テラーノベル
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side mio
DVDを休憩なしで見終えたころ、時計は14時を指していた。胸の奥にはまだ熱が残り、鼓動もどこか落ち着かない。
(……まだ打ち合わせ中かな)
迷いながらもスマホを手に取り、LINEを開く。
——送信文面。
おしごとおつかれさまです
Atlantisぜんぶ見ました!
思ったことがたくさんあって……レポート、紙にまとめたほうがいいですか?
送信を終えると、ふっと息が抜けた。
真夏の陽射しが一番強い時間帯だけど、買い物の支度をはじめる。
玄関を開けた瞬間、熱気が肌を刺す。
けれど、彼に感想を伝えられた安堵と、あの歌声の余韻が背中を押して——足取りは軽やかに弾んでいた。
side mtk
打ち合わせが終わり、時計は15時を少し前に指していた。次は生配信を控えたスタジオへ移動。
マネージャーが運転席に座り、助手席には涼ちゃん。僕と若井は後部座席に並んで腰を下ろす。
シートベルトを締めた瞬間、ふとスマホを開く。
画面には14時ごろに届いた彼女からのメッセージ。
名前を見ただけで、自然と口元が緩んだ。
——Atlantisを見てくれたらしい。
短い文面なのに、映像を夢中で見ている彼女の姿がありありと浮かんで、胸の奥がじんわり温かくなる。
指先が迷うことなく動いた。
レポートは、今度会った時に僕に直接話して。
その方がきっと嬉しいし、楽しみにしてる。
送信を終えて画面を閉じる。
窓の外に流れていく真夏の街並みを、ぼんやりと眺めながら——気づけば頬がゆるんでいた。
彼女からすぐ返事がきた。
——たのしみにしててくださいね。
今から少し、配信します。
「移動中だから、みるね」
そう返した。
しばらくして通知が鳴る。
タイトルは《おはなし》。
イヤホンを片耳に差し、画面を開いた。
白を基調とした背景の真ん中には、Rivaをモチーフにした小さなデフォルメのイラスト。
「こんにちは……」
落ち着いた声。けれど少し緊張が混じっていて、それだけで胸の奥がじんわり熱くなる。
彼女は続けて、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「みんな、この前は……歌い逃げしてごめんね。びっくりしたでしょ」
笑ってみせるが、声は少しかすれていた。
「一ヶ月くらい配信が空いた理由とか、今日はちゃんと話したくて。
——全部、疲れちゃったの。もういいやって思って……人生で初めて“やめる!”って言って仕事を辞めちゃったの」
画面の向こうでコメントが一斉に流れる。
“え!?まじで?”
“リヴァちゃん無理してたんだね”
“生きててよかった……”
「そこからずっと、パソコンとベッドの往復。ひとりでぼーっとゲームして、寝て、起きて。……そんな毎日だったの」
苦笑するように告げ、一瞬間を置いてから声を落とす。
「このまま死んじゃってもいいや、って思ったこともあった。でも……歌いたいって思うきっかけができて。だから、また少しずつ配信するから。みんな、よかったら見にきてね」
——歌いたいきっかけ。
僕のことだろうか。
胸が熱くなり、思わずスマホを強く握りしめた。
“リヴァ〜〜〜”
“戻ってきてくれてありがとう!”
“歌、まってる!”
「あとね……今ニートだから。あはは、仕事も探さないと」
照れ隠しみたいに笑う声が、イヤホン越しに耳へ響く。
“仕事探さなくていいよ!”
“もうストリーマーで生きて!”
“養いたいw”
彼女は「え〜無理だよ〜」と笑いながら、コメントひとつひとつに応えていく。
少し間を置いて、真剣な声に変わった。
「……今までは、本当に自分の好きな曲ばかり歌ってたでしょ。
でもこれからは、リクエストも募集するから。
みんなコメントで教えてほしいの。
歌いたいのと、もっと音楽に触れたいって思ったから」
コメント欄が一気にざわつく。
“りゔぁちゃんの歌いたい曲だけで十分幸せ!”
“ミセス歌ってほしい!”
“大森さんのソロ曲もぜひ!”
“リクエスト100個出すぞw”
「みんなすごいなぁ……ちゃんと見てるからね」
ガサゴソと物を置く音、弦を鳴らすチューニング、マウスのクリック音。
そして——静かに息を吸い込む気配。
「1曲夏歌、うたうね。
私はこの曲、夏の歌だと思ってるんだけど……みんな許してね。
HYDEさんで、evergreen」
囁くような声のあと、旋律が広がった。
透明な歌声に胸を射抜かれ、僕はただ、世界が止まったように耳を傾けていた。
若井が声をかけてきた。
相当、僕が真剣にスマホを見つめていたからだろう。
「……もとき、なに見てんの?」
一瞬迷ったが、隠す必要もない。
「えっ、Rivaさんの配信」
若井の眉が跳ね上がる。
「え、いま配信してたの?!スピーカーにして!!」
急かされてイヤホンを外し、スピーカーに切り替える。
ちょうど歌はサビに差しかかっていた。
車内いっぱいに広がる、彼女の澄んだ声。
若井が思わず笑いながら口を開く。
「またこりゃ……しっぶい歌歌うなぁ」
助手席の涼ちゃんも振り返り、うんうんと頷く。
「ほんとだね……雰囲気、やばい」
僕は何も言えず、ただ黙ってその歌声に聴き入っていた。
歌が終わった。
スピーカーから余韻の音が消え、画面のコメント欄はお祭り騒ぎになっている。
“最高すぎた”
“何回きいても泣ける”
“鳥肌やばい!”
色とりどりの言葉が流れ続けるなか、彼女が小さく息をついた。
「……みんな、ありがとう〜。じゃあ今日はここまで。またね〜」
軽やかな声とともに、配信は静かに幕を閉じる。
画面が暗転し、車内には再びエンジン音だけが残った。
けれどさっきまで響いていた歌声の余韻は、しっかり胸の奥に焼きついて離れない。
若井が前を向いたまま鼻で笑う。
「……なぁ、やっぱすげーな、あの子。センス渋すぎる」
助手席の涼ちゃんもうんうんと頷く。
「ほんとに、すごいよね」
僕はスマホを閉じ、窓の外を見やりながら、ただ黙って笑っていた。
side mio
配信が終わる。
「ふぅ……」と一息ついた瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。
——また歌いたいと思えたのは、彼のおかげ。
一歩踏み出そうと思えたのも、彼のおかげ。
時計を見ると、16時半を過ぎていた。
生放送は18時半。あと二時間。
「……もう一本、見ちゃおうかな」
ケースから次のDVDを手に取る。
けれど、その前に。
スマホを開いてメッセージを打ち込んだ。
——配信終わりました!
見られてたかもと思うと、ちょっと恥ずかしいです……。
送信ボタンを押すと、胸がまた跳ねる。
けれどすぐに、再び画面へと釘付けになる。
時計は18時。
DVDを途中で止めて、ふぅと息をつく。
その時、スマホに通知。
——「配信前だよ〜」と、もときさんからの自撮り。
かっちりとしたスーツにメガネ姿。
「……かっこいい」
思わず声に出てしまい、慌てて返信を打つ。
——すみません、またDVD見てました。
かっこいいです、、
絶対、配信見ますね。
送信を終えると、胸の鼓動はさらに早まる。
18時半を前に、ミセスの公式チャンネルを登録し、待機画面を開いた。
そして始まる生配信。
画面の向こうに、さっきまでDVDで見ていた若井さん、藤澤さん、そして彼が並んで手を振っている。
「……ほんとに、生放送なんだ」
その現実に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
配信内容は、これからの展望と、活動10周年を祝うもの。
流れ続けるコメントを目で追いながら、私はただ——彼の一瞬一瞬を、焼きつけるように見つめていた。
配信が終わっても、彼にはまだ仕事が残っているらしい。
終わったあと、他愛もないLINEを何度かやりとりして。
少し甘い気持ちのまま、眠りについた。
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