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それから三ヶ月が過ぎ、梅雨の時期になった。
京之介くんの着替えとスピーカーを袋に纏め荷物を渡しに行くと連絡すると、【仕事終わりに俺がもらいに行く】と返ってきたので【おじいちゃん家にいる】と嘘をついた。
何となく、鞍馬と過ごしている形跡のあるあの部屋に、京之介くんを来させたくなかった。
それから急いでおじいちゃんの家へ行くと、おじいちゃんたちは居なかった。
そういえば、おばあちゃんの入院中にできなかった旅行に行くと言っていた気がする。
しんと静まり返った部屋の椅子に座って京之介くんを待った。
窓の外に見える空は夕焼けで真っ赤に燃えていた。
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インターホンが鳴って目が覚めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
寝起きすぎて心構えをする暇もないまま慌てて玄関へ向かい、ドアを開ける。
久しぶりに見た京之介くんは目の下に隈が出来ていて、随分と痩せたように見えた。
荷物だけ渡してドアを閉めようとした私の腕を掴んで止めたのは京之介くんだった。
京之介くんの方は長居したくないだろうと思っていたから意外だった。
結局居間へ案内し、椅子に座ってもらった。
「爺さんたちは?」
「旅行行ってるんだって。ほら、おばあちゃんの入院でだめになっちゃったでしょ」
代わりに私たちが嵐山へ行ったやつ。そう言おうとしてやめた。
お茶を二つ用意して片方京之介くんに渡し、テーブルを挟んで正面に座る。
空はもう暗くなっていた。
「鞍馬くんとはどうなん?」
私が鞍馬と居ることを見透かすように京之介くんが聞いてきた。
私は鞍馬とあの日あったこと、鞍馬が過去に川に落としてしまった男の子であること、鞍馬の後遺症についても全て話した。今一緒に住んでいることも。
以前より冷静に説明できたことにほっとした。京之介くんもさほど動揺してはいなかった。
「京之介くんはどうなの」
おそるおそる聞くと、元カノと何度か寝て、現在進行系でセフレ関係だということをオブラートに包んで伝えてきた。
そして、自分がお姉ちゃんの面影を感じる女性と一緒に居ないと不安定になることも。
お姉ちゃんと似た女性にすり寄っている自覚はあるようで、特に私と居ると楽だったらしい。
それを伝えられた後、しばらく沈黙が走って、先に口を開いたのは京之介くんだった。
「俺、瑚都ちゃんおらんとあかんくなる」
京之介くんは弱った様子で切なげに言った。私に縋るような声だった。
耐えられなくなって、手を伸ばしてその頭を撫でた。
すると京之介くんと目が合って、京之介くんが私の手に手を添わせ、握り締める。
「もう瑚都ちゃんが誰のもんでも、誰を好きでもええよ。傍におってほしい」
京之介くんが私に向ける感情は、依存心なのだ。
居間と畳の間を仕切る襖が開いていた。
まるで誘われたかのように、吸い込まれたように、私たちはその畳の間に倒れ込み、何度も深いキスをした。
お姉ちゃんが死んだ夏と同じ匂いがして目眩がする。
傷付いたこの人を受け止めて全身で慰めなければいけない、もっと混ざり合いたい、一つになりたい。
朦朧とした意識の中京之介くんを見上げたその瞬間、――食われると思った。
その目付きが獣のようで、もう逃げられないことを確信する。
「……瑚都、」
男の人でもこんなに愛しそうな目ができるんだと思った。
「いい?」
躊躇いがちにこくりと頷いたその瞬間、京之介くんが私に噛み付いた。
それがこれからなされる行為の始まりの合図だった。
「好き。好き。瑚都ちゃん。もう絶対離せへん。なぁ可愛い、好き、こっち見て。大好きやで。可愛い。瑚都ちゃん好きすぎておかしなりそう。一生俺の中に閉じ込めたい。もっと感じて、かわええ反応見して。俺のせいで死にそうなってる瑚都ちゃんが一番可愛い。あー何逃げてんの、逃さへんからな」
熱に浮かされたように好きだと伝えてくる京之介くんに、私も正気を保てず何度も気をやった。
絡み合い、混じり合い、快楽を共にする。
京之介くんは私を一度も凪津と呼ばなかった。
京之介くんの中のお姉ちゃんが私になったんだと思った。
「好き。ほんまに好き。ごめんなこんな愛し方しかできんくて」
耳元でぼそりとそう言った京之介くんを抱き締める。
一緒に死のうとしていた愛する人に置いていかれて、一体どんな気持ちだっただろう。
お姉ちゃんは京之介くんの心にトラウマとなって棲み憑いている。
京之介くんも鞍馬と同じく、一人であの夏に取り残されている。
京之介くんは後悔している。お姉ちゃんと一緒に死ねなかったことも一人で死なせてしまったことも。
だから――京之介くんの心に棲まう後悔という名の亡霊は、きっと永遠に消えない。
「京之介くん」
ねえ、京之介くん。
私は狡いね。
こう言えば京之介くんが付いてきてくれるって分かってるから。
「私たちと一緒に死んでくれる?」
京之介くんをここに一人置いていくくらいならわたしは。