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港には華々しい会場が設置されていた。
「祝グラビラス号」の塔が建てられ、スタッフが観客を整理し、バーベキューやアイスクリームの出店が並んでいた。
「おい、見ろよ」とタクヤは嬉しそうにゼンに言った。「すっかり祭りじゃないか。しらんかったー」
「そうだな。どうでもいいけど」
「そこに案内板があるな。えっと……反重力装置ベルベスの稼働は14時からだ。ちょうどよかった」
ゼンはそのことにはとくに反応せず「アイスでも買うか。おまえ、なににする? おごるよ」とぼそっと言った。
「おー、いいのかい? じゃ、メロンフレーバーで」
「了解」
ゼンは10人ほどの人の列に並びにむかった。ゼンは、クールなふりをして、甘いものには目がない。
タクヤはブラブラと公園を歩き、イベントを見物するのによさそうな場所を探した。
広い公園だったが、イベントに近いあたりは、もう見物客でいっぱいだ。
小高い丘に立ち、会場全体と、その先のキラキラとした海の輝きを見つめた。
そんな彼に、一人の女性が声をかけてきた。
「あれ、タクヤ君?」
「ああ……えっと……」
タクヤにもそのスタイルのいい女性の見覚えはあったが、名前は出てこなかった。
「ハ・ワ・イ」
「ああ、王宮のハワイさん! 元気?」
「元気だけど、今日は来賓で来ただけだから、すぐに行かなきゃ」
「どこに?」
「あそこ。貴賓席ってやつ」
ハワイはめんどくさそうに会場の中央を指さした。
タクヤは、一瞬、理解できなかったが、すぐに思いだした。ハワイは、王座の華やかさを演出する美女の一人。
しかしハワイはTシャツと短パンというラフな普段着だった。
Tシャツには「ラブ&フリーダム」とプリントしてある。
「そのかっこうで?」
「ちがうわよ。速攻着替えるし。てか、だから猛烈に時間ないわけ。ごめんね。久しぶりだしいろいろ話したいけど……あ、思いだした、そういえば、君たち、この夏で17よね、恋愛解禁、おめでとう!」
ハワイは両手を挙げて無邪気にウィンクした。
しかしタクヤは浮かれた気持ちにはなれなかった。
「それは言わないで。しかも、まだ夏じゃないし」
「もうすぐじゃない。あと3カ月? いろいろがんばってね。期待してるぞ」
「なんか、それ、めっちゃ他人事っぽいんだけど」
「そんなことないよ。私、こう見えて、君のこと、けっこう考えてるんだよ。私、音楽、めっちゃ好きだし。まあ、いわゆる”縁”ってやつ? ねえ、君さえよければ、つきあっちゃう?」
「ななななんですか、話、飛躍しすぎでしょ」
「ははは、そだね、ごめん。じゃ、私は、行くのだ。たまには連絡ちょうだい。私も祈り師の勉強しすぎで、がっつりめいってるの」
「祈り師?」
「そう。話したよね?」
「ああ、そうだった、わるかった」
「こう見えて、教会の自習室とか入りびたってがんばってるんだ、私」
「にあわねー」
「ほんとっ、にそうよ。だから、絶対連絡ちょうだいよ。これ、ただの社交辞令で言ってるんじゃないから。じゃ、またね」
ダッシュで去っていくハワイ。
彼女と入れ代わりに、もどって来たゼンは「誰、あの人?」とタクヤに質問した。
「あ、もう買えたの?」
「やつら、プロだ、素速い。メロンはなかったので、オレンジにしてみた」
タクヤは、ワッフルコーンに山盛のオレンジアイスをうけとり、さっそく口に運んだ。
細かな氷の混ざったソフトなアイスが、口の中でシュッワと甘く融ける。
「うめー。ありがとう。やっぱ、いいよね、こういうところでアイスって」
「あの人、だれだっけ? 見覚えあるけど思い出せない……」
「王宮の人さ。王の取りまきの美女集団の一人」
「なんでそんな人と」
「高校の音楽イベントに手伝いに来てくれて、それ以来、なんとなく親しくしてる。話が合うんだ。それに、美人なだけじゃないよ。なにをかくそう、彼女こそが、この国の未来を背負って立つ『次期祈り師候補』のハワイさん、その人だ」
タクヤは自慢げに手を腰にあてて宣言した。
ゼンは怪訝そうにまゆを寄せた。
「なんだよ、その言い方。まだ『候補』なんだろ? 誰も知らんぞ、そんなこと」
「それは、まあ、そうだけど」
「それに、祈り師は稀少ジョブだが、国を背負って立つってわけじゃない」
「いや、でも、少ないことはたしかだし、それに、祈り師候補といえば、王様と直接関係あるらしいよ」
「なんでそんなこと知ってんだ?」
「えっと、最近合格した人が、たしか、昔、そう言ってた」
「合格した人? ニュースか?」
「なんかそんなやつ。えっと……ユリって人。僕、その人のこと少し知ってたんだ。子供のとき、いっしょに遊んでて」
「なんだ、ガキの記憶かよ」
「いや、そうだけど、でも、幼なじみが祈り師になったのは事実だし、写真だとめっちゃかわいくなってた。祈り師になると美人になるってうわさ、本当みたい。だからハワイさんも、じきにそうなる、まちがいない」
「へー」
「へー、ってなんだよ。とにかく、そういう人たちと顔なじみって、僕、すごくない? ねえねえ、すごくない?」
「タクヤ、おまえ、過去の記憶はないんじゃなかったか?」
「そうだけど、なんか、ときどき思い出すことはあるんだよね」
「親のことは?」
「いやー、残念ながらそれは全然、はははは」
「へー。で、そんなハワイさんと、おまえは、この夏から、つきあうのか?」
露骨なひやかし。
しかし、タクヤは赤面もせずに、冷たく応えた。
「それ、面白い冗談」
「むしろ死ぬほど面白くなさそうだが」
「まあ、たまたま縁あって親しくはしているけど、しょせん僕たち庶民には、高嶺の高嶺の高嶺の花」
「オレたちは恋愛禁止の音楽高生だからな」
「なあ、そこなんだけどさ、ゼン君、『あ・え・て』言わせてもらうが、なんでうちの生徒だけ、17の夏まで恋愛禁止なんだ? ヘンじゃないか?」
「いや、『だけ』ってことはない」
「そりゃあそうだけど、だいたい、そうだし」
「そんなの、わかりきってるだろ。おまえだって知ってて選んだはずだぜ、音楽学校」
「いや、だから『あ・え・て』って言ってるじゃん」
「『あ・え・て』か」
「そう」
「ま、この国のルール、ってやつだな」
「あー、でたでた。また、それだよ。やだねー。『この国のルール』『この国のルール』『この国のルール』 なんなんだよ、それ。スーサリアって、そういうの多すぎない?」
「先人が苦労して積み上げてきたんだ、しかたがないだろ。それが伝統ある小国の良いところでもあり、めんどうなところでもある」
「ちっ、話まとめるなよ。……あ、見ろ、なにか始まった」