それから4日が経った。ある程度の身だしなみを整え、全く似合わない雰囲気のカフェに一人で入っていく。
「えーと..すいません、いちごタルト一つ。」
店員さんが笑いを堪えるように肩を震わせ注文を聴き去っていく。この時点で既に帰りたい。女子高生やママ友の集いが座って写真を撮って食べる中、俺だけ1人。唯一の男。早く食うだけ食って帰りたいと思っていたのだが、ふと窓の外を見ると最悪なタイミングで多木と目が合った。
多木(お前何やってんのこんなとこで)
そう思っているに違いない。俺は前世で国を消したりでもしたのだろうか?
甘ったるいタルトに舌鼓を打てる訳もなく、一瞬で頬張り会計し店を出る。大体有名なものなんていつもこうだ。一定の著名人のちょっとした一言で有名になる。それに釣られどんどん雪だるま方式で客が増える。実際の味はそこら辺のケーキ店の誕生日ケーキの方が美味しいレベル。一切れの甘味に700円も払って食べるなんて馬鹿らしくないのだろうか。そう思いながら店を出て待ち構える多木と相対する。
多木「..で?何で一人でこんな店に居るんですかね。」
そう詰められる。どうせ隠していてもコイツがより一層面倒くさくなるだけだ。事の経緯を全て話す。
多木「なんだそんなことで..てか会ったのこの前が初めてだろ?お熱くて羨ましいね笑」
茶化す多木の頭に手刀を振り落とす。イテッと声を漏らす多木を無視して話に入る。
「んで、この後その写真やら感想やら届けに行くんだよ。面倒くさいけどよ。」
そうため息を付く俺を見てまた多木は笑う。
多木「そうは言うけどよ、お前あの時より大分明るい顔してんぜ今。」
多木の言うあの日とは恐らく今から三年前。俺が中学2年の頃、イジメが多発していた。あの頃は慣れていたものの今考えると酷いものだった。机は落書きで埋められ、帰り道はエアガンで顔を撃たれ目が悪くなったりもした。そのせいもあってか当時の俺はほとんど何も喋らない。人形同然だった。そんな性格が少しづつ代わってきたのがある日の放課後。教室の窓側で数人の不良に詰められ俺はただ下を俯いていた。確か…2階のここから飛び降りろと言われた。抵抗は出来ないのにやりたくない、矛盾した俺の行動を楽しむように、アンコールを始めた。ベランダに手をかけ、無表情のまま構える。が飛びたくなかった。すると忘れ物を取りに来た多木が教室へ飛び込む。その時はまだ面識もほとんどなかった。当時のコイツはバスケ部のエースでいわゆる綺麗な陽キャであった。が多木は空気の読めない男。不良の中へ入り込んでいく。
多木「あれ?コイツうちのクラスの..確か香坂だったか?何してんだよベランダで。」
不良が俺から多木を離す。
不良「おいおい多木、無視しとけよ。今おもしれぇ事してんだ。こっからコイツ飛びたがっててよ。な?香坂。」
分かってるよなと言わんばかりの圧を込めた汚い顔面を俺に向ける。黙り込んでいた俺に舌打ちする。だがそこで何を血迷ったか多木が、
多木「んじゃ俺が飛ぶわ。それなら文句ねぇだろ?こっから飛ぶなら俺でもいいだろ?」
不良の…は?という声が出る寸前になんと多木は飛んだ。たまたまだが風の吹き荒れる校舎の窓から、地面へ飛び込む感じで。地面に多木が叩きつけられる。不良が慌てる。2階と言えど侮れない。現に着地した多木も少しの間痛そうな素振りをして立たない。
不良「お、おいどうすんだよ..」
互いに責任を押し付け合いながら、何も知らんと言うばかりに教室から出ていく。その時俺に残った感情は、助けられたという感謝のようなよく分からない気持ち。そしてコイツは狂っているのか、という呆れと少しの恐ろしさ。だが地面から多木が大声でこちらへ叫ぶ。
多木「俺はよぉ、大丈夫だから!!早くカバン持って降りてこい!帰るぞ!!」
言われるがままにカバンを持ち下へ降りる。
多木「ったくよ。なんであんなつまんねぇことするんだろな?」
そう俺に聞くが俺は顔も見れなかった。だが気付けばこう聞いていた。
「..さっき、さ。なんで助けてくれたんだ?」
豆鉄砲を食らったように一瞬固まり、馬鹿みたいに笑い出す。
多木「別に俺は助けたつもりなんてねぇよ。と前が困ってるように見えたし、今ここで飛んだらアイツら笑うんじゃねえかって。けどなんなんだよあいつら。笑うどころか無視して帰りやがったんだぜ?」
あまりにも真っ直ぐで馬鹿な答えを聞いた俺は、その時数年ぶりに笑い出す。そのまま俺が支える形で帰る。その翌日からいじめが無くなった。よほど懲りたらしい。
ここまでなら美談で済んだはずだった。いじめを助けられた無口な青年と、その恩人から始まる友情。そうはならなかった。
翌日多木はギプスを巻き登校する。鳥みたいに喚く女子を鬱陶しく追い払い椅子へ座る。
本人からは聞かなかったが、多木は足を悪くした。着地した部分が悪かった。無論バスケ部のエースと言う称号は消えてなくなった。それでも尚アイツは俺と馬鹿な話をして過ごす日々だった。今となっては馬鹿まっしぐらだが。まぁ、要するに俺にとってコイツは親友ではない。恩人だ。一応切ろうと思えばいつでも縁を切れるはず。けど俺はしない。どちらにせよこれ以上関わりを無くしたら晴れて..いや曇って卒業まで孤独だろう。結局居なきゃ困るのだが。んで話は目の前の馬鹿に戻る。
多木「んで?今から八草にお見舞い、と。」
「別にそういうんじゃねえよ。」
軽く話してから別れ病院へ向かう。
「にしても..遅くなっちまったなぁ…」
坂を超えて見えてきた病院の周囲は既に薄暗くなっていた。
コメント
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どういう友情かと思ったらそういうことか…暗い過去があったんやなぁ
最後の一行の未完成感..