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天丼…いんく箱推し
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#いらすと部屋
玉藻
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夕暮れ
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空を、見上げた。
昏い、暗い中にほかり、と浮かぶ青白く輝く月。
手を伸ばして、そして―――
ガクリ、と落ちるような感覚。はっと目を開けば、視界に入ったのは見慣れた天井。何時の間にか荒くなっていた呼吸。じとり、とかいた汗が気持ち悪い。
「……夢、か……」
暗い道を歩く、そんな夢。視界に映るのは青白い大きな月。それを掴みたいと、見惚れてしまうと。
「……馬鹿らし」
そう呟き、かざねは身体を起こした。
「はー…」
溜息を吐きながら身支度をする。今日は平日。働きたくなどないが、出社しなければならない。朝食は食べない。元より少食で、栄養ドリンクがあればそれでいい。空っぽの胃にドリンクを流し込み、鞄を持って玄関の扉を開けた。
代わり映えのしない日々。人混みに紛れて出社し、したくもない仕事をする。無駄なことを考えず、作業のように業務をこなす。
流石に昼食時になると空腹を感じる。会社の近くにある、行き慣れたコンビニでサンドイッチを手に取った。何か飲み物も、と思った時についつい手に取るのは栄養ドリンク。
『飲みすぎは身体に良くないよ』
そう幾度も忠告をされているが、飲まなければやっていられない。会社の一角にあるベンチに腰を下ろし、簡単な昼食を済ませた。
午後も憂鬱な時間が待っている。此処の所、業務が立て込んでおり残業も多い。今日も定時退社は不可能だろう。再び溜息をつき、時計へと目を落とせば昼休みもそろそろ終わる。重たい腰を上げ、やりたくもない仕事へと戻った。
結局仕事がある程度片付いたのは、二十一時を過ぎた頃。自分と同じように残業をしている同僚達と挨拶を済ませ、帰路に着いた。
帰り道の途中にあるコンビニに寄り、おにぎりとカップみそ汁を購入する。流石に栄養ドリンクは止めた。とはいっても水は余り好きではないため、代わりに最近飲んでいるのはスポーツドリンクなのだが。
ガチャリ、と玄関を開け暗い室内に足を踏み入れる。電気を付ければ明るくなる室内。家具は必要最低限。特に趣味もない為殺風景な光景が広がる。
「疲れた…」
ソファに適当に鞄を放り投げ、ジャケットを脱ぐ。皺になってしまえば面倒なことになる。それはごめんだとハンガーに掛けた後、ケトルで湯を沸かした。買ってきたカップみそ汁に湯を注ぎ、静寂を潰す為にタブレットを開いて動画投稿サイトを開いた。
「あ…」
幾つかしているチャンネル登録。その中で、とある人物の投稿が目についた。
「…しゅうとが新しいの上げてる」
それは、友人のチャンネルだった。同じゲームを通じて知り合い、かなり意気投合している人物。実際に会って遊んだことも、夜通しゲームをしたこともある大切な友人。かざねの身体のことを何時も労わってくれているのもしゅうとだった。
彼はかざねと同じように社会人をしている。働きながら、動画投稿にも力を注いでいた。かざねも以前は同じように動画投稿をしていた。登録者もそれなりにいる。しかし学生が終わり、社会人になって働き始めてしまった後は忙しさと疲労で、嘗ては楽しかった筈の動画投稿も出来なくなってしまっていた。
「あ、ふうはやとりもこんも新しいの上げてるじゃん」
新着動画の中に、またよく知る顔のものがあった。二人もしゅうとと同じゲームで知り合った友人だ。彼等も気の合う者達で、何度も夜通し遊んだものだ。
二人は実況者を仕事にすることを選んだ。特にふうはやは昔から人気で、かなりの登録者を抱えている。好きなことを仕事にする大変さもあるだろうが、楽しいと話していたことを思い出した。
りもこんはふうはや程ではないが多くの登録者を抱え、動画投稿だけではなくシステムの構築など得意なことを生業としていると聞いた。
嘗ては、共に同じ道を歩いて笑いあった者達。道を違えた訳でもないのに、かざねだけが心の中で小さな疎外感を覚えていた。
「……やめよ」
この道に進むと決めたのは自分だ。好きなことだけをして生活を成り立たせることの不安が、かざねの歩む方向を導いた。
カップみそ汁を何とか飲み干し、ソファから立ち上がった。おにぎりを食べる気はすっかり失せていた。明日、何処かで食べればいいだろう。冷蔵庫の中におにぎりをしまい、シャワーを浴びる為に移動した。
「でも、俺も…」
その小さな呟きは、誰に聞こえることもなく溶けて消える。
音は聞こえない。静寂に支配された室内で、タブレットの画面の光だけが無機質に部屋を照らしていた。
『ちょっと付き合ってほしい』
そんな連絡がしゅうとからきたのは、二週間ほど前のことだ。何事かと尋ねれば、よく行くコーヒーショップの新作を飲みたいと。しかし今回、複数の味が出ておりひとつに絞れない。何回か通うことは決定事項なのだが、他者の意見も聞きたいと。
しゅうとはかざねよりも遥かによく食べる。一般成人男性ならば普通かもしれない。どちらかというと、かざねの方が珍しい。胃袋要員にはなれないことを伝えると、そんなことは分かっていると返信。と、なるとしゅうとが求めているのは、一緒に過ごす相手なのかもしれない。
「久しぶり~」
「おう」
互いに社会人をやっている為、会う頻度は学生の頃よりも格段に減った。しかしそれでもこうして会うと、今迄の空白期間などないかのように自然に会話が弾む。
「で、どれが気になってんの・」
「これとこれなんだけど…」
「じゃあ俺こっちにするわ」
「話が早くて助かるよ」
かざねが注文したのはソーダを用いたさっぱりとした飲み物。重たくない為、かざねの胃にも優しい。対してしゅうとが注文したのはホイップクリームが山盛りに乗っているドリンク。ちなみに何か呪文のような文言を言い、カスタマイズまでしていた。
「……相変わらずよく食うな」
「かざねが食べなさすぎなんだよ」
ドリンクの他に、しゅうとはケーキまで注文していた。同じく期間限定の商品で、気になっていたらしい。甘いドリンクにフード。見ているだけでかざねは胸やけしてしまいそうになっていたが、しゅうとはパクパクと食べている。多分、胃の構造がまるっきり違うのだろう。
「ところで最近どうなのさ?」
「どうって?」
催促されてかざねは自分のドリンクをしゅうとに差し出す。躊躇うことなくストローを咥え、飲みこんだドリンクは爽やかだが甘味が足りないとの評価。かざねにとっては丁度良かった為、此処でも味覚の違いを感じる。
「凄い忙しそうじゃん。全然浮上してこないし」
「あー…確かに」
しゅうと、ふうはや、りもこんそしてかざね。
四人で使用している通話アプリがある。以前はかざねも良く顔を出し、一緒にゲームをしたり動画投稿の為の編集をそれぞれがしている作業通話をしたりしていた。しかし仕事が忙しくなってきてからは、抑々ログインすることすら殆どしなくなっていた。
「ふうはやとりもこんも心配してたよ。あいつ、飯も食ってないんじゃないかって」
あながち間違ってはいない。元々自炊は苦手で殆どしていないのだが、仕事が忙しくなってきたことで拍車がかかる。食への興味も薄い。食べなくても苦に感じない。そういったことが相まって、かなり食事は疎かになっている。
「ほら、やっぱり」
直ぐに反応がないことから、三人が心配していたことは事実だったとばれる。
「だからこんなに細いんだよ。どうせ栄養ドリンクばっか飲んでるんじゃないの?」
「うっせ」
「絶対主食それになってるでしょ。本当に身体壊すよ?」
伸びたしゅうとの手がかざねの指先に触れる。汗をかいたカップを握っていた為に、そこはひんやりと冷たい。
「俺はまた、さ。前みたいに一緒にゲームしたり通話したりしてわいわい一緒に騒ぎたいよ。ふううはやとりもこんも同じこと言ってた」
ああ、と気付いた。この優しい男は自分を心配したからこそ、今日こうして会う場を設けてくれたんだ、と。嘗てと同じように、は難しいとしても共に時間を過ごしてきた大切な仲間が消えてしまわないようにと。
「……今度、仕事が早く終わったら通話に入るよ。あいつらにもそう伝えといて」
そう言えばしゅうとの顔が明らかに安堵したように。そして嬉しそうになる。心配をかけてしまったな、と思いながら、それが嬉しくもあり、何処か切なさと苦しさも感じてしまった。
「分かった。言っとくね」
「よろしくな」
それを悟らせまいと、口元へ僅かに力を込めた。
―――夢だと、直ぐに気付いた。
ふと視線を上げれば、大きな月が空に煌々と輝いている。少しでも近づきたくて、手に入れてしまいたくて。気付いた時には歩き出していた。
静寂に支配された街の中。かざねは唯一人、月に向かって歩き続けている。
しかしどれ程歩いても月は近くならない。手を伸ばしても、触れることが出来ない。
「何で……」
焦りなのか、不安なのか。心が締め付けられるような気がする。
気が付いた時には、月に向かって走り始めていた。
しかしそれでも、月は一向に近付く気配はない。
「ッ!」
足元を意識する余裕などなかった。月灯りだけが頼りの街中で、足元も見ずに唯走っていたが為に躓き、大きく地面に転ぶ。
辛うじて手を付くことが出来た為に顔面を強打することは避けられたが、それでも打った膝や付いた掌が痛い。
「何で…」
うつ伏せに突っ伏した侭、かざねは立ち上がることが出来なかった。
「久しぶりだなー!」
「全然来ないから心配してたんだけど」
先日、しゅうとと約束した通り。仕事が休みの日にかざねは通話へと合流した。入室ボタンを押す手が少しばかり震えていたような気もしたが、意を決して押してしまえば仲間達は今迄と同じ温度で出迎えてくれた。
「やっぱ社会人は忙しいよなー」
「そう言うお前らも忙しいんだろ? ふうはや、登録者数そろそろ大台に乗るじゃん」
「気付いてたのか! サンキュー!」
「りもこんは順調な訳?」
「ふっ…完全昼夜逆転生活さ」
「あんまよくないんじゃない? それ」
軽口を叩き合い、それぞれが作業をやっていく。かざねは特に何かする予定ではなかった為、ゲームを立ち上げてそれをやりながら通話を継続することにした。
「そういえばしゅうと、この前出してた動画結構伸びてたな」
「あー、あれね。編集頑張った」
「撮影も結構かかったんだろー?」
三人の会話にかざねは中々入れない。元より、彼等程喋る訳でもない。だから特に口を挟むこともなくゲームを続けていた。…微かな胸の痛みに気付かないふりをしながら。
「なあなあ、かざねはもう動画投稿しないの?」
「へ?」
突然話を振られ、気の抜けたような声を出してしまった。問いかけたのはふうはやで。彼は言う。以前のように活動をしてみたらどうかと。
「流石にコンスタントに上げる気力も時間もないからなー…」
「けど、折角色々出来るようになったじゃん。勿体ないって。それに、俺がかざねの動画見たいんだよ」
登録者数の多い彼の方が、面白いものを出しているとかざねは思っている。だからこそ、あれだけのファンがついたのだ。それに比べて自分はかなり少ない。とはいえ、そう言われて嬉しい気持ちもあった。嘗てと同じように、また肩を並べられると思った。
「そうだよ。全部は難しいかもだけど、手伝える所は手伝うし」
「そうそう」
りもこんもしゅうともふうはやと同じように言う。それが嬉しくて。
「えー…お前らがそう言うんなら、またやってみようかな」
「よし!言質取ったぞ!」
「あれ、もしかして俺迂闊なこと言ったか?」
「俺達は純粋に喜んでるんだよ」
嬉しくて。でも、ちょっとくすぐったくて。
自分が今、純粋に心から笑っていると。そう思えた。
「……」
しかしながら、現実は中々上手くいかないもので。
久し振りの投稿となった動画はある程度の伸びを見せた。忙しい仕事の合間を縫って作成し、本当によかったとそう思えた。その後も幾つか投稿したものの。段々と再生数の伸びが悪くなる。
それとは裏腹に他の三人の動画は勢いを増している。そんな彼等と自分を、無意識のうちに比べてしまっては落ち込んでいく。
丁度そのタイミングで仕事の繁忙期もあり、かざねはまた三人の前から姿を消した。
「はー…」
今日もまた、遅くの帰宅になった。一日を通して殆ど何も食べていないが、再びそれが普通になってしまっていて。栄養ドリンクを流し込み、眼の前のタスクをこなす日々。四人でグループを作っているメッセージアプリには、かざねが浮上しなくなってから幾つものメッセージが届いていた。しかしそれを見る気力すら、今のかざねには存在しない。
兎に角早くベッドに潜り込んで寝てしまいたい。その気持ちが、今の彼を一番占めているものだった。
「だる…」
週末、金曜日。何時もよりも重い身体を引きずって何とかシャワーを浴びる。髪を乾かす気力はない。タオルで適当に水分を拭い、ベッドへと身を横たえた。
今朝から体調は余りよくなかった。しかしそれは此処毎日常となっている為、特に大事だと考えぬ侭に出社し一日を終えた。だが、この頃になってくると寒気や頭痛がしてくる。
最近、睡眠時間もだいぶ削られている。だからなのだろうと結論付け、寝れば良くなると暗示のように言い聞かせた。
ふと、スマホが通知を知らせる。それに手を伸ばしながら、かざねの意識は何時の間にか落ちていっていた。
「いた…」
緩慢な動作で起き上がる。月を追う余り、足元を疎かにして転んでしまった。掌と膝がじくじくとい痛むが、幸いにも怪我はしていないようだった。
その場に腰を下ろす。見上げれば、空には相変わらず月が光輝いていて。するりと伸ばした手は、当然のように月に触れることはない。
「結局…」
無理だったのかもしれない、と小さく呟いた。彼等の隣に立とうなど、無謀だと。
継続的な活動が出来る訳でも、面白いトークをする訳でもない。元より人気のある彼等と同等になれるなど、何て烏滸がましい。
そう思うと虚しくて、自嘲の笑みが零れた。
「……もう、此処にいようかな…」
膝を抱えて座る。
形のない歌を奏で続け、このまま明けない夜を描き続けようか、と。
そうすれば、月はずっと照らし続けてくれるだろうか、と。
孤独を抱えた侭、浅く浅く息をし続けられるだろうか、と。
「かざね」
その時だった。温かい手が、そっと自分に触れたのは。
「かざね」
自分を呼ぶ声がする。ゆっくりと目を開ければ其処には、心配そうな顔をしているしゅうとの姿があった。
「しゅう、と…?」
目を開けたことで、彼があからさまに安堵した表情を零したのが分かる。しかし何故、此処にしゅうとがいるのだろうかと、疑問が湧く。その顔を見て状況を理解していないと判断したしゅうとが、経緯を説明してくれた。
「俺の所にメッセージ送ってきたんだよ」
「え?」
スマホの画面を見せてもらえば、確かにそこには自分がしゅうとに送ったメッセージが表示されていた。
『たすけて』
「こんなのがきて、行かない訳にはいかないじゃん」
「でも、どうやって中に?」
「インターホン押したらかざねが開けてくれたんだよ。でもさ、気付いてた?」
「?」
「熱、出てる」
「え」
しゅうとに言われて一気に自覚した。熱い身体、酷い頭痛。それらが発熱によるものだったと知ると、途端に調子の悪さに拍車がかかる。
「色々、無意識だったんだね」
事態を呑み込むのが難しいかざねの頭を、しゅうとは優しく撫でる。大丈夫だと、此処は安心できる場所だと。
「おやすみ」
撫でる手のぬくもりを感じながら、かざねは再び瞼を閉じた。
ほわり、と光が舞った。視線で追えばそれはふわふわ飛びながらかざねを小さな光で照らす。何故、こんな所に蛍がいるのかと疑問にも思う。しかし何故からついて行かなくてはいけないと。そう思い、立ち上がった。
「ご飯、食べれる?」
次に目を覚ました時、しゅうとはまだかざねの側にいてくれていた。慣れない料理をしてくれたのだろう。胃に優しいものを作ってくれていた彼は、小さなお椀に柔らかく湯気を立ち上らせているお粥をよそってくれた。
「熱いから気を付けてね」
少しずつ、少しずつ口に入れて食べて行く。その様子を、しゅうとは隣で静かに見守ってくれている。急かすこともなく、だからといって無用な言葉を掛ける訳でもなく。静寂が心地いいくらいの、そんな時間。
「大丈夫、大丈夫だから」
何時の間にか、ほろほろと涙が零れ落ちていた。食べる手を止めない侭、涙を零すかざねの頭を、しゅうとは優しく優しく撫で、そして穏やかな声で安心を紡いでくれた。
「……ごめん」
空になった器をテーブルの上に置いたまま、かざねはそう謝罪の言葉を述べる。
突然呼び出し、そして世話をさせていれば泣き出すなど、非常に面倒な奴でしかない。しかししゅうとは穏やか笑みを浮かべた侭、嬉しかった、と言葉にした。
「え…?」
「やっと、かざねが弱音を吐いてくれたな、って」
ずっと、隣に居続けた訳ではない。全ての彼を知っている訳でもない。しかし、しゅうとは分かっていた。かざねが、どれだけ底にいるのかを。同時に、ふうはやとりもこんも察して心配していた。
そんな矢先だったのだ、助けを求める声が届いたのは。
「深くを聞く心算はない。けど、俺達をもっと頼ってよ。確かに今は違う道を歩いているけど、俺達仲間でしょ?」
「でも……」
「でも、じゃない。かざねは抱え込みすぎてる。もっと俺達を頼って、弱音吐いて。……ずっと、沈んだ侭でいたとしても、俺は必ず掴んであげるから」
しゅうとの顔を見れば、彼は穏やかな笑みを浮かべている。何時もの、優しい優しいしゅうとの表情。それがどれだけ安心感があるのか。縋って、その手を掴んでも迷惑にならないだろうか。
視線を下へと落とし、自分の手を見詰める。何も掴めていない、この両手。重荷にならないだろうか、苦しくさせないだろうか。そんな思考がぐるぐると廻る。
「大丈夫だから」
そんなかざねの手を、しゅうとがそっと握る。その手はとても暖かくて。
「俺達は、そんな簡単に崩れないよ」
蛍に導かれる侭に足を進め続ける。その頭上には相変わらず月が煌々と輝き続けている。しかし今、かざねは月に手を伸ばしてはいなかった。
蛍は舞う。ふわふわと。そしてかざねを導いていく。
ふと、気付いた。何時しか街は終わりを告げ、地平が広がっている。そしてそこが、赤みを帯びてきていることに。
「いや~、こうして集まるのも久しぶりだな!」
「案外みんな近くに住んでるのにね~」
とある休みの日。久しぶりに四人全員で集まることになった。ずっと仕事で引きこもっているからと、昼間に会うことにした彼等。場所は何故かりもこんの実家で。何をするのかを聞けば、季節柄にふさわしくバーベキューをするのだと。
食材を買い込み、りもこんの実家の一角を借りて始まったバーベキュー。元よりりもこんの両親とは面識がある為、自由にさせてもらいながらも色々世話を焼いてもらった。
オーソドックスに肉と野菜だけでいいと言っているのに、何故かスーパーでテンションの上がったりもこんが鮎やら大きなエビやらを買い込み、それらも一緒くたに焼くことになった。鮎の串打ちなど誰もやったことがない。動画を参考にしながらやれば、ボロボロだが何となくそれっぽい形に出来た。
炭に火を起こすのにもトラブルが発生し、煙だけが大量に発生して大騒ぎするこになったり焼いていたエビが爆ぜて全員で逃走することになったりと散々だが盛り上がった。
「あ、かざね漸く笑った」
その中で、しゅうとが言った。
「え?」
「おーおー、やっといい顔になったじゃん」
「ほんとだ。ずっとしけた顔してるんだもん」
「え、俺そんな酷い顔してたの?」
うん、と肯定をする面々。しかしすぐに彼等は屈託のない笑顔で言う。笑っている方が、いいと。
「やっぱかざねには俺らがいないとな!」
「いや、んなことねーしっ」
「強がっちゃって~。聞いたよ~、体調崩してしゅうとに助けてもらったって話」
「しゅうと!」
「だって余りにも心配だったからさ」
彼等の、明るさに救われた気がした。隣にいいていいと、月ばかりを追いかけなくてもいいと、そう思えた。
「さて!」
「ん?」
不意にふうはやが気合いを入れるかのように言った。何が始まるのかと視線を向ければ、何故か彼は真剣な顔をしていて。不意に不安に襲われ、思わず手を握りしめる。
「大丈夫」
しかしそれに気付いたしゅうとがそっと隣に来て優しく言葉を掛けてくれた。
「俺は、世界に革命を起こそうと思う!!」
「何て?」
ふうはやの言っている意図が掴めない。そんな視線を向ければ、彼はははっと笑いながらかざねへと真っすぐに視線を向けた。
「かざね…俺達と一緒にグループ作って活動しよう!!」
「え…?」
言われた言葉を咀嚼するまでに、少々時間を有した。じわじわと意味を理解していくと、その言葉の大きさに思わず目を見開く。
「四人一緒なら、何でも出来ると思う!」
「でも、それって俺じゃなくても…」
嬉しかった。純粋に。
しかしだとしても自分が一緒にいることで迷惑になってしまうのではないか。自分は彼等程知名度もないし、凄いことが出来る訳でもない。そんな言葉が次々に浮かんでくる。
違う、そんなことを言いたい訳ではない。しかしだとしても口からそれらの言葉は出て来てくれない。ぎゅっと手を握って下を見る。
「……ねえ、かざね」
声を掛けたのは、しゅうとだった。
「俺達はかざね“が”いいんだ」
「そうそう! やっぱ俺達にはかざねがいないと!」
「だからさ、一緒にやろうぜ!」
意を決して視線を上げた。目の前には、キラキラした顔で自分を見詰めている、彼等。
思わず、遠慮がちに手を伸ばした。
「そうこなくっちゃ!!」
その手は、とても暖かかった。
「何かすっかり顔色、良くなったんじゃない?」
「そう見える?」
「うん」
あれから、暫く。
かざねは活動に専念する為に仕事を辞めた。抑々、好きでもなく唯働かなくてはと入社した場所だ。後悔などない。それよりも、自分を選んでくれたふうはやに恩を返したい。だから、決断は早かった。
しゅうとは相変わらず社会人をしながら活動を続けている。凄いエネルギーだなと思うが、それぞれの選択がある。
グループを結成し、動画投稿も始めた。
そこで知ったのは、案外と自分にもファンがいたこと。そして自分達の活動を楽しみに待ってくれている人達が沢山いたこと。
充足した日々がそこには待っていた。
もう、下を向く必要などないと、そう思えるくらいに。
再び、しゅうとと例のコーヒーショップを訪れる。今日はこの後、新作を飲みたいと言っていたふうはやとりもこんも合流することになっている。活動者となったことで、彼等とより親密な関係を築いて楽しい日々を送ることが出来ている。
「明けない夜ってね、ないんだよ」
今日もホイップクリームの山盛りになったドリンクを飲みながら、しゅうとは言う。
彼が、月ばかりを追っていた自分の世界に茜色の光を灯してくれたことで、かざねの中の何かが動いた。もう、月を捕まえたいと願う必要はない。
「そうだな」
それはまるで明け方の夢。泡沫の夜。
黒の底に沈んだ自分を照らした、淡い蛍の光。
「おーい!」
「待たせたな~」
賑やかな声が聞こえる。視線を向ければ其処には、りもこんとふうはやの姿。
四人揃い、始まる他愛ない会話。それがどれだけ心地よく、そして貴重なものなのか。
「……隣にいて、いいんだよな…?」
「「「ああ!」」」
地平から差し込む光が、夜の終わりを告げた―――
コメント
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「茜を待つ夜の底で」、読み終わりました。かざねの内面の描写がすごく丁寧で、彼が抱える孤独や焦り、そして「月」に象徴される理想への憧れがひしひしと伝わってきました。特にしゅうとが「明けない夜ってないんだよ」と言ったシーン、あそこが本当に印象的です。ただの励ましじゃなくて、ちゃんと掬い上げる手があるんだって分かるからこそ、かざねが「隣にいてもいいんだな」と思える流れに胸が熱くなりました。蛍のモチーフも、小さな光が導く感じが綺麗で好きです。続きが気になりますね。