部屋に入るなり、激しいキスが降ってきた。思いもよらない事態に、足が震えるほどだ。
ふと唇が離れて目が合う、恥ずかしくて私から口づける、目を閉じていられるように。
荒々しくベッドに倒れ込むと、服を脱ぐのも焦ったいほど急いで肌を貪り合う。
___よかった、シャワーを浴びてきて
何となくそんな気がして、みんなが出かけた後急いでシャワーを浴びてきた。痛いほどの愛撫にも体が反応していく、こんなに強く求められたらメス猫になってしまうんじゃないかと思う。
「会いたかったよ、ミハル」
「私…も」
「愛してる、ミハル」
「愛してるよ、翔馬」
何度も何度もお互いの名前を呼んで、溶け合うほど舐めて抱きしめて触って撫でて。これが女としての幸せなんだと思った。奥さんのこともこんなふうに愛するのだろうかと思ったら、悔しい気がして思わず背中に爪をたててしまう。
「どうした?ミハル、激しいね」
「だっ…て、翔馬が…」
「このままずっと2人でいたいね…」
「…うん」
それはベッドの上での戯言、わかったうえで答える。何度も何度も繰り返す波のように絶頂が訪れる。
そして…。
「すごいね、ミハルは。前に会った時よりずっと綺麗になってるし」
タバコに火をつけながら翔馬が私を見た。あらためて見られるとさっきまでの乱れきった自分が恥ずかしい。
「恥ずかしいから、もう、見ないで」
「……」
何か返事があると思ったのに、翔馬は何も言わなかった。枕元に置いた私の腕時計を取り、しげしげと見ている。
「時計が、どうかした?」
「ん?あぁ、わりといい時計してるんだなと思ってさ。これ、いくらしたの?」
___え?
そんなセリフを翔馬が言うとは思わなかった。私の持ち物の値段を気にするなんて。
「10万くらいだったはず、婚約指輪の代わりにもらったものよ。なんで?」
「いや、なんでもない。シャワー浴びてくる」
「うん…」
少しの違和感。でも満たされてしまった体は、ほどよい気だるさで眠くなってきた。ふっと眠りにおちていくのがわかる。
___寝ちゃったらもったいない
翔馬がシャワーから出た音がした。
「私も浴びてくるね」
「うん」
「?」
やっぱりなんだかおかしい気がする。さっさとシャワーを浴びて戻ったら、翔馬はぼんやりとテレビを見ていた。
「メイクも直すから待ってて」
本当はもう一度…とは言えなくて。
翔馬から言って欲しかったけど言ってくれなかったからメイクを直して服を着た。その間も、翔馬は何も話さない。
「翔馬、どうかした?心配ごと?」
「え?あ、ううん。ご飯、食べに行く?」
「そうだね、駅が近いから、お店もたくさんありそうだし。行こうか」
フロントで翔馬が清算しているのを、横で待っていた。無造作にポケットから一万円札を出している。
___あれ?カードじゃないんだ
前回はカードで払っていたし、黒い長財布を持っていたのに今日はどうしたんだろ?
「行こうか」
「うん」
なんとなくおかしいと思いながらも、せっかく会えたことを無駄にしたくなくて、疑問を抑え込む。
駅ビルの中の、和食屋さんに入った。
「天ぷら定食だな、私。家だと揚げたてを食べることはできないから」
「そうか。俺は、ざるそばかな」
運ばれてきた料理を食べ始めても、翔馬は口数が少ない。怒ってるわけでもないようだけど。沈黙の時間がもったいなくて、私だけが一方的に話していく。
ゆっくり食べ終わった頃、翔馬が時間を確かめていた。
「そろそろ帰るよね?」
「え?あ、うん、そうだね」
「送るよ」
もう少しなら時間はあるのに、そう言えなかった。
並んで歩いて、改札を抜けた、翔馬も一緒に。
「あれ?電車、あっちじゃなかった?」
「今日は特別!ミハルを最後まで送るから」
「え?」
「ほら、ちょうど電車がきたよ」
翔馬に促されて、来た電車に乗る。
「じゃ、また、LINEするね」
「うん」
そっけない。わざわざホームまで送ってくれたのに。