テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
── グラウレスタ ──
不思議な自然が溢れる、未開拓のリージョン。
岩が浮かぶ平原、凶暴な小動物が潜む森、岩壁に流れる川、そしてその地に暮らす巨大な生き物達。
強い物が弱い物を食らうこの地では、甘えこそが悪となる。
この地を訪れる異界の者達が手にするのは、希品珍品か栄光か、それとも……───
ここはグラウレスタの塔跡、ファナリアからの転移先である。
晴天の空の下で、ピアーニャの苦しそうな声が辺りに響き渡っていた。
「うぁぁぁ……はなせぇ~……」
「ぐすっ……ぴあーにゃぁ……」
そんなピアーニャにはアリエッタが涙目で抱き着いている。
(うぅ~……びっくりした……なんでこんなに体が震えるんだよぉ……)
実は初めて転移した時に驚き粗相をしたことが、完全にトラウマになっていたのだ。幼い本能は転送時に発生する突然の強烈な光に、恐怖を抱いたのである。
「うーん……ごめんねアリエッタ。前も転移時に驚いてたんだよね……」
「今回は大丈夫なのよ? 漏らしてないのよ?」
「それは大丈夫。家出る前にトイレいってたし」
ミューゼがアリエッタを宥め、パフィがロンデルに事情を説明していたりする。
その光景を、少し離れた所から他のシーカーや兵士たちは遠巻きに見て、困っていた。
「なるほど……そんな事があって……知識の無い小さな子にはとても怖かったでしょうね。次回からは目隠しをしてあげるのが良いでしょう」
「そうするのよ。でも今はどうするのよ?」
「……落ち着くまでは、抱いていくしかないでしょうね」
話がまとまった2人は、それぞれ行動を起こした。パフィはミューゼの元へ、ロンデルは報告を受けに周囲の者の元へと向かう。
「アリエッタの様子はどうなのよ?」
「よっぽど怖かったのね。帰りもこうなるのかなぁ……」
「その時は目を隠してあげるのよ。ここにいると落ち着かないだろうし、抱っこして連れていくのよ」
「うん、分かった」
やがて報告を受け終わったロンデルが戻ってきた。
報告によると、森はいつもと変わらない状態で、狂暴な生物も不思議な光も無く、何事もなく泉までたどり着き、そして普通に戻ってくることが出来たという。
ただの女神の移動用ゲートだった為、何も分からず何も起こらないのは当然の事である。そしてそれを知る手がかりは、人の世には存在しない。
「ジゼンにうけとったホーコクショとおなじか。じっさいにいってみるしかないだろ」
「ええ、さっそく出発しましょう」
「じゃあミューゼ、任せるのよ」
ミューゼは一旦アリエッタをパフィに預け、そして……
「こらーっミューゼオラ! なんでわちをダッコするのだーっ!」
「アリエッタが抱っこされてるのに、もっと小さいピアーニャちゃんを歩かせるわけにはいかないでしょ? 我慢なさい」
「まてえぇぇぇぇ!!」
遠巻きに見ているシーカー達は、その光景を見た瞬間顔を逸らした。その理由は言わずもがな、全員肩を震わせている。
「おまえらっ! わすれろ! ゼッタイわすれておけよ! でないとわちがチカラづくで、わすれさせてやるからな!」
ピアーニャがミューゼの腕の中で、肩越しに捨て台詞を吐いている。
保護者3人は、涼しい顔でそれを無視しながら、森に向かって出発したのだった。
「総長、そろそろ静かにしてください。アリエッタは大分落ち着いたようですよ」
「わちがわるいのか!?」
「さて、ノリで歩いて途中まで来ましたが、総長の力で移動した方が早いでしょう」
「……ごまかしたな?」
と言いながら、白い球を2つ出現させた。それらは雲のように広がり、地面すれすれで浮かんでいる。
それを見て、パフィはため息をついていた。
「凄いのよ。これは何て魔法なのよ?」
「マホウではないぞ?」
「魔法じゃないですよね?」
即座に否定する、ピアーニャとミューゼ。
「へっ? そうなのよ?」
「うむ、わちはファナリアしゅっしんではないからな。マホウはつかえん」
「そうだったんですね。何処の──」
「皆さん、まずは乗ってください。話はそれからで……」
「あ、はい」
話が長くなる事を察知し、ロンデルが催促。ミューゼとパフィは大人しく従った。
そして、降ろせと暴れるピアーニャを大人しく降ろすと、ピアーニャはロンデルの元へと逃げて行った。
「あっ、ピアーニャちゃんダメよ。アリエッタが寂しくなっちゃう」
「ええいピアーニャちゃんいうな! コレうごかすからキがちるのはこまる!」
(あう……まぁ…ぴあーにゃも、お父さんと一緒にいたいよね。僕はお姉さんだから我慢出来るよ)
移動中に大分落ち着いたアリエッタは、困らせてしまったからと、少し身を引いている。
ようやく抱っこから解放されたピアーニャは、白い塊を操作して、乗っている者達を振り落とさないように、走るよりも早いスピードで森へと移動を始めた。
(わぁ、飛んでる……こんな道具あるんだ……魔法の道具ってやつなのかな?)
「あら? アリエッタ、貴女もこの白いのに興味あるのよ?」
パフィはアリエッタを膝から降ろして座らせ、立ち上がったりしないように注意しながら様子を見る事にした。
興味津々に白い塊を触っているアリエッタを見ながら、ミューゼが質問を投げかける。
「で、これって何なんですか? 総長がファナリア出身じゃない事と関係あるんです?」
「はい。総長は元々ハウドラント出身なのです。そしてこれは総長の能力で、『雲塊』と言います」
「……なんでおまえが、カッテにショウカイするのだ」
無許可で自分の事を話したロンデルを、睨みつけるピアーニャ。
「総長が集中していると思いまして。それにお姉ちゃんのアリエッタさんと長い付き合いになるでしょうから、把握していただいた方がよろしいでしょう?」
「なんでそんなコトがケッテイジコウになっているのだ! アイツといっしょにいたら、イゲンがうしなわれるではないか! それにわちはイモウトではない!」
こんなやり取りをしつつも、白い塊… 『雲塊』の操作を誤らないのは、流石というべきか。
あっという間に森の入り口を通過し、そのまま森へと入って行く。
(あれ? 森だ……)
「それにしてもハウドラント出身だったんですねー。魔力を感じないからファナリアとは思ってませんでしたけど」
「私は分からなかったのよ。ハウドラントって、どんなリージョンなのよ?」
不思議そうに『雲塊』を触っていたアリエッタが、顔を上げて周りを見ると、そこは既に森の中。コテンと首を傾げ、再び考え始める。
(どうして森に来たんだろう……)
「ハウドラントは別名『雲のリージョン』よ」
「雲って、空に浮かんでるアレなのよ?」
「そ、あたしもまだ行った事は無いけど、世界中がモコモコしてるんだって」
「総長の代わりに、私がお教えしましょう。雲のリージョン『ハウドラント』とは──」
大人達が別のリージョンの話に花を咲かせているその中で、徐々に不安な顔になっていくアリエッタ。無意識のうちにパフィの服を掴んでいた。
(ま、まさかね……これから森に帰されるなんてことは……でも一緒に行きたいって伝えたと思うけど、一緒に居たいって伝えたっけ? もしかして僕に飽きちゃたとか……そんなこと無い…よねぇ。どうしよう……これからどうなっちゃうんだろう……)
「……? アリエッタ?」
無意識のうちに、アリエッタはパフィにくっついていた。誰にも伝える事が出来ない不安が、徐々に大きくなっていく。
(ミューゼ、パフィ…お願い捨てないで……絵ばっかり描いてないで、家の事も頑張るから……だから……)
不安と、どうしたら一緒に居られるか悩んでいるうちに、先程泣いて疲れていた事もあり、パフィにしがみついたまま眠ってしまうアリエッタ。その目尻には涙が溜まっていた。
「アリエッタ可愛いのよ……怖いの思い出したのよ? 今度からはちゃんと光から守ってあげるのよ……」
パフィはそっとアリエッタを抱き直し、無理のない体勢で寝かせてあげる。
「あ、いいなぁ~。あたしも甘やかしてあげたい……」
「程々に…と言いたいところですが、確かにこれはクるものがありますね」
「ふん、コドモはオトナにまもられてトウゼンだ。アリエッタは、おとなしくオトナのわちに、まもられればイイのだ」
『いやそれはちょっと』
「なんでだっ!?」
全員にツッコまれたピアーニャは絶叫した。
その時ロンデルが何かに気づいた。続いてピアーニャとミューゼも前方を見る。
「なにかいるな」
「総長はうまく避けてください。襲い掛かってきたら俺が仕留めます」
大人が走るより少し早く移動しているその先に、フォレストリッチの姿が見えた。
「あのフォレストリッチ、少しデカいから今日のごはんにするのよ。アリエッタの家で作ってあげるのよ」
「それは良いですね。では出来るだけ傷をつけずに……」
話しているうちに距離が縮まり、フォレストリッチが襲い掛かってきた。
ロンデルは涼しい顔で頭部を下から掴み上げ、その首に鋭い手刀を叩きこんだ。フォレストリッチは襲い掛かった勢いのまま、首が折れて動きを止める。そして、掴んだ頭部を軸に、勢いよく回転する胴体を躱し、『雲塊』の上にその獲物を置いた。
「はぁ~…凄い早業なのよ……」
「副総長の肩書は伊達じゃないんですね」
「お褒めの言葉にあずかり光栄です。さて、これを処理しましょうか」
時間に余裕がある為、ピアーニャはその場に『雲塊』を停めた。
獲物の解体はロンデルとミューゼによって行われていく。パフィはアリエッタにしがみつかれている為、動けないのだった。
「なんだか済まないのよ……」
「いいよ、帰りはあたしが面倒見るから。それよりも副総長、さっきは『私』じゃなくて『俺』って言ってましたね」
「おや、お恥ずかしい。仕事では『私』で通していたのですが」
そんな他愛もない話をしながら、手際よく解体をしていった。今回は『雲塊』のお陰で荷物の量の心配をしなくて良いと理解したミューゼも、食材確保でホクホク笑顔である。
「それじゃあサキにすすむぞ。マリョクのいずみまで、もうすぐだからな」
朝に出発して、まだ昼ちょっと過ぎ。かなりの速さにミューゼとパフィは驚き、再び進み始めた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!