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オメガバース『秘密の恋人の忘れ物は、俺の巣を埋めるためでした』~s×a~
side阿部
佐久間と付き合い始めて三か月になる。
αの佐久間とΩの俺。
この組み合わせで付き合ってると知られたら周りはまず相性の話をする。
その次は番になるのはいつなのかどっちの家で暮らすつもりなのか。
本人たちが何を好きでどんな顔で笑ってるかなんてだいたい後回しだ。
俺もこれまで頼んでもないのに何回も口を出されてきた。
『Ωなんだから相性のいいαをちゃんと選ばなきゃだめだよ』
『今のうちに考えとかないとあとで苦労するよ。』
言ってる側はたぶん親切のつもりなんだと思う。
けどそういう話をされるたびに俺が誰を好きかなんてどうでもいいって言われてるみたいでいつも笑ってやり過ごすしかなかった。
だからずっと好きだった佐久間とようやく両思いになれたこの関係だけは誰にも品定めされたくなかった。
告白の返事をした夜佐久間の部屋のソファで俺らはつないだ手をなかなか離せずにいた。
佐久間の指は俺の指の間にきっちり収まってて少しでも力を抜いたら逃げられると思ってるみたいだった。
そんな強く握らなくてもどこにも行かないのに。
そう思ったら急に照れくさくなって俺は窓の外を見ながら口を開いた。
「佐久間」
「うん」
「しばらく俺らのことは内緒にしとこう。二人だけで大事にしたいんだ」
佐久間は少しだけ黙った。
つないだ手の親指が俺の手の甲を一回だけ撫でた。
その短い間に佐久間が何を考えてたのかそのときの俺は気にもしなかった。
「阿部ちゃんがそうしたいなら」
そう言って佐久間はうなずいてくれた。
あのときの俺には二人だけの秘密ができたことまで恋人になれた証拠みたいに思えた。
誰にも見せない大事なものを佐久間と半分ずつ持ってる。
そう考えるだけで帰り道の足取りまで軽かった。
ところが佐久間は俺が想像してた以上にきっちり約束を守る人だった。
何人かで集まる場所では隣の椅子が空いてても座らない。
同じところから帰るときはどっちかが先に出てもう片方は少し時間をずらす。
それくらいは俺も覚悟してたしむしろ佐久間がちゃんと考えてくれてるのがうれしかった。
困ったのは佐久間の部屋の玄関でのことだ。
その日は夜になって急に冷えて俺はソファに掛けてあった佐久間の上着を借りてた。
袖が少し長くて手の甲まで隠れる。
襟元から佐久間の匂いがして借りてから一時間くらい俺はずっと機嫌がよかった。
帰る時間になってそのまま靴を履こうとしたら後ろから呼ばれた。
「阿部ちゃん、ちょっと待って」
「ん?」
「それ、着替えていこうか」
佐久間が差し出したのは俺が来るときに着てきた自分の上着だった。
こっちには佐久間の匂いなんか一つも残ってない。
「そのままだと気づかれるかもしれないから」
佐久間は申し訳なさそうに笑ってた。
責めてる顔じゃない。
俺のために言ってくれてるのはちゃんとわかった。
「あ、そうだね。ごめん」
「ううん。寒くない?」
「大丈夫だよ」
借りてた上着を脱いで佐久間に返す。
自分の上着に袖を通したらさっきまで包まれてた匂いがすっと遠くなった。
自分の服なんだから自分の匂いしかしないのは当たり前だ。
それなのに佐久間の上着を脱ぐたびにさっきまで恋人だった時間まで一緒に取り上げられるみたいで少し寂しかった。
駅までの道で襟に鼻を寄せてみてもやっぱり俺の匂いしかしない。
そんなこと内緒にしようって言い出した俺が言えるわけもなかった。
秘密を守るのが上手な佐久間とは反対に俺はびっくりするくらい下手だった。
この世界のΩの匂いは安心したりうれしかったりするとほんの少しだけ甘く変わる。
普段なら誰も気に留めない程度のものだ。
ただ好きなαが近くにいるとその変化が強く出ることがあるらしい。
らしいじゃなくて俺の場合は確実にそうだった。
何人かで集まってたある日少し離れた席から佐久間に呼ばれた。
「阿部ちゃん、そこの資料取ってもらってもいい?」
名前を呼ばれた。
それだけで首のあたりから匂いがふわっとほどけたのが自分でもわかった。
資料を渡そうとして顔を上げたら佐久間と目が合う。
二人きりのときと同じ柔らかい目だった。
だめだと思ったときにはもう遅くてさっきよりもっと甘い匂いが自分の周りにまとわりついてた。
俺は慌てて襟元を押さえた。
押さえたところで匂いが引っ込むわけじゃないのに手が勝手に動いてしまう。
「はい、これ」
「ありがとう」
佐久間は資料を受け取ると何でもない顔で立ち上がって窓のほうへ行った。
「ちょっと暑くない? 少し開けるね」
「あ、ほんとだ。開けて開けて」
誰かが返事をして冷たい風が入ってくる。
佐久間はそのままさっきまでしてた話の続きをみんなに振って場の空気を自然に別のほうへ持っていった。
誰も俺のほうなんか見てなかった。
別の日には目が合っただけで匂いが変わりかけた俺の横で佐久間が急に「そういえば駅前の店って閉まったんだよね」と話題を変えた。
みんながそっちに食いついて俺はその隙に深呼吸した。
助かった。
本当に助かってるんだ。
それなのに俺はそのたびにちょっと悔しくなってた。
俺は名前を呼ばれただけでこんなことになるのに佐久間はいつも何も感じてないみたいな顔で窓を開けたり話を変えたりできる。
好きでたまらないのは俺のほうだけなんじゃないか。
そういう考えがときどき頭の隅に引っかかるようになった。
けど二人きりになると佐久間の態度はまるで違った。
俺がソファに座ると当たり前みたいに隣に来る。
肩と肩がくっつくくらいの距離で人前で空けてた一席分なんか最初からなかったみたいな顔をしてる。
俺がくだらない話をしても佐久間はわざわざ顔をのぞき込んで聞いてくれた。
「それでどうなったの?」
「どうもならなかった。結局、全部俺が片づけた」
「えらいね」
「えらくないって。押しつけられただけだよ」
「でもちゃんとやったんでしょ」
そう言って佐久間は笑う。
俺がうとうとし始めたら何も言わずに肩を貸してくれる。
少し寝て目を開けたら佐久間は俺が寄りかかりやすいようにずっと同じ姿勢で座ってた。
「重かったでしょ」
「全然。もう少し寝ててもいいよ」
「もう帰らなきゃ」
時計を見て立ち上がったら手首をそっとつかまれた。
振り返ると佐久間が座ったまま俺を見上げてた。
「あと五分」
そう言われて俺はもう一回座り直した。
五分経って俺がもう一回立とうとしても佐久間は手を離さなかった。
指を一本ずつ絡めて何でもない話を続けてる。
「佐久間五分経ったよ」
「うん」
「さっきもそれ言ってたでしょ」
「言ったね」
俺が笑うと佐久間は空いてるほうの手で俺の頬に触れた。
「楽しそう」
笑われてるのは自分なのに佐久間のほうがうれしそうな顔をしてた。
その顔を見てる間は不安なんかどこにもなかった。
人前での佐久間が平気そうに見えても二人のときにはこうしてちゃんと引き留めてくれる。
それでいいじゃないかと思える。
でもだからこそ玄関のドアの前で佐久間が一歩下がって距離を取る瞬間が少しずつ苦手になっていった。
―――そんな頃俺に巣作りの兆しが出始めた。
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おまけ小説☆オメガバースR-18『俺の匂いで巣を作る恋人を、世界でいちばん甘やかしたい』
本編とはひと味違う、特別な一篇。↓
「阿部ちゃん」
名前を呼ぶと肩がびくりと跳ねた。
ゆっくりと顔が上がる。
熱に浮かされて潤みきった瞳が俺を見つけた途端にふにゃりと崩れた。
「……佐久間……?」
「うん、ただいま」
「……おそい。おそいよ、ばか……」
拗ねたような声なのに語尾はもう蕩けきっている。
頬は真っ赤で唇は自分で噛んだのか少し腫れていた。
ワイシャツの裾から覗く太腿は内側までしっとりと濡れていてシーツにはいくつも染みができている。
「ごめんね。これでも全力で走ってきたんだよ」
「……ほんとに?」
「ほんと。ほら汗だくでしょ」
ベッドの縁に膝をつくと阿部ちゃんが巣の中から両腕を伸ばしてきた。
抱きとめる。
熱い。
体温が普段よりずっと高い。
首筋に鼻先を埋めると甘い匂いが直接脳に流れ込んでくるみたいで思わず奥歯を噛み締めた。
阿部ちゃんも同じように俺の首筋に顔を擦りつけてくる。
すんすんと鼻を鳴らして俺の匂いを肺いっぱいに吸い込んでいる。
まるで迷子になっていた子猫がようやく飼い主を見つけたみたいに。
「ん……佐久間の匂いだ……ほんものの佐久間の匂い……」
「阿部ちゃんの巣上手にできてるね。俺の服全部集めたの?」
「……だって足りなかったんだもん。佐久間いないしさみしいしからだあついし……っ」
「そっか。頑張ったね一人で」
「がんばってない……ずっと佐久間の服嗅いでひとりで……っ」
言いかけて阿部ちゃんはかあっと耳まで赤くした。
ひとりでの続きは聞かなくてもわかった。
シーツの染みとベッドの脇に転がったティッシュの箱と阿部ちゃんの指先のぬめり。
全部が答えだった。
「ひとりで何してたの?」
「……っいじわる」
「教えてよ。阿部ちゃんのことなら全部知りたいんだもん」
「……さわってた。ちんちんもうしろも……でもぜんぜんだめなんだよ。イってもイっても足りなくて……佐久間じゃないとだめで……っ」
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
うわあ、めちゃくちゃいいですね……。阿部ちゃんの視点で綴られる「内緒の恋人関係」のもどかしさと甘やかさのバランスが絶妙でした。人前で佐久間が一歩下がるたびに「俺だけが好きなんじゃないか」と不安になる心の動き、それでいて二人きりになったときの「あと五分」の甘い引き留め——この緩急がたまらないです。巣作りの兆しが出てきたラストも、次の展開が気になりすぎますね。続き、絶対読みたいです……!