだ、地図や世の中の人々の暮らし、明のまだ見ぬ世界を教えてくれる
近藤先生は少しオドオドして先生らしくないけど、良い先生だ
全ての教科書を引き出しに詰め終わった後、ランドセルをロッカーに置きに行こうと持ち上げた
ドキンッ
その時明の机に走り書きされた文字が、目に飛び込んで来た
「オカマ」
「ヘタレ」
「学校にくんな」
明の喉に苦いものがこみあげた、目の前が赤くなる、彼は歯ぎしりをし唇を引き結んだ
こんな風に怒りに駆られた時、あるいは混乱した時、完全に言葉を失ってしまう
どれだけ努力しても言葉は出てくれない、舌が麻痺する、不安が彼を襲った
今まで明と接した北斗と直哉以外の大人は、最初は明が普通に返すものと思って話しかける
そして明がなんとか必死に言葉を絞り出そうと、した時はすでにガッカリして明の元を去って行く
『あの子は吃音持ちだから・・・』
『きっと知能指数が足りないのだよ』
『母親が捨てていったのも無理がない』
自分を見くびっている大人ほど、本人にわからないと思って、傷つくことを平気で言う
自分はバカではない、言葉が少し出しにくいだけだ、それをわからせてくれたのは北斗だった
―胸をはれ!アホ、お前は誰にも劣っていない―
教室の隅でクスクス笑っている、三人男子グループがいた
あいつらがきっと犯人だ、キッとそいつらを睨む
こんなことをして、僕が泣くとでも思ったら大間違いだ!
吃音症を克服した、強くて勇敢な北斗に誓った、何があっても自分は学ぶことをやめない
明は大きく息を吸って気持ちを落ち着かせた
手洗い場に行って雑巾を濡らしてきて、自分の机を拭いた
幸い書かれていたのは黒板用のチョークだったので、心無い落書きはすぐに消えた
明は雑巾をもどしに、三人の男子グループの前を通る時に彼らを睨んだ、彼らはまだニヤニヤ笑っている
「こんなことをしたのは誰だ」
と叫びたいのに喉がふさがる、心臓が痛いほど激しく打つ
・・・くそったれ・・・
明は直哉が酒に酔って時々吐く、罵詈雑言を心の中で叫んだ
たとえ自分が口達者だとしても、あんなヤツら誰が口をきいてやるもんか
明はこんなこと何でもないふりをして、いつものように授業を受けた
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